最終話 ある日の布団の中の幸福
「妾、本当に大丈夫かのう」
「大丈夫だよ。向こうの人たちは竜好きだし、シルビアは美人なんだから」
「びじ……いや、竜好きなの主様とか一部の者のみではないのか? なんだか、そのへんは疑わしいということは、妾にもわかってきておるぞ……」
失敬な、竜なんて古来から様々な伝承があるんだから、世界中の人が大好きに決まっているじゃないか。
「ルピナス、まだこの大きさになれないです~」
「それなら、俺がいつでも支えるよ。妖精のときと違って、人間サイズだから支えやすいし」
元の世界に戻るにあたり、シルビアはそのまま変わることなく竜人の姿でいることとなった。
しかし、ルピナスはさすがに妖精の大きさだと不便というか、女神様たちが俺とルピナスの関係を考えるなら、せめて同じ大きさがいいと思ったのか、ルピナスは妖精のまま人間の大きさになった。
「私、まだアキト様が素直に愛してくれることになれていないので、支えてください!」
「それは、どこを支えればいいの……?」
俺の腕にしがみつくルピナスを見て、しばらく考えていたアリシアは唐突にそんな発言をした。
いや、支えるのはぜんぜんかまわないんだけど、どうしたら満足するんだこの子は。
「う~ん……心? 心臓? つまりは……胸を……? い、いけません! いくらなんでも、人前でそんな破廉恥なことを!」
「とりあえず、腕支えとくね~」
妄想の世界へと旅立ったため、本当に支えが必要になってしまったアリシアの腕を引く。
ずるずると引きずられながらも、アリシアは俺たちについてきてくれた。
「まったく……これから、ご主人様の世界に行くのですから、恥ずかしい真似はしてはいけませんよ」
おお……まさか、ソラがこんなことを言ってくれるなんて。
きっと、ソラも心構えとかが変わって、成長してくれたんだろうな。
向こうに行ったら、今までのように、いつでもじゃれついてきたりはしないだろう。
それが、少し寂しくもあり、ソラの成長が嬉しくもある。
「神狼様こそ、所かまわず主様といちゃつきそうではないか」
「当然です。私とご主人様の行為は、なんら恥ずべきことではありませんから」
……訂正しよう。この子変わってないや。
まあ、いいか。今となってはソラとのスキンシップなんて、俺にとっても日常の一部だし、いつでも受け止めようじゃないか。
「あんたたちは、本当に最後まで変わらないわね……向こうに行ってもそんな調子で大丈夫なのかしら……でも、きっとそのほうがいいのかもしれないわね」
「イーシュ様」
俺の世界へと渡る日。
見送りにきてくれたイーシュ様は、俺たちの様子を見て呆れているみたいだった。
「様はいらないわ。もう女神じゃないんだから、それにあなたは男神。本当なら私が敬語を使うべきでしょ?」
「いやあ……俺にとってイーシュ様はイーシュ様なんで」
たとえそれが、世界を混乱させた罰として数百年間、神でいる資格を失っているとしてもだ。
「私としては、アキトが神になったと言われても、女神様が亜人になったと言われても、どっちもぴんとこないんだけど……」
亜人になったイーシュ様と、共に暮らすこととなったリティアが疲れたようにつぶやいた。
たしかに、これまで信仰していた人と一緒に暮らすって肩が凝りそうだよな。真面目なリティアならなおさらだ。
「この世界は私たちに任せて、しばらくは向こうの生活を楽しんできてくださいね。男神様」
「男神様はやめてほしいかな。ありがとうフィルさん、あまりリティアをからかわないであげてね」
「……なんのことですか?」
無理そうだな。まあ、最近ではリティアもそれを楽しんでいるし、きっとこの二人がいる限りツェルール王国は安泰だろう。
「男神か、随分偉くなったもんだな半人前」
「あくまで肩書だけって感じですよ。俺なんてまだまだ」
「いや、偉くなったんだよ。お前はすごいことをした。神を打倒し、神へと至った。世界を守った。だから、きっとお前ならこれからもすごいことをしてくれると信じている。だから、たまには自分に自信をもて、この馬鹿弟子が」
それだけを俺に告げると、先生は俺に背を向けた。
