おまけの2 ありし 日の勇者とノスタルジ ア

「あなたの力はきっと多くの人を助けることができるはずよ」


 母のそんな言葉が嫌いだった。

 どうして他人ばかりを優先するのか。もっと自分を大切にするつもりはないのか。

 幼い私ですら気がついた、母の歪な優しさを指摘する。

 母は困ったように笑うだけだった。


「まあ、力持ちなのね。お母さん助かるわ」


 別に大したことはしていない。

 オーガだの獣人だのとかく人間扱いされない私。

 そんな私の異端ともいえる力を母はやはり笑顔で褒めてくれた。


「ごめんね。あなたを一人にして、でもきっとあなたを受け入れてくれる人が現れるわ」


 父はいない。いる者のほうが少ない。

 だから、母が死んで私は一人になった。

 母は最期まで笑顔だった。

 化け物扱いされる娘に嫌な顔一つしなかった。

 面倒ごとを他人から押しつけられても笑顔で許していた。


 ……なぜだろう。昔の私もそう思ったので、母に尋ねた。


「お母さんは自分を好きでいたいの。怒ったり恨んだりしたら、きっと自分のことを嫌いになっちゃうわ。だから、あなたも自分を好きでい続けるような生き方をしてね」


 わからない。

 私は……どうやったら、自分を好きになれるんだろう。


    ◇


「あんた化け物なんだって? ちょうどいいわ。私優秀なやつを集めてるの。私に仕えなさい」


 当然だが、化け物だって腹は減る。

 母がいなくなり、これからどう食べていくべきか困っていた私を助けたのは、なんとこの国の王女だった。

 ありがたい申し出だ。

 これでも村の様々な職の見習いをしたのだが、いかんせんどうも私に合う仕事はなかったらしい。

 このままでは、本当に獣を狩って生きる暮らしになっていたので、人間らしい生き方ができるのであればと私は二つ返事で王女に雇われた。


「へえ、なかなか使えるわね。一年で勇者になるなんて前代未聞なんじゃない?」


「そう。それじゃあ私はこれで」


「相変わらず不愛想ね。そんなんで周りとやっていけるのかしら?」


 余計なお世話だ。それに周りとやっていけるのなら、私は村で疎まれていなかっただろう。

 ……と思っていたのだが、勇者というのはどうも変わった連中のようだ。


「おい、貴様! 私と戦え!」


 自分こそが最強の勇者だと証明するために、私に正々堂々と挑んでくる女。


「うわ……これはかないっこないわね。まあせいぜい働いて私たちの仕事を減らしてね」


 かと思えば、私には敵わないと白旗を掲げつつも、私を利用しようとする女。


「君はすごい強さだね。君が仲間だと心強いよ」


 打算もなく純粋に私を戦力として評してを褒めてくる女。


 ――なんとも居心地が悪い。

 なぜ、そんなにも自分の生き方を貫ける。

 他人との関わり方なんてもう忘れた。だから、お願いだからこれ以上私に関わらないでくれ。


 それに……私は知っている。

 私の同僚のほとんどは、王女との契約で奴隷のごとき扱いを受けていることを。

 私は一人その契約を結ばなかったのだ。

 どうして教えてくれなかったのと責めればいいじゃないか。

 なぜ、そんな私になにごともなかったかのように接してくるんだ。


 私は――私が大嫌いだ。


    ◇


「はい、お疲れ」


「仕事はこれで終わりかしら? それじゃあ、休ませてもらうわ」


 意外というか、私と王女の仲は良好だった。

 性格の悪いはみ出し者同士ということだろうか?

