第160話 情熱さえも凍りつく極寒

「ああっ!? なんだよ、いいところだったのに」


 古竜の動きが止まった。

 それを見た瞬間に俺は炎を纏い突撃する。

 見るからに弱体化している様子を疑問に思う暇すらない。

 なんでもいい。このチャンスにこいつをここで仕留めなくては。


「ちっ、あのクソガキの仕業か。うぜえ」


 弱体化したはずだ。したはずなのだが……

 まあ、そうだろうな。今までは人の姿で戦っていたのに、竜である俺たちが太刀打ちできなかったんだ。

 竜の姿に戻ったこいつの強さは、先ほど以上ということになる。


 俺と同様の質量を持った巨大な竜は、俺の突進をやすやすと受け止めていた。

 炎が、消えている? 

 それに、こいつの周囲に張られた薄い膜のようなものは水か。


「水竜か……」


「あ? バーカ。そんなものと一緒にすんな。俺は竜神様だよ」


 神……? しかも、竜の神だと?

 ふざけるな。こんなやつが、俺たちの神であっていいはずがない。


「まるで、少し前の自分を見せられているようで嫌になるな」


「あぁ? てめえみてえな雑魚と一緒にすんな」


「ああ、そのとおりだ。俺も、貴様みたいな下衆とは一緒にされたくはない」


 竜族の力を証明し、他種族に媚びることなく支配する。

 とにかく舐められないことだけを考えていた、かつての自分。

 それ自体が間違いだとは思っていない。だが、それだけでも駄目だということはよくわかった。


「力を振るい、他者を蹂躙するだけの貴様は神にも王にもふさわしくない」


「馬鹿かてめえは。支配者なんてものは、力さえあれば十分なんだよ。ちょうどいい、邪魔な男であるてめえは殺す。それから、この国を俺のものにしてやるよ」


 とことん話があわないやつだ。

 昔の俺よりも、この世界のどのオスよりも、はるかに上回るその傲慢。


「お前なんかに、この国のメスは一頭たりともやらん!」


 会話中にも冷気を体内で練り続けていた。

 加減はせん。少しは頭を冷やすがいい。

 冷気を一気に口から放出する。自身が扱える最大限の極寒のブレスにより、周囲の空間ごと凍結させる。

 制御ができず、下手すれば自身さえも凍りつくが、それもかまわん。

 こいつごと凍れば、あとはビューラがどうにでもするだろう。


「うぜえな。野郎の臭え口臭なんて浴びせんじゃねえ!!」


 硬質な尾による重い一撃が顔面を強打する。

 くそっ、牙が折れたか……いや、それはどうでもいい。そんなことよりも、俺の全力でさえまるで通用しないのか。

 やつの尾は炎をまとっていた。たかだかその程度のわずかな炎で俺の冷気を上回るのか。

 いや、そもそもやつも二つの属性を? 水と炎の竜なのか?


「アルドル様! 貴様! アルドル様になにをしているんだ!!」


「やめろ、ギア!」


 お前が叶う相手じゃない。というよりも、お前との相性が最悪の相手だ。


「おっ、悪くない女だな。人間の姿になったときが楽しみだ」


「な、なんで……魔力がない!?」


「魔力ぅ? んなちんけな力もういらねえんだよ、俺たちは。神力っていうんだ、覚えとけ雑魚ども」


 相手の魔力に干渉するギアは、いくら目を凝らしても魔力を感知しようと、それを探し出せずにいた。

 当然だ。そもそもそれがない相手なのだから……


「俺はてめえらの神様だ。よ~く覚えておけ女ども、ウルラガ。それが、てめえらを支配して食い散らかしてやる男神様の名前だ」


「ギア! 危ない!」


 ウルラガとやらの尾が再び高速で振り回された。

 俺のときと同じく、ただの尾ではなく属性を纏っている。

 今度は雷をまとったその尾がギアに直撃する前に、ラピスが割り込んだ。


「お~、元気があっていいねえ。お前もなかなかよさそうだ。ちょっと人間になってみろよ。いい女だったら、囲ってやるぞ」


「だ……れが……」


「弱っ、あれだけで意識がなくなるとか、まじかよ。竜も堕ちたもんだなあ!」


 帯電しているラピスは、倒れたまま動かない。

 くそっ、これ以上好き勝手されてたまるか。


「そこまでです! 竜王国ルダルの女王として、あなたの狼藉は赦せません!」


 霧が周囲を覆っている。そうか、ビューラのやつ準備をしていたのか。

 ウルラガはビューラのほうを向くと、自身の違和感に気がついたようだ。


「なんだぁ? あのクソガキの力が強まったのか? いや、てめえの仕業か」


「ビューラ! そのままこいつを抑えておけ!」


 炎と氷を纏う。同時に使えるのはかっこいいなどと、アキトのやつと盛り上がったこともあったな。

 炎だけで効かないのなら、氷だけで効かないのなら、同時に使うまでだ!

 やはり、今の俺では制御しきれずに、身体が火傷と凍傷に苛まれる。知るか、そんなもの後でどうにでもなる。


「ああ、はいはい。しつこいんだよてめえは」


 そんな俺の攻撃も、片手間で掻き消された。

 氷を纏った腕は、炎に溶かされる。炎を纏った尾は、水圧で切断される。

 ビューラの霧さえも、暴風で吹き飛ばされた。

 残る雷をついでとばかりに、ギアへと飛ばされ、ギアは墜落して動かなくなった。


 ……俺の国が、神に蹂躙される。

 二種の属性を操るだけで悲鳴をあげる体は、すでに動かない。

 それに対して、相手があっさりと四種の属性を操り、当然ながら体への負荷さえ見せていない。

 これが、王の資格さえないオスと、神の力を持つオスの力の差か……


「ふっ……」


「あぁ? なに笑ってんだよ雑魚」


「いや、四種の属性が神の力というのであれば、アキトのやつも神の資格がありそうだと思ってな」


 俺がだめでも、あいつらならなんとかしてくれるだろう。


「ああ……ダートルとカーマルのやつが、仲間にするとか言ってたな。まあ、便利そうなら俺は文句はねえよ。雑魚のアナンタよりはましだろうしな」


 驚いた……

 傲慢を絵に描いたようなオスだというのに、アキトのことはある程度認めているのか。

 やはり、俺の友はすごいやつだ。


「ならば……少しは俺も意地をみせないとな……」


「なに言ってんだ雑魚。そこで死んどけ」


 意趣返しのつもりなのか、ウルラガの口内に冷気が収束するのがわかる。

 今の俺が浴びれば、凍結して動くことはできなくなるだろう。

 いや……死ぬかもしれんな。


 ならば、死ぬ前にやれるだけのことはやっておくとしよう。

 口内に熱気を収束させる。

 ウルラガは俺を睨みつけるが、俺程度の熱のブレスでは、ウルラガの冷気のブレスに太刀打ちできないと考えているのだろう。


「死ね。糞雑魚」


 相手の攻撃の準備が完了した。だが、それはこちらも同じだ。

 極限まで収束した熱源は、細い線となりウルラガの翼を貫く。


「いてっ! なにすんだ! この……糞雑魚がぁっ!!」


 どうだ、神よ。一矢報いてやったぞ。

 アキトよ。お前が前に話していたレーザーというのは、神にも匹敵する力だったぞ。

 周囲の空気ごと凝結する。薄れゆく意識の中、俺の顔はきっと笑みを浮かべていた。

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