おまけの7 後夜祭の事後報告

「まず言い訳を聞こうか」


「えっと……すみません」


「だから言ったのに……」


「あ、ずるいですよ! 結局教会の方たちだって、お祭り騒ぎじゃないですか!」


「止められなかったのは、私の責任能力のせいだけど……」


 今日はお祭りの日。

 ツェルール王国で国民全員が祝うめでたい日だ。

 それを開幕早々に水を差してしまうような説教なんて、本当にすまないとは思う。

 でも、君たちならもうちょいなんとかできたよね!?


「おお、これはすごいのう……」


「ルピナス、アキトさんのお人形もらってきたです! ……あまり似てないです?」


「アキト様の名前がついた食べ物もいっぱいありますね……はっ! つまり、あれを食べるということはアキト様を食べたも同然!? い、いえ、でも私は食べるよりも食べられる派なので……ソラ様とは逆といいますか……」


「落ち着きなさいアリシア。私を巻き込むのはやめなさいアリシア。食べるつもりが最後は食べられることになるので安心しなさい」


 みんなも浮足立ってる。きっとお祭りのせいだろう。

 ソラとアリシアが変な話してるけど、きっとこれもお祭りのせいなんだ……


「しかしなあ……本人も知らない男神アキト祭ってなんなの」


 世界の繁栄や今後男性が増えることを願った祭事らしいけど、本人がなにも知らされてないぞ。


「世界が救われたことや、異世界との交流については女神様たちに知らされたのですが……世界を救ったアキト様の戦いが、色々と想像だけで語られるようになりまして」


 尾ひれがつきまくっていくのは、まるで俺の国の本物の神話のようだ。

 おこがましい話ではあるが、勝手に浮気性があることにされた主神様に共感を覚えてしまった。


「なんか、祭限定でアキトの像とか人形とか、名前を関した飲食物とか、みんな一斉に縁起物として作りだしちゃって……」


 多分止める間もなく、大勢の人がそうしてしまったんだろうな。

 これが、一人二人だったら、リティアならそれとなく止めてくれただろうし。


「せめて、顔を統一してほしかったんだけど」


 みんなが思い思いの顔を俺として扱っているせいで、あっちの秋人とこっちの秋人で全然別人なんてことになってるぞ。

 あの人形とこのぬいぐるみのモデルが同じですなんて言って、誰が信じられるんだ。みんな信じられるんだろうね。信心深いって怖いね!


「まあまあ、逆にここにいるアキト様が本物だとばれにくいからいいじゃないですか」


「そんな、人間のふりして下界の様子見にきた神様じゃあるまいし……」


 ばれたところで、元人間の俺程度どうってことないだろう。

 そう思ったら気持ちが切り替わった。せっかく異世界でのお祭りなんだし、みんなと一緒に楽しもう。


    ◇


「なんかいい匂いがするね」


「串焼きの屋台があるです」


「いらっしゃいませ! 男神アキト様は、禁域の森のイノシシの肉を好まれているとの噂です。それにあやかった串焼きですが、買っていきますか?」


 よく知ってるなそんなこと。

 たしかに、ソラがいっつも俺のためにでかいイノシシ肉狩ってきてくれたからな。


「私が狩った肉のほうが上等ですし、アリシアの味つけのほうが美味しいですよ?」


「私とソラ様のコンビ技ですね! つまり、いずれはベッドの上でも!」


「変な対抗心燃やさないの。あとアリシアは多分一人で鼻血出して倒れるでしょ」


 お店の前で騒ぐのは失礼なので、品物を買って離れることにした。

 お金を渡したときに店員さんがやけに驚いていたが、そういえばこっちの世界ではまだまだ男は少なかったっけ。


「え……男性……? もしかしてアキト様?」


 当たりだがすでに俺たちは店から離れている。

 うん、やっぱり気をつけよう。


「アキトさんの大きな像があるです!」


 ルピナスが指差したのは、金属製の俺の像だった。

 いや……あれは本当に俺なのか? みんなには俺の姿ってあんな風に見えてるのか?

