第172話 愛の言葉はときに致死量となる

「お疲れさまでした。ご主人様」


 音もなく俺のすぐ隣にソラは現れた。

 あのとき、この子がいち早く俺を強くする手段を思いついたから勝てた。

 感謝の意味を込めて、俺はいつもどおりソラの頭をなでる。


「あっ……」


 まあ、シロのときもなでていたわけだし? 特に問題ない。

 これくらいであれば、狼の姿だろうと、獣人の姿だろうと、いつでも行える。

 だから……おずおずと両手を広げて、俺が抱きつくのを待つようにされると困る。

 まだ、獣人の姿のソラに慣れていないから、こっちにも心の準備が……

 やめよう。


「ソラ。今までありがとう。これからも、ずっと俺と一緒にいてくれ」


「もちろんです。私はご主人様のものですから」


 抱きしめた体はやっぱり小さかった。

 こんな小さな体で何年も一人であの森を守り、俺と出会ってからは俺のことを守り続けてくれたんだな。


「くぅん……」


 つい、力を込めて抱きしめてしまうとソラの口から鳴き声のようなものが漏れていった。

 狼だったときのなごりだろうか? それとも、獣人だから犬みたいな鳴き声も出すものなのか?

 そういえば、なでるとしても狼の体とは勝手が違うし、また一からソラが満足できるなで方を習得しないとな。

 なんだ……結局いつもと変わらないみたいだな。


 男神たちのせいで誘導されていた思考も晴れ、ソラたちが自分にとってかけがえのない人たちだと考えることができるようになり、まあ……その、勢いもあったが、愛してるとか言ってしまったわけだ。

 でも、多分みんなとの生活はこれまでどおりなにも変わらないだろう。


「アキト様~! あなたが愛したアリシア! ただいま戻りました!」


「うわっ……」


 アリシアが戻ってきたと思ったら、間髪入れずに俺とソラに抱きついてきた。

 さすがに、アリシアも神たちとの戦いの後で興奮冷めやらぬ状態なのか、力の加減がされていない気がする。

 それでも、ソラは当然平然としているが、俺のほうもアリシアのありあまる力をもってしてもびくともしない。

 前にフィオちゃんが力加減を誤ったときとは随分と違うな。

 やっぱり、俺は人間ではなくなったってことだろう。


「落ち着けアリシア。力加減ができておらぬぞ!」


「でも、人間さん大丈夫そうです。人間さん? 神さま? う~ん……なんて呼ぶべきです?」


「お帰り、アリシア、シルビア、ルピナス。呼び方は変えなくていいよ。今までとなにも変わらないから」


 神様だと言うつもりはない、イーシュ様と違って、俺には世界なんて重すぎるものは背負えない。

 だから、ここにいる大切な人たちだけは、守れるようになりたいと思う。


「あ、アキト様……つ、ついにポイント溜まりました……?」


 四人を抱きしめると、アリシアからそんな言葉が聞こえた。


「そう……だね。うん。俺はこの世界にきて、みんなに助けてもらいながら生きてきた。きっと、みんなと一緒に生活できたから、知らない世界でも楽しくすごせた」


 エリーにさらわれたとき、四人と離れて一気にさびしくなった。

 この四人がいるから、俺の心は平静を保っていられた。


「だから、俺はみんなと一緒に暮らしたい。ソラ、アリシア、シルビア、ルピナス。あなたたちを愛している。どうか、これからも俺と一緒にいてくれ」


「当然です。私たちは……ん? なんだか、生暖かいものが……」


 ソラが返事を返そうとしてくれたのだが、言葉が中断される。

 そして、次の瞬間ルピナスが大声を上げた。


「聖女さん! 鼻血がどばどば出てるです!」


 ちょうどみんなを抱きしめていることで見えていなかったのだが、どうやらアリシアが鼻血を出したらしい。

 じゃあ、ソラが言っていた生暖かいものって、アリシアの血のことか……

 俺は慌ててみんなを抱擁から解放した。

 うん、たしかにアリシアの整った顔から血がたくさん出てきている。のぼせたか?


「普段からぐいぐいといくわりには、お主は、本当にここぞというときに弱いのう……」


「これから、いくらでも抱きしめてもらえますから、早く慣れたほうがいいですよ? アリシア」


 呆れたようなシルビアとソラの言葉を信じるのなら、もしかして俺が抱きしめたことで興奮したのだろうか。

 まあ、それもなんだかアリシアらしいな。


「しまらないのです……」


 めずらしく、ルピナスまでもが呆れたようにつぶやくと、アリシアはみんなに謝罪していた。

 別に、そこまで反省しなくても、いつでも抱きしめるくらいするんだけどなあ……


    ◇


「アリシアに聞きたかったんだけど、イーシュ様が力を失ってしまったみたいなんだ。俺とソラの力でなんとかならないかな?」


 本当は最初に聞くべきことだったんだろうが……許してほしい。

 俺も俺で、ダートルとの戦いの後で、けっこう感極まった状態だったんだろうな。


「それでしたら、お二人が神力をぐわ~って流してみたら、女神様が復活できるのではないでしょうか?」


 まだ恥ずかしいのか若干の照れ隠しもこめて、アリシアは大げさに説明をしてくれた。

 でも、たしかに俺は神力の量だけはすごいらしいし、それをイーシュ様に分けることができれば復活の助けになりそうだな。

 そもそも、力の使い過ぎでこんなふうになってしまったようだし。


「それじゃあ、ためしに……」


 石像のように固まってしまったイーシュ様に触れてみると、ひんやりと冷たかった。

 まるで、イーシュ様にだけ時間が流れていないかのように、完全に停止してしまっている。


 神力を使うときのように、体の中にある力をイーシュ様に流してみる。

 こんな感じでいいのかな? 目にみえてなにか変わるわけじゃないから、正しいのか不安だ。


「ソラ、こんな感じであってる?」


「ええ、さすがはご主人様です。すばらしい神力です」


 どうやら、これでいいらしい。

 ソラは尻尾をふりながら、俺のことを褒めてくれる。ソラが言うのなら間違いないだろう。


 しばらく、神力を流していくと、イーシュ様のまぶたが動いた。

 それに、体のほうも呼吸をしているときのように、わずかに動いている。


「……あれっ……どうして」


「おはようございます、イーシュ様。色々あって神力を使えるようになったので、イーシュ様を復活させているところです」


「それは、いいんだけど……えっ、ちょっと! そんなに無駄に垂れ流してたらもったいない!」


 あれっ、やり方が違ってたのか?

 イーシュ様が意識を取り戻したから、方法自体はあっているはずなんだけど。


「でも、ソラはこれでいいって……」


「ご主人様のすることに間違いはありません」


「……あんた、秋人のすることならなんでも肯定するだけでしょ」


 ソラはこれであっていると言っていたが、俺に甘いだけだった。

 そうか、やっぱり神力の使い方下手みたいだな。ダートルもそのせいで、神力のごり押しで無理やり倒すことになったし。

 これは、今後の課題となるだろう。


「まあ……色々と聞きたいことはあるけど、まずはごめんなさい。それにありがとう」


 それでも、今はイーシュ様を復活させることができたのだから、俺にしては上出来だろう。

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