でも、俺なんてまだまだだ。まだまだ、先生に教わりたい。
「また、鍛冶のこと教えてくれますか?」
「暇なときにならな」
先生は振り向かずに手をひらひらと振る。
そうだ。たとえ向こうに帰ったって、この門が閉じるわけじゃない。
ちょっと面倒でも、俺たちは向こうの世界とこの世界を行き来できるんだし、みんなにもすぐ会える。
だったら、今生の別れみたいなことではなく、少しの間にお別れでしかないはずだ。
先生みたいに、気楽な別れとして考えるべきだろう。
……神になったので、この世界での俺は身体能力とかが強化されている。聴覚もあがっている。
だから、先生たちに近くにいるドワーフたちの声が聞こえてしまった。
「ノーラ、泣くなよ」
「弟子の前で見栄を張りたいんだろ? 我慢しとけ」
そっか、先生も俺との別れを惜しんでくれているのか。
「アキト! お前、本当に帰るのか! 俺はこれから誰と馬鹿話をすればいいんだ!」
「アルドル……大丈夫だよ。帰るって行っても、またこっちの世界にもくるからさ。なんなら、向こうの友達とかと一緒に馬鹿な話に興じることもできるかもしれないよ?」
「むう……本当に、お前の世界のオスども全員、そんな胆力があるのか? だが、楽しみにしておこう」
平気でしょ。俺が大丈夫だったんだし。
「アキト様。シルビア様のことをよろしくお願いいたします」
「うん。シルビアのことは絶対に幸せにする」
そこは譲れない。だから、ビューラさんも心配しないで、ルダルの女王としてがんばってほしい。
「……アキト様。本当なら、私もその方たちと共にアキト様のものになりたいところですが、私ではその方たちに敵いません」
「ラピス……」
「ですが、それは今だけです。必ず、アキト様にふさわしいメスとなり、あなたの隣に立ってみせますから、楽しみにしていてください!」
「ありがとう……楽しみにしているよ」
決意を胸に、ラピスは俺に頭を下げるとギアさんのもとに行った。
「……がんばりましたね。ラピス」
「……はい」
次に前に出てきたのはプリズイコスの獣人たち、その代表であるシャノさんだ。
「アキト様。神の撃破、見事でした。プリズイコスの民はこれからも、あなたのことを祈り続けます」
「いや、そこまでかしこまらなくても、というか、俺じゃなくて女神様たちに祈ったほうが、世界のためだよ?」
「ならば、アキト様と女神たちに祈ります」
決意は固い。でも、この固い決意から生まれた祈りが俺を救ってくれた。
「わ、私たちヤニシアの民も、これからも変わらずアキト様を信仰し続けます!」
だから、きっと最後の戦いで特に力になってくれたのは、俺を神としてとらえすぎだと思っていた、この二つの国だったんだろうな。
獣人の国、エルフの国、そのどちらも大いに俺の助けとなってくれた。
「ありがとう。無理はしない程度に祈ってね? なんなら、祈りを忘れても罰なんてないし、気が向いたときに祈るとかでも全然かまわないから」
「毎日祈らせていただきます!」
うん、意志は固いみたいだね。
本人たちがそうしたいのなら、俺が無理に止めるのもよくないだろう。
決して、諦めたわけではない。
「お兄ちゃん。私も、竜の人と同じです。お兄ちゃんと一緒にいたいです。でも、今の私はまだまだ未熟です。だから、待っていてくれますか……?」
すっかりと力加減が上手になった獣人の少女。
獣人最強ともいわれる俺の妹は、弱々しくも決意を秘めた目で尋ねてくる。
だから、俺の答えなんてとっくに決まっている。
「楽しみにしているよ。また会おうね、フィオちゃん」
「はい!」
その顔は、花が咲いたような満開の笑顔だった。
「アキト! 私タチハ、ドコニデモイルヨ!」
「キット、向コウノ世界デモ、マタ会エルハズダゾ!」
「向コウノ土モ元気ニシテアゲル」
「覚エテオキナサイ。私タチハイツモアナタノ近クニ、イマスカラネ!」
精霊たちは、これからは俺たちの世界の風に、火に、土に、水に、宿って世界中を旅するようだ。
俺以上に自由に世界間を行き来できるのは、さすがは精霊といったところだな。
