おまけの4 らしさ
「旦那様、散歩に行きましょう。その後は尻尾にブラシをかけてください」
「はいはい、準備するからちょっと待ってね」
小さい。
「秋人さん! 映画というのを観てみたいです! 真っ暗闇の中みたいですし、私のことを好きにしてもいいんですよ!」
「映画館に迷惑だからやめろ。それで、なんの映画を観たいの?」
小さいのう。
「アキトさん。自然公園というところがあるみたいです。ここならきっと、ふーちゃんたちも遊べるです」
「精霊の子たち、こっちとあっちを行き来しているから忙しくないかな? 前もって連絡しておこうか」
むう、小さい……以前よりは、だいぶ大きいのじゃがな。
◇
「はあ……」
「あらあら、どうしたの? シルビアちゃん」
ため息をついておったところを、義母様に見られてしまった。
じゃが、あまりにも馬鹿馬鹿しい悩みなので、わざわざ義母様の手を煩わせるわけには……
「秋人のことかしら?」
「うっ……」
固まってしまう。なぜこうも見透せるのじゃ。それとも妾はそれほどにわかりやすかったのか。
どちらにせよ恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱くなる。
「そうねえ。最近は、ソラちゃんとばかり出かけてるし、たまにはシルビアちゃんも二人でお出かけしたらどうかしら?」
「いや、しかし妾は……」
本当に主様に好かれておるじゃろうか? 優しい主様のことじゃ、ソラ殿やアリシアやルピナスだけだと不憫だから、妾もこの世界に連れてきてくれたのでは?
「シルビアちゃん。そんなに美人なのに自分に自信がないのね」
「う、やはり弱い女は主様の好みではないのじゃろうか」
「いいんじゃない? あの子だって惚れた子を守るくらいするわよ。それに、シルビアちゃんは間違いなく秋人の好みだから、自信を持っていいわよ」
義母様の言葉にほっとしている自分がいる。我ながら面倒なメスじゃ、主様は妾のことも愛してくれているというのに、肝心な時に自信がなくなってしまう。
これでは、ソラ殿にまた笑われてしまうかもしれんな。図体ばかりデカいくせに弱気なトカゲと。
「ただいま~、卵買ってきたよ~」
「あら、お帰りなさい。それじゃあ、ちょうどいいから……」
「あ、シルビア。ちょうどよかった、二人で出かけない?」
義母様の声にちょうどかぶさるように、主様から誘いを受ける。
おそらく、義母様の要件も妾と二人で出かける提案だったのじゃろう。ニコニコと笑って、妾にほらね? と小声で伝えながら去っていった。
敵わんな……
◇
「ほら、シルビア前に言ってたじゃん。アリシアみたいに、この世界の服を色々と試してみたいって」
「翼と尾が邪魔で、加工が必要になってしまうのが面倒ではあるがのう」
それでもやはりこの世界の服は面白い。
あちらの世界でもアリシアのやつは、アラクネに色々と注文して服を作っておったが、妾たちは特にそのあたりの着飾る趣味はなかったので、実に新鮮じゃ。
「一条さんから聞いたんだけど、こっちの世界でも向こうの色んな種族の人たちを呼べるように考えてるみたいだよ」
「……ああ、主様とともにこちらに帰ったオスか。向こうの者が妾たちのようにこちらに訪れるのは、随分と先の話になるじゃろうなあ……」
「でも、準備は進んでいるみたい。それで、今向かっているお店もその一環で作られたんだって」
魔力を使った店とかじゃろうか?
それとも、向こうの造りに似せた店構えの飲食店? あるいは、武器を売る店かもしれん。
「えっと、たしか……ああ、ここだ」
「人が少ないのう」
というよりも、他の客が一人もおらぬ。
店員たちは妾たちの来訪に頭をさげておるので、店自体は営業中ということのようじゃ。
主様に連れてきてもらったのは、以前見たことがるようなこの世界の衣服を販売している店じゃった。
前はこの服が似合うなんて言ってもらえたが、穴を開ける手間が頭をよぎり、結局買わずに帰った店によく似ている。
「ほら、これ。シルビアに似合うと思うんだ」
「主様……それは」
というか、主様が勧めてきた服は以前妾が諦めた服じゃな。
そこまで勧められるのであれば、着ることはやぶさかではないが、うまく穴を開けられるじゃろうか。
……アラクネかドワーフに処理を頼むか?