 そこにあったのは、筋骨隆々のボディビルダーのような男がポーズをとっている像。


「ルピナス……なんで、あれ見て俺だってわかったの?」


 もしかして、俺に似てるんだろうか。

 あの筋肉だるまみたいな男の像。


「見た目は全然違うです。でも、土台にアキトさんの名前が彫ってあるです」


「あ、本当だ……」


 良かった。少なくとも俺がああ見えているわけではないらしい。

 う~む、こうやって見ると、本当にどれもこれも別のモデルなんじゃないかってほど統一性がないな。

 きっと作った人が思い思いの理想の男性像を込めたんじゃないだろうか。

 ……本物見た時に幻滅されそうだし、下手に俺のことは知られないようにしておこう。


「むっ……これは」


「どうしたのシルビア?」


 シルビアが立ち止まって彫像の一つを見つめていた。

 横から俺も見せてもらうと、そこには他と比べて随分と精巧な彫像が置いてある。

 そして、その彫像はなぜか俺そっくりなのだ。


「ええ……なんで会ったことないのにこんなに正確に彫れるのさ」


 こわっ……それともそういう魔法とか特殊な能力か?

 むしろそうであってほしい。


「いや……製作者を見てみるといい」


 そこには、ドワーフの女王作と書いてあった。

 値段もすごいことになっている。


「なにしてんだよ。先生……」


 後日聞いたら先生が遊びで、あくまで遊びで彫っただけの彫像がツェルールの祭で売る品に混ざっていたらしい。

 暇だからとか時間を潰すためにとか適当に彫ったとやたらと強調されたが、一応自分の品だからか先生は大金をはたいてあの彫像を買い戻したようだ。


 こうして町をぐるっと一周見て回ったが、誰も彼も俺のことを祭って楽しんでいるようだ。

 正直そこまで神として扱われたくないんだけど、こんなに楽しんでいるお祭りの邪魔もしたくない。

 しょうがない。この祭りの存在を認めると、後でフィル王女とリティアに伝えることにするか。


    ◇


 まずい、はぐれた。

 ちょっと気になるお店とか見ていたら、ふらふらと一人で行動してしまっていたらしい。

 思っていた以上に人が多いせいか、見事にみんなを撒いてしまったようだ。


「あ、あの! アキト様ですよね!」


「え、はい。秋人です」


 考え事をしていると、後ろから女性に声をかけられた。

 きっと冒険者って人たちだろう。ドワーフの国でも、獣人たちの国でも、同じような服装の人たちがいたし。


「そちらは冒険者ですか?」


「は、はい! 聖銀の杭というチームのリーダーをしているリサといいます!」


 なんかアルドルが気に入りそうなチーム名だな。自分たちで考えたんだろうか。


「こちらが仲間です」


「じゃ、ジャニスだ……です。剣士をしている、です」


 ルピナスみたいな喋り方の女性剣士は、女性の肉体ながらしっかりと鍛えられていて力が強そうだ。

 喋り方は……きっと、慣れない敬語を使っているせいかな。


「……あ、あの……えっと……す、すみません。失礼しました!」


「うん、失礼ではないし緊張するような相手でもないから、落ち着いてからでいいよ」


 他の人たちと違って、唯一成人していないであろう年齢の少女は、かなり混乱しているようだ。

 まずは一旦落ち着いてほしい。目の前にいるのは、取るに足らない未成年の男でしかないのだから。


「あう……やさしい……」


「ずるいわよシーラ……じゃなかった、ほら挨拶!」


「し、し、し、シーラでしゅ!」


「秋人です。よろしくシーラさん、綺麗な名前だね」


 混乱しすぎて噛んでしまったのを聞かなかったことにする。

 名前しかわからなかったけど、杖とかローブとかを身につけているから魔法使いかな?


「なるほど……これが男神アキト様。気合を入れないともっていかれそうだねえ」


 なにかと戦っておいでで?

 最後の一人はやっぱり杖とローブを身につけているが、シーラちゃんよりも貫禄がある。

 もしかしてシーラちゃんの先生なのかな?


「そちらのシーラと同じく魔法使いのプリシラです。もっとも私は聖銀の杭のメンバーではありませんが」


 シーラちゃんが加入したから隠居したとかかな?

 あれ、プリシラ? それに、この人……人?


「はじめましてプリシラさんって、もしかしてエルフ?」


「……これは、まいったねえ」


 俺の言葉に周囲の女性たちがぎょっとした。

 あれ、まずいこと聞いたか? もしかして隠していたことを聞いちゃったか?


