第174話 守りが固いものほど、中身は脆い

「あちゃあ……」


 俺たちの目の前にあるのは、こちらの世界と向こうの世界をつなぐ大きな門。

 別に女神様たちがそれを作ったわけでも、俺たちがそれを作ったわけでもない。

 ダートルが俺に帰還を促す際に作ってみせたのが、そのまま放置されたままだったのだ。


「最後まで厄介なやつだなあ……」


 こちら側では、禁域の森に住むみんなが近づかないようにと、各種族の長たちが指示を出してくれている。

 だけど向こう側は大変な大騒ぎだ。

 テレビカメラとか何台もあるし、レポーターらしき人は日本人だけじゃない。

 これ、世界中で大騒ぎになってるんじゃないかなあ……

 向こうから人や物が入ってきてないところを見るに、最低限出入りだけはできないようになっているのがせめてもの救いか。


「男神秋人」


「あ、はい?」


 この状況にどうしたものかと考えていたら、女神様に声をかけられる。

 なんだろう、さすがに収拾がつかないから、この門を消して俺たちもこの世界に残れとか言われるのかな。


「あなたは、どうしたいですか?」


「どうって……」


 それはもう決めているし、今までもこれからも変える気はない。


「ソラと、アリシアと、シルビアと、ルピナスの五人で、いつまでも静かに暮らしていきたいです」


 そう、それが一番大切だ。

 そのためなら……最悪、元の世界に戻れなくたって……


「わかりました。では、交渉してきます」


 俺がそんな覚悟を決めていると、女神様は堂々と門の向こう側、つまり俺の世界へと行ってしまった。

 あれ、そんな簡単に向こうに行けるの? ダートルたちと戦ったときの場所と同じなのかな。神様が許可したものしか出入りできないとか、きっとそんな感じなのかもしれない。

 しかし、突然女神様が出てきたものだから、向こうの世界がとんでもない大騒ぎになっていくのがわかる。

 大丈夫なんだろうか……


    ◇


「大変なことになりましたね」


 さすがのアリシアも、女神様たちの行動には驚いたようだ。

 まあ、こんなことになるとは思わなかったからな。

 俺の世界と、この世界をつなぐ門。それを閉じることをやめるなんてな。


 双方で厳重に管理し、互いの世界の人間を定期的に交流させる。

 神の力を含めた厳重な審査のもと人員は選出されるため、双方の世界に送られた者たちがトラブルを起こすことはないだろう。

 送られた者を巻き込んで、周囲が騒ぎを起こさないかが不安でもあるけど……


「こちらの世界の男性不足は、結局女神たちでさえ解決できぬ可能性が高いらしいからのう。であれば、主様のような異世界の男性を求めるのも仕方がないのかもしれん」


 世界間の交流の目的は、男性不足の解消。

 いずれ、俺の世界から大量の男性が移住するためにも、女神様たちはこの世界をよりよいものへと変えていこうとしている。

 俺の世界は俺の世界で、これまで想像上の力でしかなかった魔法の存在や、様々な種族と見たこともない資源の数々に価値を見出したようで、意外なことに双方ともにこの異世界間交流には乗り気なようだ。


 急に出てきた他の世界の存在。それを互いの住人たちが知ってしまったというのに、どちらの世界でも混乱を治めて事態は収拾できた。

 きっと、どちらの世界の責任者たちも、俺なんかが考えているよりはるかに優秀だってことだろう。


「こっちの世界もあっちの世界も、きっとこれから大変なことになるですね」


 しばらくは、互いの代表同士が忙しい毎日を送るんだろうな……

 無理をして体調を崩したりはしないでもらいたいものだ。

 二つの世界の安定は、その人たちの働きにかかっているのだから。


「世界のことは、私たちではなく、女神たちやご主人様の世界の代表者たちに任せて、私たちは幸せな家庭を築きましょう。ということで、もっとなでてください。狼の姿のときは、もっと大胆に体中をまさぐってくれました」


 この……不良女神め。

 一応俺とお前は神なんだから、本当なら世界の代表側のはずなんだぞ。

 それなのに、色々な面倒ごとから遠ざけてくれたのは女神様たちなんだから、彼女たちにもう少し感謝すべきだろう。


 結局、俺とソラは互いに神のままだった。

 とはいっても、今みたいに神としての仕事などなにもない。

 女神様たちは、世界のことは自分たちに任せるように言ってくれたし、俺の世界の代表たちも、俺たちのことは刺激したくない危険物みたいに思われている。


 まあ……神格を得たソラとか、いよいよ敵がいなくなってるほど強いしな。

 俺たちの世界に戻ったとしても、表立って騒ぎにはならずに、陰ながら観察というか警護みたいな体勢を考えてくれているらしい。

 平凡な日常ではなくなったけど、上辺だけ形だけは、これまでどおりの日常を送れるんだし、これ以上わがままを言うと罰が当たるよな。


「というか、狼の姿のときはソラがそんなにかわいい女の子だって思わなかったから、仕方ないでしょ」


「……ごまかされませんよ? もっと、なでてください」


 そうは言いながらも、耳も尻尾もぴくぴくと動いているじゃないか。

 あいかわらず、うちのわんこはとてもかわいい。

 どんな姿でもソラはソラだ。だから、俺は思う存分ソラのことをなで回すことにした。


 前と違って触り心地が別の意味で気持ちよかったり、なでてるときの声がやけに艶っぽいから、いまだに慣れないんだけどな……


「アキト様、アキト様。あなたのアリシアも、この辺がさみしそうですよ?」


 すすっと俺たちに近づいてきて、アリシアが自分の頭を指差す。

 うん。この姿のソラを今までみたいになでている以上、アリシアが人間の女の子だからとか、もう言い訳することはできない。


「ふわぁ……」


 でも、この子頭なでただけで、溶けたんじゃないかってほど脱力しちゃうんだよな。


「あ、アキト様……大好きです」


 顔を真っ赤にしながら、そんな気持ちを伝えてくれる。

 肝心なときにへたれる自分を直すためか、最近のアリシアはこんなふうに愛情表現をすることが多くなってきた。


「うん。俺もアリシアのこと大好きだよ」


 それをこばむ理由なんてない。

 だから、俺は頭をなでながら、彼女へと正直な気持ちを伝える。


 ……本当なら、これだけでいいんだ。

 現に、ソラも、シルビアも、ルピナスも、同じような状況では、互いに愛を伝えてあとは、のんびりまったりとイチャイチャするだけだから。

 でも、アリシアだけはまだ、そんな関係にはなれていない。


「わ、私のほうが大好きなんですけどー!?」


 照れ隠しなのか、興奮状態による混乱からなのか、アリシアの大声が俺たちの家の中に響き渡った。


「どっちが好きかで自慢するメス初めて見たぞ……」


「聖女さん、好きは比べるものじゃないですよ?」


「互いに好きならそれでいいじゃないですか。本当に、アリシアはアリシアですね」


 三人の呆れるような憐れむような目線に、アリシアは余計に顔を赤く染める。

 少しずつ慣れてくれるといいな……そう思わずにはいられない、平和な一日だった。

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