第168話 レモンの味というよりは獣臭い
三人が倒した、三柱の男神。
だけど、それなら俺というか先生たちが倒したはずのカーマルは?
俺とソラはすでに捕らえられているから、カーマルを復活させて戦わせる必要はないってことか?
「アナンタは雑魚だけど、まあ盾くらいにはなるだろうな」
再びこの状況に戻ってしまう。
捕らえられて動けない俺とソラ。それを悠然と見下ろすダートル。
依然俺たちが不利な状況なまま、カーマルのときもそうだったが、神というのはその行動一つであっさりと状況を変えてしまう。
一度やられた者さえ復活させるのだから、ダートルの力は特に万能に思える。
「そんなになんでもできるのに、なんでわざわざ国を滅ぼすような真似をするんだ……」
「言っただろ。俺たちの力の根源である信仰心、それを集めるのに邪魔なやつらは間引くしかないんだよ」
それだけなんでもできる力があるのだから、お前なら信仰を集めるなんて簡単なことだろ。
その力で誰かを助けるだけで、お前は世界中の人々から信仰される神になれるのに、本当に理解できない。
自分が力を得るよりも、この世界の人たちを苦しめることの方が大切なのか。
「……そんなんだから、お前は誰からも信仰されないんだよ。少しは誰かのために行動してみろ」
「誰かのためにねえ……くだらない。なんで、俺が信用もできない連中のためになにかしてやらないといけないんだ」
会ったときから常にのらりくらりとしていたダートルだったが、その言葉だけは、本心からの言葉のような気がした。
ああ、そうか。こいつは誰も信用していないのか。
きっと仲間である男神たちでさえ信用していない。当然、神よりおとるこの世界のすべての存在なんて、なおさら信用できない。
だから、こいつは神として誰かのためになんか行動しないんだ。どうせなにをしても信仰しないだろうと疑っているんだ。
「お前がどれだけすごい神様でも、そんなんじゃ一生誰からも信仰されないぞ」
「ご忠告どうも、それじゃあ礼として懐かしい顔と再会させてやろう」
ダートルが水晶を掲げると光が集まり、人型の輪郭を象っていく。
ああ、やっぱり俺はカーマルにやられてしまうのか。
そう思っていたのだが、水晶により復活したのはカーマルとは別の男だった。
「……ジルド」
それは、かつて精霊たちとアリシアに敗北したエルフの王。
国に戻った後に国民に殺された、という顛末だけを聞かされていた男だった。
「……なんだ、ここは」
アリシアに敗北した際に、魔力を失い心が折れてしまっていたはずだが、どうやらご丁寧にそのあたりも元に戻しているらしい。
「おい、エルフの男。チャンスをやる。お前の目の前には、お前が死ぬ原因となった憎い男がいる。そして、お前には身の丈に合わないほどの魔力をくれてやった。その力で好きに魔法を使うといいさ」
「ジルド……お前、体が」
かつてのジルド以上の魔力を有している、というのは本当のことらしい。
魔力こそ俺には知覚できないが、ジルドの体はその過剰な魔力のせいでボロボロと崩壊をしている。
「なんだよ。その程度の魔力にも耐えられないのか、まあいい、体が崩れる前にこいつを殺すことはできるだろう。留飲を下げる機会をやったんだ、俺に感謝しながらこいつを殺せ」
「なるほど、状況は理解した。ならば、この力好きに振るわせてもらうとしよう」
ジルドの手に魔力が集まっているのだろう。
魔法発動の準備をするあの構えは、あのとき散々見たからな。
俺はそれを見ても、特に恐ろしさを感じることはなかった。
「……なんの、つもりだ?」
ジルドが掌をかざしていたのは、俺ではなくダートルに対してだった。
突然の行動にジルドの真意を訪ねるダートルだったが、ジルドはそれに答えることなく魔法を発動する。
「ちぃっ! 脳みそぶっ壊れたのかお前!」
ダートルには効いていない。当然だろう、ソラの攻撃さえも通用しないんだ。
やはり、神格とやらのせいで、ダートルは絶対的な力で守られている。
それでも、ジルドは何度も何度もダートルへ向けて、様々な魔法による攻撃を仕掛け続けた。
「だめだな。これ、壊れてやがる。せっかく雪辱を晴らす機会を与えてやったのに、そんなことも理解できないのか」
すでにジルドの体は半分以上崩壊し、上半身のみが残っている状態だった。
そんな状態だからか、魔力をすべて使いきったからか、ジルドはついに魔法による攻撃を諦めて口を開いた。
「馬鹿か貴様は。私を負かした者と私を見下した者、どちらを優先して排除するかなど決まっているだろう。
そんなことも理解できないほど愚かなのか」
ダートルにそれだけを告げると、ジルドはようやく俺へと視線を向けた。
「魔力が足りない。どうやら、貴様への雪辱は今ではないようだ。それにしても――いつまで、その鎖で遊んでいるつもりだお前は。魔力で強化される拘束具など、何の意味もないだろうが」
ただ事実を告げるように、淡々とその言葉だけを俺へと向けると、ジルドは崩壊し消えていった。
相変わらず、どこまでも他人への興味がないようなやつだったけど、その忠言はありがたく受け取った。
「俺を嫌っていたジルドでさえこうだ。お前が誰も信じていないのなら、お前を味方する者なんていない。ましてや信仰なんてするわけがない」
これこそが、こいつの唯一の欠点なんだろう。
力はすごい。万能の存在。だけど、その力の源をこいつだけでは確保できないんだ。
だから、俺を利用して復活のための力を集めさせ、あわよくば今後も力を集めるために仲間に引き入れようとした。
なら……その力で、こいつを倒すことができるんじゃないだろうか?
「逆さ吊りの状態で偉そうに……誰かを信じる必要なんてねえよ。俺は、俺一人でなんでもできる。お前らにとどめを刺すことだってな」
「ソラ、お前は俺を信じてくれるか?」
隣で吊るされていたソラは、迷うことなく頷いてくれた。
「だったら、口から魔力を全開で放出してくれ」
ソラと接触さえすれば、ソラの体内の魔力を排出させられる。
魔力さえなくなれば、魔力で強度が変わるこの鎖も最低限の力になるだろう。
俺みたいな非力な一般人には無理でも、ソラならそれでなんとかなるはずだ。
大丈夫、きっとうまくいく。
なんたって、エルフの王と同じ見立てなんだから。
「あのなあ……そんなもので、魔力を枯渇させられるわけねえだろ」
縛られてるとはいえ、まったく動けないわけじゃない。
本当にわずかだけど、首から上が動くのであれば問題はない。
俺は、ソラの口に自分の口を重ねた。
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