「むっ……これは」
手に取った服を見ていると、以前と違う点が一つだけあった。
背の部分に穴が空いておる……
「いずれは、シルビアみたいな竜人もお客さんになるみたいだからね、翼が通せるように加工してあるんだって」
それは……よいのだが。
この服は、以前はそんな加工されておらんかったぞ。
なんと言えばよいかわからなくなり、主様をただ見つめ続けてしまう。
「えっと、ばれた……よね? これ、シルビアに似合うと思うから、お店の人に無理言って加工してもらったんだ」
いかん。
ソラ殿ではないが、尾の制御が効かなくなる。
つくづく、現金なメスじゃな。妾は。
「こちらでお召しになりますか?」
「うむ……頼む」
主様が妾のことを思って用意してくれた。それだけでどうしようもなく嬉しくなる。
店の者はさすが一流の接客であり、赤く染まる妾の顔についてはふれてこなかった。
「ど、どうじゃ?」
「うん。やっぱり、シルビアによく似あっていて綺麗だよ」
「そ、そうか……」
素直になれない自分がもどかしい。
ソラ殿なら、きっと近づいて頭をなでてもらっていた。
アリシアなら、きっとべたべたと抱きついて主様は困った顔を浮かべながらも、最後は受け入れていた。
ルピナスなら、純粋な心で喜びの感情を直接伝えていた。
やはり……妾はかわいくないのう。
◇
「のう、主様」
「ん? どうしたの?」
「前に主様が幼くなった魔導具あったじゃろ?」
あの腹黒幼女エルフが作った欠陥品。今はたしかイーシュのやつが持っておったはずじゃ。
「あ~、あれね……あれがどうかした?」
「妾、あれを毎日使って幼くなろうと思うのじゃ」
そう、幼くなれば他の者たちのように、もっと素直にかわいくなれるはず。
「えっ……なんでまた」
「いや……主様、そのほうが好みじゃろ?」
「とんでもない風評被害はやめてもらえないかな!?」
うむ、すまぬ。妾もちょっと言葉を間違えた。
存外気が動転しておるのかもしれぬ。
まるで妾たちに少しは落ち着きと言うかのように、強い風が吹く。
フウカではあるまいな? いや、あやつはたしかルピナスと遊んでおるはずじゃ。
たまたま、タイミングよく風が吹いただけのようじゃな。
……あるいは、こちらの世界の神に近しい者が、呆れて発生させた風なのかもしれぬ。
「ああ~!!」
頭を冷やさねばと思い直したそのとき、背後から幼いメスの叫び声が聞こえた。
なにかと思い、妾と主様が振り向くと、そこには川の中に帽子が浮かんでおった。
先ほどの風に飛ばされたか……メスの目線はその帽子に釘付けじゃし間違いないじゃろう。
「ちょっと待っておれ」
妾は子供の頭を軽くなでてから、川の中に入って帽子を回収した。
それなりに深いが問題はない。妾、古竜じゃしな。
川から上がり、出来る限り帽子についた汚れを落とす。
先ほどの場所に戻って子供にそれを渡すと、子供は申し訳なさそうな顔をしておった。
なんじゃ、その年齢で気を遣うつもりか。そんなもの百五十年は早いぞ。
「あ、ありがとう。お姉さん……でも、服がびしょびしょに」
「ああ、かまわん。覚えておけ子供よ。大切なのは中身じゃ、この程度の汚れくらいで妾はなにも変わらん」
幼いメスは笑顔になって、妾に礼を言って立ち去った。
うむ、あのくらいの子供は、そのくらい元気なほうがよい。
「よかった。わかってるみたいだね」
主様が突然そんなことを言ってきた。
「なにがじゃ?」
「魔導具で見た目なんか変える必要がないってことだよ。だって、大切なのは中身なんでしょ?」
む……それとこれとは話が……
「俺はシルビアという女性を愛したんだ。若かろうと大人だろうとお婆ちゃんだろうと、君がシルビアである限り俺にとっては何の違いもないよ」
まったく……くだらんことでうじうじしておったな。
この方は妾を愛してくれた。シルビアという存在を愛してくれた。
ならば、妾がするべきことは、ソラ殿をアリシアをルピナスを真似ることではない。
これからも、シルビアらしい在り方で寵愛を受ける。
それこそが、この方への愛を返す方法なのだから。
「それじゃあ、妾らしくたまには、主様を襲おうかのう?」
「それは……えっと、二人きりのときならね?」
「冗談……じゃったが、そんな返事をされたら、本当に襲いたくなってきた。主様、すぐに帰るとしよう」
それでも受け入れてくれるのじゃろう? 未来の旦那様よ。
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