おまけの8 七十五日じゃおさまらない
フウカたちと遊び終え、精霊たちはまたどこかへ行ってしまった。
こっちの世界かあっちの世界か、また気ままに好きな場所に行ったのだろう。
そこで、精霊たちに別れを告げたルピナスに気になることを聞いてみた。
「ルピナスって精霊じゃなくて妖精だよね?」
「? そうですよ。急にどうしたんです?」
当然、俺がルピナスの種族を忘れたというわけではない。
精霊と妖精の違いも前に教えてもらったから覚えている。
「なんか、精霊と一緒にいることが多いから気になっちゃって。ルピナスは仲間の妖精たちとは会わないの?」
「う~ん……今会ってしまったら……でも、みんなに言わなければ大丈夫です?」
難しい顔して考えてしまった。
もしかして、あまり触れない方がいい話題だったのだろうか。
「えっと、ごめん。ルピナスがそんなに悩むくらいなら……」
「会ってみるです?」
あれ……いいのか?
てっきり、ルピナスは仲間の妖精たちに会いたくないのかと思っていたのだが、この様子だと別にそんなこともないみたいだ。
まあ、ルピナスが仲間たちと気まずい関係ってわけじゃないのならよかった。
「それじゃあ、みんなに紹介してもらえる?」
「紹介……はい! ルピナスがんばるです!」
なんかやけに覚悟を決めたような返事だな。
大丈夫だよな? 妖精たちって俺が思っている以上に怖い存在ってことはないよな。
◇
「たしか、このあたりに~……」
やってきたのは異世界の森。禁域の森ではなく、ツェルール王国に近い初めて訪れる森だ。
なんだか俺たちの森よりも穏やかな場所な気がする。
そんな森の中を歩いていると、大きく開けた花畑へとたどり着いた。
ここに妖精が住んでいるのか? でも、周囲には生き物がいないし留守なのかな。
「ぬ~……えいっ!」
「うわっ、びっくりした」
ルピナスが寄生をあげると、先ほどまでたしかになにもなかった花畑の中に、ぼんやりとだが膜のようなものが見えるようになった。
中では小さな人間のようなシルエットがいくつも動いている。
「やっぱりここだったです。アキトさん行きましょう」
「えっ、勝手に入って平気?」
ルピナスは俺の手を引くと、躊躇なく膜の中へと入っていった。
すんなりと内側へと通りぬけ、その瞬間に周囲の風景がまったくの別物へと変わる。
影しか見えていなかった妖精たちが飛び回っていて、木の洞を利用したような建物がそこら中に存在する。
「これが妖精たちの町か……」
「村です」
ともかく、妖精たちが住んでいる場所らしい。
そうこうしているうちに、村に住む妖精たちが俺たちを囲むように近づいてきた。
「人間さんです」
「人間さんが二人いるです」
「男の人間さんもいるです」
「女の人間さん……あれ、妖精です?」
なんか全員ルピナスっぽい。かわいい妖精たちの様子に心が落ち着く。
「いてっ……!」
すると、突然ルピナスとつないでいた手に強く力が込められた。
「あ、あれ……? なんかもやもやしたです。ごめんなさいアキトさん」
「いや、気にしないでいいよ。多分俺が悪かったから」
……やきもちか?
ルピナスがそんな感情を抱くなんて珍しい。彼女は彼女で、色々と変化があったのかもしれないな。
「その声、やっぱりルピナスです!」
「あっ……久しぶりです、みんな。ルピナスは大きくなったけどルピナスです」
「戻ったです? その人間さんは誰です?」
「一緒に住むです? 村の男の人になるです?」
「なんで大きいです? 女王様になったです?」
わちゃわちゃとルピナスの周りに妖精たちが群がってきた。
ルピナスは少し困ったように笑いながら、妖精たちの質問に答えていった。
◇
「アキトさん、ごめんなさいです。みんな男の人間さんが珍しくて気になっちゃったみたいです」
「あはは、すごい光景だったね。でも、ルピナスが他の妖精と仲が良くてよかったよ。仲間たちに会おうとしないから、仲違いしちゃってたのかと」
シルビアやアリシアはもちろん、ソラですらたまに森の住人や魔王様に会いに行ってる。
でも、ルピナスだけは妖精に会いにいくことはないので、心配していたんだ。
「アキトさん……ありがとうです。ルピナスを心配してくれて」
「まあ、大事な人のことだからね」
「人間さんはルピナスと結婚してるです?」
「うん? どうしたのいまさら、ルピナスともちょっと前に結婚したでしょ?」
「そうだったんですね!」
あれ……ルピナスの声じゃない。
声がした方を振り向くとそこにいたのは、ルピナスの仲間の妖精たちだった。
「あ……アキトさん。みんなに言っちゃったら……」
ルピナスが少し慌てたようにしていたが、その理由を聞く前に妖精たちが飛んでいった。
「ルピナスと人間さんが夫婦になったです!」
「おめでたいです! みんなに言ってくるです!」
みんなって他の妖精たちってことか?
