おまけの5 思う存分の鱗粉を振りまいて
「アキトさ~ん!」
「うわっと……」
向こうでは気がつかなかったけど、この子も大概身体能力高いよなあ……
「ご、ごめんなさいです。前までのくせでつい」
「ん、へいき……でも、いったんおりようか」
これまでと同じように、ルピナスは俺を見るたびに顔に抱きついてくる。
妖精のときは、その小さな体も相まってとても微笑ましかったのだが、今は人間と同じサイズ。
要するに、俺の顔はいつも、ルピナスの胸に抱きかかえられているのだ。
薄い……何がとは言わんが。
小さい……何がとは言わんが。
でも、やわらかい……何がとは言わんが。
このサイズだから助かっている。
もしも、アリシアやシルビアと同じサイズだったら、俺は毎回窒息していたかもしれない。
「う~ん……」
珍しい。
いつも悩みなんかないルピナスが、なにか考え込んでしまった。
よくわからないが、ルピナスならアリシアみたいな変な考え事じゃないだろうし、邪魔しないようにしておこう。
◇
「アキトさ~……ん……」
「ああ、おはようルピナス。どうしたの、なんか元気ないね?」
途中まではいつもの明るい笑顔だったのだが、途中ですっと表情が変わった。
なんならこちらに飛び込んできそうだった勢いは失われ、ゆっくりと歩いてきてしっかりと抱きしめられる。
……これはこれで恥ずかしいな。
「う~……」
しかし、ルピナスはなんだか納得していないように、徐々に力を込めてくる。
なので、俺も抱きしめ返してしばらく二人で抱擁し続け、それは父さんと母さんに見つかるまで続いた。
◇
「アキト様」
「どうしたのアリシア?」
ある日、アリシアが真面目な顔で話しかけてきた。
珍しいな。一ヶ月に一回あるかないかだ。
「最近、ルピナスさんの様子が変じゃないですか?」
「ああ……やっぱり、みんなもそう思ってるのか」
ルピナスが最近変だ。
といっても、アリシアみたいにとんでもない行動や言動をとるのではなく。いつもの彼女と様子が違うのだ。
ルピナスはアリシアのように、いつも元気で明るくこちらまで楽しい気持ちにさせてくれる。
そんな彼女が物静かで大人しい女の子になっている。
「一回、話を聞いてみようかな……」
下手に口出しするものじゃないと思っていたけど、さすがに心配になってくる。
アリシアや他の子たちもそう思っているのなら、なおさら放っておくべきじゃないな。
「それがいいです! アキト様、ちゃんと私たち全員を愛してくださいね」
「あっ……はい……」
最近のアリシアは平気で恥ずかしいことを言ってくるので油断ならない。
だが、今はアリシアではなくルピナスのほうを優先しないとな。
お礼の意味も込めて、アリシアの頭をしばらくなでてから、ルピナスのことを探すことにした。
「ふわぁぁ……」
「なにしとんじゃお前は」
「アキト様の愛情を力に変えているところです」
「そうか、がんばれ……」
なんか、後ろでシルビアに見放されたアリシアがいたけど、すまないがルピナスのほうを優先させてくれ。
◇
外出しているらしいルピナスを探すと、彼女は河原でやはり大人しく考え事をしていた。
「ルピナス!」
「あ! アキトさ……ん」
まただ。俺の顔を見て、前のように明るい顔で名前を呼んでくれたかと思ったら、その途中で自制するかのように物静かで落ち着いた姿になってしまう。
そうなりたいとかなら、俺も止める気はない。
でも、どうにも無理しているようにしか見えないんだよなあ……
「えい」
だから、俺のほうがいつもルピナスがしてくれるみたいに、思いきり抱きつこう。
「あ、アキトさん!?」
普段なかなか俺からこういう行為をしないため、ルピナスが驚いている。なんとも新鮮な感覚だ。
一応様子を伺うが、嫌がってはいないよな? 実は俺が愛想をつかされたとかだったらと不安だったけど、そうではないみたいでまずは一安心。
「あ、あの……ご迷惑じゃないです?」
「全然。俺、ルピナスのこと好きだし」
「る、ルピナスだって、アキトさんのこと大好きです!」
なら、彼女は何に悩んでいたんだろう。
彼女からの気持ちがこれまでと変わらないのは嬉しいけど、彼女の考えがわからないのが情けない。
「なんで、迷惑だなんて思ったの?」
「だって……ルピナス大きくなっちゃったです。それは、嬉しいです。でも、小さかったときみたいに、人間さんに抱きついたら、人間さんに迷惑かけちゃうです」
本人は気づいていないだろうけど、俺の呼び方が前までの呼び方に戻っている。
彼女が妖精の大きさだったときに呼んでいた、人間さんという呼び方。
そうか……そりゃあそうだよな。急にこんなに大きな体になって、彼女も色々と勝手の違いに悩んでいたのか。
「迷惑じゃないよ。俺はいつものルピナスが大好きだから」
「……こんなに大きくなっても、ぎゅっとしていいです?」
「いつでもきてくれ」
「ルピナス……前みたいに、アキトさんのお顔に張り付いてもいいです?」
「……大丈夫。でも、窒息しない程度でお願い」
結局、それをやめてほしいと思っていたのは、俺が恥ずかしいっていうだけだ。
そんなくだらない理由でルピナスが悩む必要なんてない。
だから、彼女には今までのように明るく笑っていてほしいんだ。
「アキト、さん!」
「うん、おいで」
感極まった様子のルピナスを迎え入れる。
……やっぱり、ハグというにはちょっと上なんだよなあ……
でも、いいや。久しぶりに顔に抱きつかれて、ルピナスの匂いを感じる。
花のような良い香り、なんだかずいぶんと懐かしい気がする。
俺も……こうしてもらいたがっていたんだな。
「アキトさん! アキトさん! 大好きです!」
ぐりぐりと顔に、その、やわらかい感触が……
うん。久しぶりだけどがんばろう。もってくれ、俺の理性……
「ルピナス、ずっと我慢してたです。この世界で目立っちゃいけない。もう人間さんたちの大きさだから、前みたいなことをしちゃいけないって」
やっぱり、この子は頭がいいというか、見た目以上に達観した一面がある。
だから、ずっと俺に迷惑をかけないように、我慢してくれていたんだろう。
「でも、今までのルピナスでいいんですね?」
隣に座っていた少女は、ふわりと宙に浮かんだ。
背中に生えた妖精の羽を使った飛行。これもずいぶんと久しぶりに見る。
こんないつもどおりの移動手段さえも、彼女は我慢してくれていたんだ。
「今までどおりのルピナスが好きだよ。だから、もう我慢しないでいいんだ」
俺の言葉を聞いた彼女は、やっぱり太陽のような笑顔で俺に答えてくれた。
「はい! ルピナスは妖精として、人間さんとずっと一緒にいるです!」
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