第162話 その森、無農薬につき

「私たちもルダルの民です! 玉砕しようとも、神に反逆してみせましょう!」


「へえ、雑魚なうえに馬鹿しかいないのかこの国は。めんどくせえな……そういうことなら、もういらねえ。一匹ずつ殺してから、そこの竜が言うように大事な国ごと滅ぼしてやるよ」


 なんか、妾の意図を変にとらえられておる。


「待て、勝手に盛り上がるな。国は崩壊すると言ったが、民は守るし、貴様は終わりじゃ」


「はあ……? なに言ってんだ。まさか、この国ごと巻き込む威力の攻撃でもするってか?」


「まあ、近くはあるな」


 妾の態度が気に食わなかったようで、ウルラガの目尻が吊り上がる。


「あの程度の炎と水しか扱えなかったてめえが、そんなことできるわけねえだろ!!」


 格の違いを見せつけるかのように、ウルラガから放たれたのは炎弾と水弾じゃった。

 たしかに……妾の全力のブレスでも勝てぬじゃろうな。

 それも、その数は一つや二つではない。無数の球体の弾丸は、どれも妾を狙い殺到した。


「てめえが他の属性を扱えたとしても関係ねえ。さっきから、てめえに有利なはずの属性で攻撃してやってるのに、どうすることもできねえじゃねえか」


「それは、炎と水が妾の本来の属性ではないからじゃ」


「なら、その本来の属性とやらで、しのいでみせるんだな!」


 言われずともそのつもりよ。

 もはやなりふり構ってられぬ、この国を守ることは無理じゃった。

 それでも、民を守るくらいはさせてもらおう。


「妾も不本意なんじゃ、文句は言うなよ」


 次の瞬間、竜たちが住まう大国ルダルは消え、代わりにそこに樹海が現れる。

 これが妾の古竜としての本来の力。


「な、なんだ、その力……てめえは、水竜か炎竜のはずだろ」


 さすがの竜神様も、このような力は知らぬようじゃな。


「それは、貴様がそう思い込んでおっただけじゃろ、妾は森竜シルビア。ルダルを守ることができなかった、愚かな元女王じゃ」


「たしかに大した力だが、てめえの国を飲みこんだだけで、肝心の俺には当たってねえんだよ! この下手くそが!」


 当然じゃ。守るべき国を飲みこんだこの樹海は、単なる下準備にすぎぬ。

 貴様が悪い。さっきも言ったが、文句は受けつけぬぞ。


「神とはいえ、その力無限ではあるまい」


 妾の言葉に、ウルラガはなにやら嫌そうな顔をした。

 図星をつかれたというよりかは、無限という言葉に反応したあたり、思うところがあったのかもしれぬ。

 が、そんなことは知らん。

 準備は終えた。あとは、貴様が耐えられるかどうか次第じゃ。


「貴様は筋肉をつけすぎじゃ。もう少し痩せるといい」


 アルドルも標準体型じゃったし、主様もこんな筋肉まみれの肉体ではないからのう。

 いや、主様であれば、筋肉がついていようが、やせ細っていようが、妾はかまわぬが。


「なんだぁ!? また、力が抑制されているだと!?」


 木々が動く。枝葉がウルラガを狙うように蠢く姿は、さぞかしやつには不気味なものに見えるじゃろう。


「ちっ、クソガキといい、そこの女といい、てめえといい、相手を弱らせるのがそんなに楽しいか!」


 楽しいものか。

 イーシュは貴様らの蛮行を止めるためで、ビューラはその戦いが性に合っておった。

 それを否定する気はないが、妾も本来であれば、真っ向からぶつかり勝利したい気持ちはあった。

 だが、貴様は強い。そして、この戦いは妾のくだらん意地で負けていいような戦いではない。


「それだけ、貴様が強かったということじゃ。誇るがいい、竜の男神ウルラガよ」


「なにを終わったことにしてんだ、てめえは!!」


 森ごと焼き尽くそうと、ウルラガは炎のブレスを放つ。

 驚異的な範囲と威力には違いない。妾のブレスよりもはるかに強力じゃろう。

 だが、一部の樹木こそ焼かれ息絶えたものの、それ以外はいまだ健在。ウルラガを拘束しようと木の枝が伸びていく。


「ふざけんな! 俺の炎で燃えないなんてありえねえ!」


「この森は生きておる。そして、敵である貴様はただの養分にすぎぬ。先ほどから森全体が、貴様の神力とやらを栄養に変え続けておるからのう。その程度の炎を浴びようと、一部が焼け落ちるだけじゃ」


「この卑怯者がっ!! こんな小細工なんか使ってねえで、正面から戦いやがれっ!!」


 さすがに声にも焦りが混じってくる。

 力がどんどん抜けていくのを感じておるのじゃろう。

 ウルラガはすでに樹木から伸びに伸びた枝によって、その体を拘束されておる。

 その拘束を解くことができん程度には、ウルラガの神力とやらも失われておるようじゃ。


「殺す……次に会ったときは加減なんてしてやらねえ……一切の容赦なくぶっ殺してやる! クソアマ!!」


 諦めたか。

 抵抗をやめ大人しくなったことと、その言動から妾はそう判断した。

 だが、やつの体はまるで水のように変化して、樹木たちの拘束から抜け出した。


「馬鹿な! いくら、水竜になったといえ、そのような体になれるはずがない!」


 己の属性で外殻を守るのはわかる、先の氷竜もそうしておったから、見た目は氷にすぎなかった。

 それでも、その中には生身の竜の肉体があるはず、そうでなければ、もはや竜という生き物ですらない。


「ざまあみろ雑魚。これが、てめえら竜の頂点である、竜神様の力だ」


 逃げられる。

 水へと変化したウルラガは、もはや木々の干渉では足止めにもならぬ。

 そんなウルラガの逃亡を止めたのは、わずか先すら見えぬ濃霧じゃった。


「ちぃっ!! なんなんだよ、この霧は! うぜえな!!」


「姉さま! ウルラガが逃げる前に、こいつの力を奪いきってください!」


 樹海の中で迷うウルラガ。それでも、あくまでも時間稼ぎにしかならぬ。

 こやつの力があとどれほど残っているかはわからんが、ウルラガという存在のすべての力を森たちに命じて奪うことに集中する。

 間に合うか、間に合え。

 でなければ、もはや勝ち目などないし、逃げられた先で回復されたら、今度こそルダルは終わる。


「こんな霧で、俺を止めたつもりか!!」


 嵐竜。その暴風をもって、ビューラの霧は吹き飛ばされ、樹海の中は再び視界が空けた。

 触手のような枝が、ウルラガを捕らえようとするも、すぐに液体の体へと変化する。やつが……今度こそ逃亡してしまう。


「覚えておけよ雑魚ども、次に戦うときは一匹残らず殺してやるからな」


「次と言わず……に、今決着をつけては……どうだ?」


 空中へと逃亡を成功させたはずのウルラガが墜落する。

 その翼は凍りつき、その機能を果たすことはできなくなっていた。


「アルドル……」


「もう動けん。あとはなんとかしろ、女王」


 元女王じゃ。だが、貴様にそこまでお膳立てをしてもらった以上、ここで仕留め切る。

 森に吸収させたやつの力。それを利用して樹海にさらなる木々を生み出す。

 木々が増えることで、ウルラガの力が吸われる量はさらに増え、その肉体はついに萎れ始めた。


「こんな……雑魚どもに……」


「神よ。貴様は強かった」


 ウルラガは、体中の養分を吸われ枯れ木のようになっても、まだ妾のことを睨んでおった。

 すまんな。こんな決着のつけかたで……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る