「ご、ごめん。変なこと聞いた」


「いえ、特段隠していたことではありませんし、男神様には申し訳ありませんが、私はエルフではありません。もっとも、私の遠い先祖がエルフだったらしいので、その血は流れているはずですが」


「ああ、やっぱり、知り合いのエルフたちと同じ魔力だったから、そうかと思ったんだ」


 実は神になったことで、俺は魔力の感知もできるようになった。

 これでようやくみんなと同じ物が見えるようになったのは、ほんの少しだけ自慢だ。

 まあ、俺自身には相変わらず、魔力なんて欠片もないんだけどね。


「さすがは男神様。ご慧眼お見事です」


「そんなにかしこまらなくていいよ? 普段の話し方のほうが俺も助かるし」


「では、お言葉に甘えさせてもらいます」


「それとプリシラさん。ありがとうね」


 これだけは伝えておきたかった。


「はて……男神様、アキト様に感謝されるようなことなど、身に覚えがないのだが……」


「俺の剣を壊した犯人を捜す協力をしてくれたんだよね? ありがとう、おかげでなんで壊したわかって胸のつかえがとれたよ」


「ああ、そのことかい。アキト様のお役に立てたのなら何よりさ」


 俺はプリシラさんに握手をした。

 すると、彼女は固まったように動かなくなってしまった。


「……落ち着け。私は常に冷静でいるべきだ。落ちつけプリシラ……」


 なんかぶつぶつと呟きだしたし、握った手が小刻みに痙攣している。

 本当に大丈夫か? もし、体調が悪いのなら休める場所に運んだ方が……


「アキト様!! だめじゃないですか! 周りは怖い女ばかりなんですから、私たちからはぐれたらいけませんよ!」


「あ、アリシア。ごめん……」


 プリシラさんを運ぼうとしたそのとき、背後から大声でアリシアに怒られた。

 でも、正直言って怒られたことよりも、アリシアと再会できたことにほっとした。


「もう! 私とソラ様と手をつないで移動しますよ!」


「待て、ずるいぞアリシア。妾とルピナスも手をつなぎたい」


「じゃあ、一時間ごとに交代しましょう!」


「うむ」


 うむじゃないが……でも、はぐれたのは俺のせいだし反論しにくい。

 しかたないというのも失礼だが、ソラとアリシアとしっかり手をつなぐことにする。


「リサさん、ジャニスさん、シーラちゃん、プリシラさん。ありがとう、おかげでみんなと再会できたよ」


「え、ええ。どういたしまして……?」


 困惑する聖銀の杭のみんなと別れて、俺は子供のように手を引かれて移動した。


    ◇


「もう夜になっちゃったね」


 あたりはすっかりと暗くなったが、商店や出店は魔法の明かりで今も営業中のようだ。

 夜にも活気があるのはうちのほうのお祭りにも似ていて懐かしく感じる。

 そのうち、みんなをつれて俺の世界のお祭りにも行きたいな。


「なにあれ、花火?」


 空が光ったかと思うと、まるで空中に光の絵を描いたように、様々な明かりが灯る。

 音こそないが、俺たちの世界の花火のようだ。


「あれは魔法を使った空中の装飾ですね。けっこう技術が必要なんですよ?」


 なるほど、こっちの世界では魔法で夜空を飾り付けて祭を終えるのか。

 これはこれで綺麗でロマンチックなんじゃないだろうか?


「そして、実は私もリティアに頼まれて最後に描く役に抜擢されました」


「そうなんだ。それじゃあアリシアの描く絵か文字、楽しみにしてるよ」


「任せてください!」


「あっ、こんなところにいたのね。そろそろ準備するわよアリシア」


「はい。では行ってきますね~」


 アリシアって絵心あったっけ? それともなにか文字でも書くのかな。

 俺たちはアリシアが宙に何を書くのか見守ることにした。


「おっ、アリシアだ」


 アリシアは、遠くからでも俺たちに手を振ると、魔力を夜空へと飛ばす。

 絵ではないな。なにか文字を書いているみたいだ。

 いったいなに……を……


「ご報告で~す!!」


 大声でアリシアが観客たちに叫ぶ。

 俺はというと頭を抱えるしかなかった。


≪日比野ソラ 日比野アリシア 日比野シルビア 日比野ルピナス 私たちアキト様と結婚しました≫


「そんな報告する場所じゃないでしょ!?」


 俺の隣にいる三人は、まんざらでもない顔をしている。

 だめだ。これ全員アリシアの味方だ。


 なにも考えていないのか、本当にただの事実を報告したのか、あるいは他の女性へのけん制なのか。

 アリシアがどんな意図であれを書いたのか、俺にはわからなかった……


 後日、竜王国の祭事でギアさんがアリシアの真似をしようとしていたので、アルドルが必死に止めたらしい。

 うん、このなんともいえない恥ずかしさを味わうのは俺だけでいい。お前だけでも逃れてくれアルドル。

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