第161話 虹色に光るゲーミング古竜

 妾が故郷で見たもの。

 それは、倒れ伏した民たち。傷つき気絶したかつての部下たち。凍結させられたかつて世話したオス。無力さを嘆く妹。

 そして……それらを引き起こした下郎!


「姉さま……」


「すまぬ。来るのが遅かった。全員巻き込まれぬように離れておれ」


 なんのための翼じゃ。肝心なときに間に合わぬようでは意味がない。

 妾は炎のブレスでアルドルを覆っていた氷を溶かす。

 意識はないが、これ以上危険な状態に陥ることもあるまい。

 まったく……妾よりよほど王にふさわしい姿ではないか。


「貴様がイーシュが言っておった男神、ウルラガか」


「なんだ、あのクソガキの使いか」


「いや、貴様に蹂躙された竜王国の者じゃ」


 一度は国を放棄した無責任な女王じゃが、今は勝手ながらそう名乗らせてもらおう。

 これより貴様の相手をするのは、禁域の森に住む一頭の古竜ではない。

 貴様が蹂躙した国の出身で、貴様が蹂躙した者たちの同胞じゃ。


「おお、それなりにやるじゃねえか」


 接近し爪を振るうが、岩のように硬質化した皮膚には傷一つ負わせられない。

 凍結させられたアルドルを見るに、氷竜かと思っていたが違う?


「まあ、俺も小手調べにすぎねえけどな」


 なんじゃこいつは。

 先ほど見た氷に岩だけでなく、今度は炎に雷のブレスまで吐いてきた。


「上出来だ。それだけ頑丈なら、俺のものにした後もそれなりに楽しめそうだな」


 傲慢なる強者。自らの力に絶対の自信を持っておる姿は、嫌いではない。

 じゃが、それ以外の全てが嫌いじゃ。


「貴様のものになどなるつもりはない。妾も、この国の者どもも、誰一人としてな」


「お前ら雑魚には、それを選ぶ権利なんてねえんだよ!」


 光、水、珍しい……金属までか。本当に、どれほどの力を持っておるのじゃ。

 たしかに、竜の神を名乗るだけのことはあるようじゃな。

 まだ遊ぶ気というか、こちらを弄る気のようじゃな。回避できる程度の攻撃がこちらを襲う。


「おら、もっとあがいてみせろ!」


 これでイーシュにより力を抑えられているというのじゃから、あまりにも強大な敵といえる。

 神狼様とはどちらが上か……神狼様のほうが強そうじゃな。

 ならば、問題ない。戦いとは呼べぬが、妾は一度あの恐ろしい森の王に襲われておる。貴様程度それに比べたらどうということはない。


「食らうがいい」


 口内に水流が発生する。勢いはそのままに吐き出したそれは、一本の巨大な水の柱となり、狼藉者めがけて襲いかかる。


「水のブレスってことは、水竜か。まあ、どんな竜だろうと神様の前には意味ねえけどな」


 ウルラガは鼻で笑いながら、こちらの水のブレスを氷のブレスで迎え撃つ。

 わかっておる。貴様が様々な属性を巧みに使い分ける相手だということは、先ほどまでの攻撃で理解した。

 ならば、このまま出力をあげるまで。


「がっ……」


 凍らせて動きを止めたはずの水流が、再び動き出すと、ウルラガの口内には氷の塊が押し込まれた。

 それが相手の怒りに触れたのじゃろう。

 馬鹿にしてこちらを見下していた目つきではなく、忌々しいと言わんばかりに睨みつけられる。

 雑魚と思い手を抜いておったら、思わぬ反撃を受けたのが気に食わんか。


 ウルラガの見た目が変わった。

 先ほどまでは鈍く光る金属のような体だったが、まるで氷の彫像のような竜の姿へ変化する。

 それと同時に、こちらが抗っていた水のブレスは、再びウルラガの氷のブレスで凍結させられた。


「はぁ……手こずらせやがって、てめえは念入りに調教してやるから覚悟しておけ」


 ウルラガは相手の苦手な属性へと変化して、優位な状況で敵を蹂躙するのを好むらしい。

 だから、水のブレスを使った妾に対して、水ごと凍結させる氷竜の姿で対峙したのじゃろう。

 ならば、この攻撃はさぞかし、貴様にはよく効くのではないか?


「溶けろ痴れ者」


 先ほどのブレスのぶつかり合いでは、ウルラガもそれなりに本気にはなっていた。

 その決着がついたから油断していたらしく、やつの氷の体は、妾の炎のブレスを無防備に受けることとなる。


「て、めえ!! 水竜じゃねえのかよ!」


「アルドルのことをもう忘れたのか貴様は。誰が水のブレスしか扱えんと言った」


 複数の属性を扱えるのは貴様の専売特許ではない。

 それは、貴様と戦ったアルドルもそうだったじゃろうが。


「ぶっ殺す!!」


 しかし……まずいかもしれんな。

 できれば、油断しきっているうちに仕留めたかった。


「なんじゃ、こんな良いメスがいらんのか? 見る目のないオスじゃな」


「俺の力にひれ伏さない女なんて、いらねえんだよ!」


 よほど頭に血が昇ったのか、ウルラガは炎を使った妾を前に、優位であるはずの水竜になるでもなく、氷竜のまま力任せに冷気による攻撃をしかけてきた。


「それなら、貴様のものになるメスなど、この国にはおらんな!」


 炎のブレスで氷竜を迎え撃つ。

 一撃で仕留めるまではいかなかったが、先ほどの攻撃はたしかに通用していた。

 相手が冷静さを欠いた今、可能な限り溶かしてくれよう。


「んなもん効くか!!」


 咆哮と共に吐き出された氷のブレス。

 妾の炎のブレスはそれを溶かすことはなく、それどころか炎を凍らせるなどという離れ業を見せられる。


「ちぃっ……」


 危なかった。

 いち早く離脱しなければ、あのまま妾ごと凍りついていたじゃろう。


「やはり、先ほどまでは手を抜いておったか」


「当然だ。本気でやったら、てめえら雑魚なんて簡単に死んじまう。それじゃあ、つまらねえだろうが」


 つくづく、くだらないオスじゃ。

 以前、ルチアに手出しをしようとしたエルフのオス。あいつと同等かそれ以下か。どちらにせよ、ろくなものではない。

 しかし……圧倒的な力を有しているのだから、たちが悪いのう……


「てめえはそれなりに強い。だから、さっきみたいなくだらない真似しても無駄な程度には、本気でやってやる」


 この期に及んで、まだ妾を弄る気か……

 性格の悪いやつめ、貴様もてんじゃろう。


「おら、どうした! てめえの得意な炎と水で抵抗してみろ!」


 あえて、氷と炎でこちらを攻撃してくる。

 妾が炎を使おうとも凍結させ、水を使おうとも蒸発させる自信があるのじゃろう。


 周囲を見る。

 妾の国を。いや、もはや妾の国ではない。

 妾の故郷ではあるが、この国はビューラや、アルドルや、ここに住まう竜たちのもの。

 妾の言いつけを守り、遠巻きに心配そうに妾を見るビューラと目が合う。


「ビューラ……」


「姉さま……やはり、私も加勢します!」


「いらぬ。だが、すまんビューラ。それにお前たちも。この国は崩壊することになる……」


 ビューラも周囲の竜たちも、妾の発言を聞き、諦めたようにうなずいた。

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