第169話 あかされる驚愕の事実(本人にとっては)

 ソラと口づけした途端に、これまでで最も大きな力が俺の体内へと流れてきた。

 俺は全身でその魔力を体外へと排出する。

 魔力こそすさまじい量だが、不思議と俺への負荷はまったくない。

 誰かの魔力が体内を流れる気持ち悪さはまったくないのは、これがソラの魔力だからかもしれない。


「っはぁ……これで、その鎖が強化されることはないはず、だ」


 言い終わる前に、ソラはすでに鎖を引きちぎって拘束から逃れていた。

 続けて俺を縛る鎖も壊してくれる。

 やっぱり、ソラは魔力がない状態でもけっこう強いらしい、それこそこんな鎖を簡単に破壊できる程度には。


「いくら拘束から逃れるためとはいえ、そんな畜生とキスするとか、気持ち悪いことするなあ……お前」


「畜生なんかじゃないし、気持ち悪いなんてありえない。この子は、俺が愛した女性の一人だぞ」


 まったく、本当に厄介な洗脳というか、もはや呪いと呼べる代物だった。

 なにがサービスだよ。こんな簡単な気持ちにも気づけずに、言葉にもできないなんて。


「うざってえなあ……そんなにじゃれつかれても、俺には効かねえって言ってるだろ!」


 そう、ダートルにはソラの攻撃はすべて通用しない。

 俺たちの鎖を破壊した後に、ソラはすぐにダートルへ攻撃をしかけてくれているが、ダートルはそれをわずらわしそうにするだけだ。


 神格ってやつだ。これが本当に厄介すぎる。

 ソラもそれは理解しているのか、攻撃する際も無理はせずに、ダートルの邪魔をすることだけを考えて行動していた。

 そんなソラが、ダートルではなく、俺のほうをちらちらと見るようになった。

 まるで、なにかを考えているような、決心できないでいるような姿だった。


「結局のところ、鎖で縛られていようがいまいが、俺にとっちゃなにも変わらないんだよ」


 ダートルが創造した槍の一突きを避けるために、ソラは大きく後ろへと跳躍した。

 ちょうど俺の隣にきたソラは、こんなときでも俺の手を舐めると、なにかを決心したように俺の前に立った。


 ソラの体が淡い光に包まれる。魔力がない俺にもわかるため、それは魔力による力じゃない。

 光の発生源であるソラはすでにシルエットしか見えなくなっていたが、それが徐々に姿を変えていく。

 四足歩行の狼の姿が、徐々に二足歩行の生き物に……人間の姿へと変わっていった。


「もっと早くにこうするべきでした。それをしなかったのは、私のわがままです」


 ああ、そうか……馬鹿な勘違いをしていたものだ。

 ソラとシロが似ているだなんて当然じゃないか。シロは、ソラが獣人になったときの姿なんだから。

 目の前にいるのは、寝床に潜り込んできていた獣人の少女。


「神へと昇華した以上、もうあなたが愛してくれた狼の姿には戻れません。それでも……また撫でてくれますか? ……抱きしめてくれますか?」


「当然だろ、俺はお前のことを愛しているんだから」


 俺の言葉を聞いたソラは、

 こんなときにでも、尻尾を揺らして喜んでくれているのが、恥ずかしくも嬉しくなる。

 そっか……俺、あんな美少女とキスしちゃったのか……


「なにやってんだ、ダートル! 女神が増えちまってんじゃねえか!」


 シルビアと戦っていたはずの男神が、こちらへとやってくる。

 あいつがここにいるってことは、シルビアは?

 そう思い、慌てて二人がいた場所を見ると、傷だらけになって倒れたシルビアがそこにいた。


「お、おい……せっかく、この世界の女神を全滅させたのに、なんで新しい女神が誕生しているんだ」


「お前、それは油断しすぎじゃないのか?」


 ルピナスとアリシアと戦っていたはずの男神二人も、ダートルを責めるようにこちらへ近づいた。

 ……やっぱり、四人が戦っていたはずの場所には、シルビアと同じように、アリシアとルピナスが倒れている。

 ひどいありさまだ。いくつもの瓦礫と、白い人型の生物の死体だらけの中に二人はいた。


 しかたがないことだろう。

 三人は一度は男神を倒している。だけど、それはイーシュ様が力を振り絞って、男神たちを弱らせてくれていたからこそ、できたことなんだろう。

 それに、三人とも一度目の男神との戦いで消耗もしているはずだ。

 そんな状態で、各国の助けもなく一人で戦えば負けて当然なのかもしれない。


「しょうがねえだろ。そいつが、神になれる状態だったなんて知らなかったんだから。それに、問題ねえよ。俺はちゃんと神格を取り戻すことを最優先にした。だから、神になりたてなうえ、信仰もろくに集めていない小娘に負けるかよ」


 最後までそれか。

 神格の力、神としての位の高さ、信仰された力の強さ。

 それこそが、ダートルを絶対の存在にしている。あいつには、自分が絶対の神であるという自信がある。


「おい、それじゃあ俺たち……は……」


「シルビアの分。アリシアとルピナスの分。たしかに報復させてもらました」


 ダートルに詰め寄っていた、大柄な男の言葉が途中で切れる。

 そして、同じように残り二人の男神たちも言葉を発することもなくなった。

 俺には見えなかったけど、ソラが一瞬で三人の男神たちを倒したらしい。

 男神たちの体は倒れたかと思うと、ジルドのときのようにボロボロになって崩れていった。


「まあ、神格で勝てない以上は、この化け物に一瞬で殺されんだろうな……ああ、もう死んだか」


 ソラが三人の男神たちと同じようにダートルを倒そうと爪をふるう。

 しかし、ダートルは首と心臓を守るようにして、ソラの攻撃を防いだ。


「ちっ……神になってなお、届きませんか」


「言っただろ? 神と神の戦いってのは、お前らがやってきたように、魔力だとか身体能力だなんて二の次なんだよ」


 他の男神たちを一瞬で倒した攻撃を受けたはずなのに、ダートルにはほとんど効いていない。

 一応わずかに傷ができているため、ソラが女神様になる前と違って、攻撃が完全に通用しないわけじゃない。

 それでも、神力で劣っているだけで、ここまでソラの一撃が軽くなってしまうものなのか。


「傷、ついていますね? 先ほどと違い、お前はもう無敵ではありません。傷一つでもつけられるなら、いつかは倒せるはずです」


「無駄だと思うけどな。神に昇華できたのがそんなに嬉しいか? 犬っころ」


 たしかに状況は変わった。

 だけどそれは、ゼロのダメージだったのが、一のダメージに代わった程度のか細い勝機でしかない。


「嬉しい……? そんなわけないじゃないですか。私はもう元の姿には戻れません。ご主人様が褒めてくれた毛並みも失い、今までのように思う存分甘えることだってできなくなりました。そこまでの犠牲を払ったので、あなた程度倒せないと割に合わないんですよ」


 ソラの攻撃はすべてダートルに当たっている。

 ダートルの攻撃はすべてソラに回避されている。

 だというのに、有利なのはソラではなくダートルのほう……なんとも不公平な話だ。


 まあ、それは一つだけ心当たりがあるとして、ソラに言っておかなきゃいけないことがある。


「落ち着けソラ! 毛並みはないけど、尻尾はきれいだし、いつでも撫でるし、いつでも抱きしめるぞ!」


 よし、尻尾が千切れそうなほど動いている。やっぱり、獣人の姿になってもソラはソラだな。

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