第163話 ある町の蝕み
「お前、そんなに強かったんだな……シルビア……」
「元女王じゃからな。それよりも貴様らは休んでおれ。もっとも、休める場所は妾が壊してしまったが……」
「ふん……俺たち竜を……甘く見るな。どこだろうと、少し休息をとればこの程度の傷……」
眠った。いや、意識を失ったようじゃな。
無理をしすぎじゃが、こいつがいなければ、あのままウルラガは逃しておったじゃろう。
「は~い。私が一緒に寝てあげますからね~」
ギアか。それは別によいのじゃが、周りのメスどもを威嚇するな。
かく言うこいつも、体はボロボロのようじゃし、割と無理しておるようじゃな。
「しかし、シルビア様すごかったですね~。あんな力があるのなら、神狼様にも勝てるんじゃないんですか?」
「いや……あの方、力を吸っても際限ないから無理じゃ」
森竜じゃし、妾こそ禁域の森の支配者じゃと息巻いたが、あの森は妾ではなく神狼様の味方しそうじゃしな……
神狼様や他の者たちは無事じゃろうか。
◇
「もう、無理だよ……」
私たちは孤立した。
町は、顔のない人型の怪物たちに包囲されている。
まだ、怪物が一匹しかいなかったときに、勇者総出で戦った。
負けてはいない。むしろ、全員で戦わずとも勝てる相手に胸をなでおろしたほどだ。
問題はその戦いの最中、不気味な怪物は、まるで量産されるかのように増え続けていった。
増え続ける怪物に怯え、逃げ惑う人々が怪物たちに狙われたが、幸いなことに怪我人は出ていない。
だけど、今思うとそれで充分だったみたい。
避難中を狙われた人々は混乱し、最も安心できる自らの家へとこもってしまった。
守るべき人々が分散してしまったことにより、私たちは一丸となって怪物と戦うことさえできなくなった。
「まだ、動いてないの?」
ジェリに尋ねると、さすがの彼女も珍しく疲れ切った顔をしていた。
「ああ、やはり私たちが行動しなければ、あの化け物たちは動かないようだ」
嫌な持久戦ね。町一つ襲うのに、どれだけの労力と時間をかけるつもりなんだか……
だけど、それが真綿のようにじわじわと私たちの首を絞めてくる。
何もかもが足りない。
何度か交戦した。敗北こそしていないが、武器や防具が壊れていった。
町を囲んだ化け物たちは、近づく者に襲いかかるため、外からの補給は断たれた。
ならば、化け物を減らそうにも、町の住民を守りながら戦うことはできない。
混乱する住民たちを統率できる者は、フィル王女や聖女リティアくらい。
そんな膠着状態は終わりを告げる。
――こちらにとって、不本意な形で。
「このまま、食料尽きるまで待っててやろうと思ったんだけど、どうにも他の奴らが不甲斐ないみたいでな? ちょっと、削らせてもらうわ~」
突如現れた宙に浮いた男が、なにも存在しないはずの空間を指で押す。
すると、目の前から降ってきたのは、町を囲んでいるのと同じ化け物たち。
その化け物が、何匹も何匹も空中から降ってくる。
「みんな! 町を守るわよ!」
周囲の勇者たちに、戦える者たちに声をかける。
だけど、みんな戸惑っているのがわかった。
無理もないわね……数が多すぎるもの。どこを守ればいいのか、もうわからない。
フィル王女に……聖女リティアに指示を仰がなきゃ……
だめ。二人とも別の場所で指示を出すのに手いっぱいで、ここにはいない。
目の前の化け物をとにかく倒せばいいの? もう、何が正解なのかわからない……
「情けないわね。それでも勇者なの?」
ああ、ついに民衆からもそう思われてしまったみたい。
「馬鹿なの? 食料を狙うって言ってたでしょ? 食糧庫を狙う化け物だけを削りなさい」
なんだか、その指示はとてもしっくりとくるというか、疑う余地がないというか、やけに自信に溢れていてそれが正解のように聞こえた。
「ルメイ……王女?」
「あら、ここで悠長に話していられる余裕があるほど、ツェルールの勇者たちは強くなったのね。よかったわ。これで、この町も助かるわね」
「で、でも町の人たちも守らないと!」
「とっくに避難させてあるわよ。引きこもっていたいとかうるさいから、手間がかかったけどね」
いつの間に……
そう思った私に答えを教えるかのように、ルメイ王女の傍らに金色の羊が姿を現した。
あの羊は隠密性に長けていて暗殺が得意という、非常に厄介で嫌らしい性質の羊だったわね。
あれの力で、私たちにも気づかれないように、民家の一軒一軒を回って説得したということかしら……
「なに? ここまでしてもまだ動けないの? それじゃあ、この町は本当に終わりみたいね」
はっとする。
今はこんなところで考えている暇はない。
「みんな、他の化け物は無視して、食料を狙ってるやつを倒すわよ!」
私たちはあんたが嫌い。
だけど、今はあんたの指示を聞いているほうが、この町を守れる可能性が上がる。
だからそれだけ。今だけは、前のようにあんたの命令どおり動いてやるわよ!
「へえ、お前がこの国の代表? なんかいかにも悪役っぽい顔してるな。そのうち処刑されそうじゃん。うける」
「代表は姉のほうよ。私は、人手が足りないから手伝ってやってるだけ」
「どこに逃がしたかは知らないけど、俺は天使を何匹でも生産できる。はなっからお前らに勝ち目なんかないんだよな。無駄な努力お疲れ」
天使とやらは無尽蔵に増え続けるらしい。
だから、今のうちに少しでも数を減らさないといけない。
「みんな! 住民たちを守る必要はなくなった! 仲間の命だけ守って、あの化け物を減らすわよ!」
「天使だって言ってんだろ。耳ついてんのか?」
やけにその名前にこだわるみたいだけど、私たちには関係ない。
散々苦しめられたけど、ここからは反撃させてもらうわよ!
◇
「へえ、やるじゃない。あの森でもそれくらいの活躍をしてほしかったわね」
「あんな目にあってもまだそんなこと言ってんの!? 勝てるわけないでしょ、あんな相手に!」
今ので終わりね。周囲の化け物はこれで残らず倒してやったわ。
さすがに、こっちも無傷というわけにはいかないけど……
「食料破壊のミッションは失敗だったけど、装備品破壊のミッションは達成したから別にいいか。それよりも、向こうのほうだよな……強化個体生産したのに、なんでいまだにろくな戦果があがってないんだ……」
ぶつぶつとこちらを無視して独り言をつぶやく男。
正直、男にそんな対応をされるのには慣れている。だけど、今ばかりはその方がこちらに都合がいい。
ルメイ様もそう思ったのか、すでにあの男を暗殺すべく羊に指示していた。
「まあ、一つずつ制圧していこうかね」
そんな羊の攻撃は、突如男の傍らに現れた異形の怪物に簡単に阻止される。
歯牙にもかけない。私たち程度は敵ですらないとばかりに、男は機械的に指で目の前の空間を操作した。
「……何匹出るのよ」
私たちは、再び現れた怪物の群れを前に、疲れた体に鞭を打つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます