おまけの1 毛並みの奥の嫉妬の心

「ソラ~。散歩行かない?」


「はい。すぐに準備します」


 耳と尻尾をそわそわと動かして、ソラは自分の部屋に走っていった。

 毛皮がなくなったのは残念だけど、耳と尻尾のおかげで今までみたいに、なんとなくの感情は理解できるのはありがたい。

 そして神様になった今も、俺との散歩を変わらず喜んで入れていることが内心喜ばしい。


「しかし、準備ってなんだろう? 散歩用の服に着替えるとかかな」


「お待たせしました。旦那様」


 着替えるにしてはあまりにも早すぎる時間で、ソラは戻ってきた。

 それもそのはず、彼女の服は先ほどとなにも変わっていない。

 ならば準備とやらで何をしていたのか。

 答えは簡単だ。


「あの……その手に持っているものは……」


「はい。散歩なので旦那様につけてもらおうかと思いまして」


 彼女の手には、使い古された鎖と革製の首輪があった……

 うん。あっちの世界で俺が作った首輪と鎖だね。

 大切にしてくれているようでうれしいなー。


「それはちょっと……やめておかない?」


「ど、どうしてでしょうか!? 私は旦那様の愛犬じゃないんですか!?」


 自分で犬って言っちゃってるけど、君は狼でしょ。

 というか、この際それはどっちでもいい。


「さすがに、女の子に首輪をつけて鎖を引いて歩くっていうのは……世間体があまりにもよろしくない」


「そ、そんな……もう何度も首輪をつけていただいて散歩をしているというのに……」


 それは狼の姿のときだけだ。

 さすがに人間の女の子のような姿でそれをやると、俺が社会的に抹殺される。


「あら、ソラちゃんがそうしたいなら、してあげればいいじゃない」


「お義母様!」


 味方の登場にソラの顔がぱあっと明るくなる。

 彼女と母親が仲が良いのはいいことなんだけど、二人で俺の敵に回るというのであればそれも考えものだ。


「いや、考えてみてよ。さすがにこの子に首輪をつけて鎖を引くのは、どう見てもやばい絵面でしょ」


「大丈夫よ。社会的に抹殺とか言ってたけど、あなたたちが仲良しなのは世界中が知っているんだから」


 ……それを言われると恥ずかしい。

 異世界とこの世界がつながったことにより、両世界を知っている俺は世界中から注目されてしまっている。

 そして、異世界人であるソラも、アリシアも、シルビアも、ルピナスも、それは同様だ。


 つまり、俺たちが付き合っているなんてことも、すでに全世界にニュース映像とかで配信されてしまっているのだ。

 ぶっちゃけロリコンのレッテルくらいは覚悟していたのだけど、意外なことに世界の多くは俺たちに好意的だった。

 魔法への憧れだったり、様々な種族との出会いだったり、異世界への期待で世界は今明るい雰囲気でいっぱいなのだ。


「それでは、首輪をつけてください。旦那様」


「……まあ、いっか。おいでソラ」


「はい!」


 またネットでつぶやかれたり、画像が上げられたり、掲示板で書きこまれるんだろうなあ……

 いいさ。俺の彼女はこんなにかわいいんだと自慢してやる。


    ◇


「今日は駅前のほうに行ってみようか」


「はい。先週行ったほうですね」


 こうなればもう知ったことか。

 あえて人通りの多い駅前に行ってやろうじゃないか。

 少し前を歩くソラと距離が離れすぎないように、俺たちは散歩を始めた。

 やっぱり狼の姿に慣れすぎているな。距離感一つとっても、いまだに違和感を覚えてしまう。


 だけど、あんなに嬉しそうに尻尾をふっている姿を見てしまうと、今後も首輪と鎖を彼女から外すことはできないんだろうなあと思う。

 ソラは意外と社交的だ。

 礼儀正しく挨拶をするためか、ご近所さんにも人気が高い。

 そんなご近所さんたちは俺たちの仲をよく知っているので、この首輪と鎖を見ても温かい目で見守ってくれている。

 ……やっぱり、けっこうな恥ずかしさだな。これ。


「お、あっきーじゃん」


「おお、よっしー」


「こんにちは。よっしーさん」


 駅ももうすぐというところで、高校の友人と出くわした。

 一瞬だけソラの首元に視線が移るが、よっしーは何事もなかったかのように話をする。

 こいつのこういうところはすごいと思う。

 余計なことには徹底的に首を突っ込まないのだ。この男は。


「二人で散歩か?」


「うん。ちょっと駅前までぶらぶらとね」


「そっか。相変わらず仲が良いんだな。そういえば駅前といえば、あの改装中だった喫茶店。犬カフェになってたぞ」


「へえ……犬カフェ。面白そうだな」


「人懐こいし、触り心地がいい犬ばかりでいい店だったぞ。興味があるなら行ってみたら?」


「そうだな。ちょうどいいし、ソラと二人で行ってみるよ」


「いや、それは……まあいいか。それじゃあ、これ以上邪魔しちゃ悪いし帰るわ。またな二人とも」


「ああ、また」


「さようなら」


 ペコリと頭を下げるソラの耳は複雑そうな感情を示していた。

 なんだろう? もしかして、散歩が中断されたのが嫌だったのかな。


「あの……旦那様」


「ん、どうしたの?」


 もじもじしながら、何か言おうとしてはやめてを繰り返すソラ。

 照れてる? いや、なんかちょっとだけ不機嫌でもある。

 ソラ自身が、自分の感情を整理しきれていないようにも感じる。


「いえ、なんでもありません……」


「……そっか。なんかあったらすぐに言ってね」


 君よりも優先することはないんだから。

 とまでは、さすがに恥ずかしくて言えない。

 なんとなく気恥ずかしさで、互いに顔を赤くしながら目的地を目指すことにした。


    ◇


「おお……わくわくする光景だ」


「……」


 店内では様々なかわいい犬が、動き回っている。

 いいんだよな? この子たち、抱いたりなでたりしてもいいんだよな?


「うわあ……全然人を怖がらないんだな。この感触懐かしい……」


 俺の腕の中に収まるもこもこした毛皮。

 狼だったころのソラを思い出して、とても心地が良い。


 あ、あれ……

 なんか俺に抱かれていた子も、近くにいた子たちも、というか店内のすべての犬たちが急に離れてしまった。

 理由を考える前に、さっき抱いてた子の代わりに抱かれてきたのは、俺のかわいい恋人。


「なにしてんの……ソラ」


「や、やっぱりだめです! 浮気です! アリシアもシルビアもルピナスも許しますが、他の犬を抱くのは嫌です!」


 ああ……あいかわらず、やきもち妬きでかわいいなお前は。


「ごめん。軽率だった」


「あ、あの。また狼の姿に戻れないか、イーシュに相談してみます!」


「いや、いいよ。どんな姿でも俺はソラが好きだから」


 抱きしめたまま以前のように頭をなでると、耳と尻尾が嬉しそうに動いていた。

 ……しまった。あの森のように普通に店の中でやってしまった。

 店員さんもお客さんもこちらを見ている。

 それも、ほほえましいものを見るような、温かい目で見られている……


「帰ろうか……」


「はい。続きは家でするんですね」


「間違っちゃいないけどね……」


 宣言どおり、帰宅後にソラのことを目一杯かわいがってやると、彼女はとても満足そうにしていた。

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