おまけの3 君の名は(ただし事実無根)

「アリシアの障壁魔法ってすごいよね。なんでもふせげるんでしょ?」


 思えば最初に彼女のそれを見たのは、シルビアから俺を守ろうとしたときだ。

 この世界にきて、俺も色々な人たちと出会ったのでわかるけど、シルビアは強い。

 そんなシルビアから俺を守ろうとしたのだから、アリシアの障壁って本当にすごいと思う。


「ふふん。私の障壁魔法はすごいんですよ。でも、アキト様ならいつでも通過し放題ですからね?」


 さあ、じゃないんだよ。

 障壁は張っているけど俺だけ通すって……なんか閉じ込められそうだ。


「バリアっていうか、部屋みたいだ」


「ばりや? なんですか、それ?」


 ああ、この単語はこっちにはないのかな?

 俺の世界の言葉はほとんど通じるけど、ごくまれにこういう風に通じない言葉もあるみたいだ。


「バリヤじゃなくて、バリアね」


「ばりあー?」


「バリア。ん? バリアー? バリヤ? あれ、どれが正解だったっけ」


「バリアですね。なるほど……いいですね。なんだか気に入りました」


 自分でもよくわからなくなっているうちに、アリシアはバリアという単語を気に入ったようだ。


「これからは、これをアリシアバリアと名乗りましょう!」


「なんか、語感が不思議なことになってるような気もするなあ……」


「略してアリアです」


「バリアらしさがどこかにいったね」


 でも、本人が気に入っているのなら、それが一番だろう。


「そうだ。私、アリシアバリアを二種類使えるんですよ」


「そうなの?」


「ええ、まずはこれが普通のアリシアバリアです」


 見せてくれたのは先ほどと同じ、バリアと言われてイメージするような透明な障壁だ。


「そして、これが完全体アリシアバリアです!」


 う~ん……アリシアには悪いけど、違いがわからん。


「えっと……なにか変わったの? これ」


「え~! こっちのほうがより完璧なんですよ? 最初のアリシアバリアのときにあった弱点も消えていますし」


「なるほど、欠点を克服した二号機ってことか」


 俺の言葉に、アリシアが目をキラキラさせてうなずいた。


「いいですね。それ! 今日からこの完全体アリシアバリアは、アリシアバリア2号と呼びます!」


 まあ……本人が喜んでいるのなら、水を差すのはよくないよな……


「そっか、よかったね……」


「はい!」


    ◇


「これが、あなたの名前の由来なんですよ。アリア」


「ちょっと待って! 私の名前、そんなふうに決まっちゃったの!? パパ! パパ!?」


 アリシアがアリアをからかっている。

 相変わらず仲が良い親子でなによりだ。


「あんまりアリアをいじめないの。バリア抜きにしてアリシアの名前から考えてつけたんだから」


「そうだよね! ママが変なこと言ってるだけだよね!」


 俺にすがりついてくるアリア。

 そして、それを見て楽しそうに笑うアリシア。アリシアってけっこういじめっ子気質なのかなあ。

 妻が娘をいじめているってアルドルに相談しようかな。あそこ大家族なのにみんな仲いいし。


「だめですよアリア。パパはママたちのものです。あなたにはあなたの素敵な人がいつか見つかりますから」


「いや、それはまだ早いから、どんどん甘えてくれていいよ」


 まだまだ先の話だとは思うけど、娘が離れていくことを考えると辛い。

 アリシアはそんな俺の考えを察してくれたのか、俺の両手を握って微笑んだ。


「そんなにさみしいなら、もう一人作っちゃいましょう。名前はアリア2号です」


「娘の前で何言ってんのお前!」


 変わらない……

 イーシュも、リティアも、アルドルも、よくアリシアを制御できるなと言ってくれる。

 だけど、正直な話俺にも制御しきれていないからね。


 はあ……しかたない。惚れた弱みだしな。


「というか、2号はないでしょ。2号は」


 アリアも呆れたようにアリシアの命名に苦言を呈した。

 どうしよう。俺もアリシアもネーミングセンスがなかったら、次に生まれてくる子がかわいそうだ……


「それじゃあ、今からでもアリアの名前をアリア1号にして、次の子をアリアにするのはどうでしょう」


「絶対嫌! もう、ママはいっつも変なことばっかり言う! 少しはリティアさんを見習ってよ!」


 娘はリティアのことを尊敬している。というか憧れている。その選択はとても正しいし、我が娘ながら見る目があると思っている。

 なんせ、リティアは俺が知る限りでは異世界の中でも指折りの常識人なのだから。


「おや? ママはこんなにアリアのこと好きなのに、アリアはママのことが嫌いなんですか。悲しいです。あなた、アリアに嫌われちゃいました」


 アリシアはそんな娘がリティアを尊敬していることを知っているし、そのことを喜んでいるはずなのだ。

 だけど、やっぱり娘をからかうのが好きなようで、こんなわざとらしく悲しんだふりをする。


「ち、違う! ママもパパも好きだけど、リティアさんは別と言うか……」


「ええ、知ってますよ?」


 ほら、そんな反応をするから、またからかわれている……


「もう! もう! ママなんて知らない!」


 アリアは俺の服にしがみついて後ろに隠れてしまった。

 年のわりに頭が良い子なんだけど、こうしていると年相応って感じだなあ。

 とりあえず、アリアをなだめるために頭をなでてあげると、落ち着きを取り戻したようだ。

 ソラやアリシアを散々なでてきた俺の技術は、このときのためにあったのかもしれない。


「落ち着いた?」


「うう……」


 アリアのことを見ていると、突然やわらかいものがぶつかってきた。

 どうやら、アリシアが俺に抱きついてきたらしい。


「ずるいですよ。あなた。娘ばかりじゃなくて、あなたの妻もかまってあげてください」


「はいはい……」


 妻と娘に挟まれる形で、俺は何気ない幸せを噛みしめた。


「……それで、次の子はいつ作りましょうか?」


 娘に聞こえないように、妻にそっと耳打ちをされる。

 本当に……彼女を制御できる日なんてくるんだろうか……


 そう遠くない日に、アリア2号ではないちゃんとした名前を考えるのに苦労しそうだな。

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