 いや、この王女これでなかなかに外面が良い。

 だからか。私の前では取り繕う意味がないから、楽という理由だけでつるんでいるのだろう。


「それにしても、本当に何も興味がないのね。あんた」


 王女が笑った。

 だが、私は別にそれに気を悪くすることもない。

 事実、何も興味がないのだから。


「ふふっ、便利な拾い物だったわ。大型の魔獣を表情も変えずに無傷で倒すなんてね」


 むしろ、なぜあの程度で苦戦しなければならないのかわからない。

 だって私は――化け物なのだから。


 奇跡的にも良好だった私と王女の関係は、あっけなくひびが入った。


「殺す必要はあったの?」


「はあ……しつこいわね。あれは他の男どもに脱走を持ちかけていたのよ。処分しないと私が保有していた男たち全員に悪影響があったのよ」


「そんなに面倒な思いまでして男を管理する意味がわからないわ。大体殺してしまったら他の男たちが黙っていないでしょ」


「それこそ脱走したことにしたから問題ないわ。面倒だとしても保有しているだけで、国の、私の、権威につながるのよ。いちいち口出ししないでくれるかしら?」


 男の管理。

 なんだそれは。働きもしない生き物に贅沢をさせる意味がどこにあるというのか。

 そして、そんな穀潰しといえど、なぜ簡単に命を奪えるのか。

 私には、まったく理解できなかった。

 だが、少なくとも管理への否定的な意見という点においては私は少数派らしい。

 男にどんな扱いを受けようと、同僚たちは喜ぶだけであり、この王女でさえ利用価値があるからと我慢している。


 わからない。

 男のなにがそんなにいいのか。

 私にはまったく理解ができないし、それは今後も一生変わることはないだろう。


「この村の魔獣を倒してきなさい」


「ええ」


 いつしか会話は少なくなり、互いに仕事の話以外はしなくなった。

 ただの魔獣退治。いつもとなんら変わらない簡単な仕事だ。

 そして案の定なんの感慨もなく作業のような魔獣退治を終えた。


 感謝はない。村人は私をただ恐れるだけだ。

 当然だろう。だって、村に脅威をもたらした魔獣を倒したのだから。

 魔獣以上の脅威として村人に疎まれても仕方がない。


 村人の態度にもなんの感情もなく、私は城へと戻ることにする。

 仕事にも興味がなく、同僚にも興味がなく、仕えている者にも興味がない。

 ついでにいえば、誰もが夢中であるはずの男にさえ興味がない。

 私は……なんのために生きているのだろう。


 そんなことを考えていたからか、私は道をふさぐその子に気がつかなかった。

 小さな女の子が立っている。

 その子は私の目をしっかりと見ていた。

 なんとも勇気がある少女だ。

 化け物相手に目をそらさないなんて、きっと将来は勇者になれるだろう。


「あの……」


「なに?」


 驚くべきことに、少女は化け物に声までかけてくるではないか。

 無視してもいいのだが、ほんの気まぐれでそっけない返事をする。


「ありがとう……私たちの村を救ってくれて」


「……はい?」


 なんだろう。このどこまでもお人よしな性格……母を思い出す。

 よく見ると少女は怪我をしていた。

 先ほどの魔獣から逃げるときに転びでもしたのだろうか。

 まあ……これくらい私にはなんでもないし。


「えっ?」


 驚く少女を無視して私は今度こそ城へと向かう。

 気まぐれだ。

 あの子がなんとなく、母を亡くした私くらいの年齢だったから……

 別に大した労力もかからないから、治療してやっただけだ。


 背中に向けて小さな体からは想像できないほどの、大きな声がぶつけられた。


「お姉ちゃ~ん! ありがとう!! お姉ちゃんは、勇者さまじゃなくて、聖女さまだったんだね~!!」


 なんだそれは。

 思わず笑ってしまう。

 笑う……いったい、いつ以来だろう。


 ああそうか。私は今まで死んでいたんだ。

 殺していたのは私自身。

 感情を殺し、心を殺し、自分を殺した。


 どうせ嫌われものなんだ。

 だったら、これからは思う存分、私は私の心を解放しよう。

 つまらない私さようなら。本物の私こんにちは。


 まずはそう……あの子が言ったように、聖女なんてどうでしょうか?


    ◇


「まったく! あんたみたいなとんでもない聖女初めてよ!」


「えへへ、ごめんなさい」


「は・ん・せ・い、してるんでしょうね?」


 痛い。うん、痛いですね。

 でもこれは良いことなんです。ほら、痛いって感情があるわけですし?

 その証明として、女神様につねられているだけであって、決して私の素っ頓狂な行動は悪くありません。


「ひょうれふよね! めふぁみふぁま!」


「なにが言いたいのかわかんないけど、なんかむかつく!」


 なんと理不尽な!


「あんた、そんなんじゃ周りとやっていけないわよ?」


「いいんです~! いつか私のすべてを受け入れてくれる。そんな素敵な仲間に出会って、私は理想の男性と結婚するんですから!」


「そう……いつか出会えるといいわね……」


「なんですか! その憐れむような声は! もう!」


 これは、勇者から聖女になったアリシアのお話。

 アリシアがアキト様と出会うのは、この数年後の出来事でした。


    ◇


「という話はどうでしょうか!?」


「作り話かよ! 聞き入って損したよ!」


「それで? 結局どこまでが本当のことなんじゃ?」


「ご想像におまかせします!」


 ……なんだか、懐かしくなってきましたね。

 無性にお母さんのお墓参りに行きたくなりました。

 アキト様を連れていったら驚くでしょうか?


 大丈夫です。私は素敵な男性と出会い、親しい人たちと元気でやっています。

 だから、見守っていてくださいね。お母さん。

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