たしかに、人間と妖精の夫婦なんて珍しいことだし、他の仲間たちに知らせたくなってもおかしくはないかな?
「あ、ああ……行っちゃったです……」
俺はその程度に考えていたのだが……うなだれるルピナスを見るに、どうもまずいことになってる気がする。
「えっと……今のまずかったのかな?」
「う~……ルピナスは全然かまわないです。でも、う~ん……」
ルピナスの様子が少しおかしいけど、こうなった以上はここに留まる理由もなくなった。
なんせ、村の妖精がすべていなくなってしまったのだから。
ちょっと釈然としないけど、俺たちは妖精の村を後にするのだった。
◇
「あ、アキト久しぶりね。そういえば結婚したのよね? おめでとう」
「あれ、なんで知って……ああ、アリシアの報告見たんだ?」
「それもあるけど、聞いたからね」
出会いがしら、リティアに結婚を祝福された。
そうか、ツェルールの人は全員俺たちの結婚を知っているんだよな。
なんだか、少し恥ずかしくなってきた。
「アキト様、ご婚姻おめでとうございます」
ちょっと気恥ずかしいのでエルフの国に行ったら、そこでもやはり俺たちの婚姻を祝福される。
「あれ、なんで……ありがとう」
ツェルールのお祭りにきてたのかな?
エルフたちは俺のことを信仰してくれてるし、他国のお祭りに行ったとしてもおかしくないか。
「アキト! なぜ、友である俺に婚姻の報告をしない!」
「いや……まだ、式とかあげてなかったから……」
あれ……
「お……おう、久しぶりだな。お前ついにあの妖精とくっついたのか。ところで……他の嫁は……いや、なんでもない!」
「ありがとうございます……?」
なんか
「お兄ちゃん! ルピナスさんと結婚したんですか! 私ともいつか結婚してくださいね!」
「えっと……大きくなったらね」
「じゃあ、今ってことですね!」
みんな知ってる?
◇
「なんか……異世界にいる人全員、俺たちの結婚のこと知ってるんだけど……」
「あうう……ごめんなさいです……」
不思議に思ってみんなに相談してみたら、ルピナスが弱々しい声で謝罪した。
まさかルピナスがみんなに言いふらしたってことか?
「多分、ルピナスの仲間たちが、世界中でアキトさんとルピナスの結婚の話をしてるです……」
違った。
なんかもっと壮大なことになっていた。
え? 異世界中ってほんとに?
さっき異世界にいる人全員って言ったけど、それはあくまでそれくらいという例えというか、大げさに言ったつもりだった。
でも、世界中で噂話が出回ってるってこと?
「……もしかして、妖精たちの前で、主様とルピナスが結婚したとか言っておらんよな?」
「あ、それ俺が言った」
俺の返事を聞いたシルビアはあきらめに似た表情を浮かべた。
「主様、諦めよ。妖精たちは噂話が大好きじゃ。そして妖精は真実しか話さんことは誰もが知っておる。妖精たちに興味をもたれた以上は、もはや主様とルピナスの婚姻は異世界中に知れ渡ったと思った方がいい」
「え……」
「ご、ごめんなさいです!」
いや、ルピナスが謝る必要はないんだけど……
妖精ってそんな種族なの?
そういえば、俺が森に住んでることもルピナスが噂話として広めてくれたっけ。
妖精一人でかなり広範囲へ噂が知れ渡っていたみたいだしなあ……
あの村にいた妖精全員があのときのルピナスほどの影響力をもっていると考えると。
大騒ぎになってそうだし、しばらくは異世界に行くのは控えたほうがよさそうだなあ……
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