なんだか、向こうの世界で精霊の目撃情報とかが、ものすごく増えそうだ。
「アキトさん……」
最後に、俺たちのすぐ近くで暮らしていた隣人たち。
禁域の森の住人たちを代表して、ルチアさんが言葉をかけてくれた。
「ありがとうございました。エルフの村のことも、禁域の森のことも、エルフの国のことも、この世界のことも……あなたは、否定するでしょうけど、あなたこそ私たちの神さまです」
「ありがとう……これからも、ルチアさんたちにがっかりされないように、がんばるね」
「……お慕い、しております。弱い私ですが、いつかはあなたにふさわしいエルフとなってみせます……」
そっと耳元でささやかれた言葉に、俺は驚愕した。
ラピスやフィオちゃんからは好意をもたれていると思っていたけど、まさかルチアさんも俺にそんな感情をもってくれていたのか……
「返事はいりません。必ず、あなたの世界に行きますから」
ルチアさんは、いたずらが成功したような、子供のような笑顔で俺を見送ってくれた。
ああ、ばかだな。他人の気持ちがあまりにもわかっていない。
俺はこれだけのたくさんの人たちに、親愛の感情を向けてもらえていたんだ。
「行ってらっしゃい。男神秋人。どうか、これからもあなたたちに幸福がありますように」
女神様の声を背に受けながら、俺たちは門をくぐる。
向こうの世界では、門の周囲こそ人が入れないようにされているが、その外側のバリケードのようなものはものすごい人だかりだ。
……今さらだけど、俺がこっちの世界の人たちと別れるところ、全国で中継されてしまったのでは。
ええい、今さらだ! これからも、俺たちの行動は世界中に見られるわけだし、気にしないことにしよう。
なんなら、この子たちは俺の愛する人たちですって、ちゃんと見せつけておくくらいしないと。
「ソラ! アリシア! シルビア! ルピナス! 愛してる! これからも、ずっと俺と一緒にいてくれ!」
「はい……あなたこそ、私のご主人様であり、旦那様です」
「え、ええっ!! あ、はい! 今のなしとかだめですからね!? 私、アキト様のお嫁さんになりますからね!?」
「主様、うっ……さ、さすがは主様じゃな! 妾を娶りたいとは見る目がある! じゃなくて、ああ、もう! 主様……幸せにしてくれ」
「ルピナスも人間さん……アキトさんのこと大好きです! ずっと五人で一緒にいたいです!」
四人に抱きつかれ、足がもつれる。
そんななんともしまらない方法で、俺たちは門をくぐりぬけて世界を移動した。
ついでだから、遠くのほうに構えられている何台ものカメラと目を合わせて言ってやる。
「ただいま戻りました。この四人は異世界でできた俺のお嫁さんたちです」
だから、俺たちの平和な暮らしを誰も邪魔しないでくださいね?
◇
突然だが俺はおそらく拉致された。
部屋で寝ていたはずが目を開けると布団の中。周囲に人間の気配なんてまったくない。
あっ、これ誰かに布団の中に引き込まれたわ。そう思うのも無理もない状況だと思う。
明らかに俺以外の誰かがいる布団の中で、ゴソゴソと音が聞こえた。
思わず目を凝らして見つめると、そこには綺麗な空色の髪をした小柄な女の子がいた。芸術品のような美しさに改めて心を奪われたためか、思わず素直な感想が口に出る。
「きれいだ……」
「当然です。私はアキト様の妻なのですから」
もうふかふかした毛並みではない。
だけど、今までと変わらず抱きしめてなでてやると、ソラは嬉しそうに目を細めた。
いつもと変わらない。
あの世界でも、この世界でも、きっとこの先も俺はこの子たちと生きていくんだ。
今日も世はこともなし。大切な人たちとの幸せな生活は、きっとこれからも続いていく。
おしまい
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これにて本作は完結です。拙い話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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