第157話 トラ耳さんちの殴り込み
「なんだったんだ、あいつ……」
俺に対しては友好的かと思いきや、他の種族を見下して攻撃して、最後は俺さえももう不要と攻撃する。
余裕綽々かと思いきや、気に入らなければ見た目相応のような怒りを見せ、消える直前には冷静に敗因を分析さえしていた。
とにかく、ころころと変わるというのが彼への印象だ。姿だけでなく、まるで性格や、価値観までもが、流転していったようだった。
「神って言ってたな……しかも男の神ときた。私たちの国を潰せば武器がなくなるとか言ってやがったな」
「カーマルは、まずは戦う力を奪うと言ってこの国を狙っていました。神獣どころかカーマル自身にも効いていたし、先生たちが作る武器が脅威だったんじゃないでしょうか?」
「なるほど、神というからには見る目はあるみたいだな。うちの国の武器も防具もすべてが、世界一だ」
ドワーフの女王様が、まんざらでもなさそうな顔で笑う。
なんというか、豪快な人だ。男神に襲われたことなど、もう過去のこととして割り切っているのかもしれない。
「あ、あの……精霊様たちは大丈夫なんでしょうか?」
槍をもった軽装の女性が、ヒナタたちを心配してくれる。
当のヒナタたちは、起き上がる気力こそないものの、ぐて~んと寝っ転がっているだけで、別に怪我とかはないようだ。
ヒナタ斬られてなかったっけ? もしかして、精霊たちって不死身なのかな。不死身なのかもしれない、ヒナタなら火があれば、なんか復活しそうだしな。
「えっと……平気みたい。ありがとう心配してくれて」
女性は顔を赤らめて後ろへと下がっていった。
「先生! 禁域の森に、一番早く帰ることができる手段を教えてください!」
「やばい神は倒したけど、まだ終わってねえのか?」
俺の焦りを理解してくれたのか、先生に問いかけられる。
「カーマルよりやばいのがソラと戦っています! それに、他の国も男神たちに襲われているはずです!」
「ラピスのやつがいれば……いや、その分だとルダルも男神に襲われていて、それどころじゃねえか」
きっと、シルビアも男神相手に国を守っているはず。
そんな状況でラピスをこちらに呼ぶわけにはいかない。
「なんか、転移魔法みたいなのは……」
思い出すのは、エリーが俺をさらったときの方法だ。
俺は気を失っていたのでわからないが、エリーは転移魔法を準備しておいて、ソラの動きを止めたわずかな時間で森の外まで移動したらしい。同じような方法で、ここから森へ行けないだろうか。
「うちでは無理だな……悪い、魔法は門外漢なんだ」
「で、でしたらうちの国がなんとかします!」
俺たちの会話に割って入ったのは、長い耳と美しい容姿が特徴的な種族――エルフだった。
「君はジルドのところにいた……」
見覚えがある。魔力がなくなって倒れていたエルフの女性の一人だ。
そうか、エルフ。彼女たちなら魔法が得意だし、なんとかしてくれるのかもしれない。
「なんでうちにいるんだ? お前ら」
「同盟国の危機なのでかけつけました! 間に合わなかったことはすみません!」
ああ、そうか。ドワーフの国とエルフの国は、友好関係を結ぶようになっていた。
いや、今はそんなことよりも、エルフたちに任せることにしよう。
「それじゃあ、悪いけど森までの転移をお願い!」
「アキト様の頼みとあらば、なんだってします! すぐに転移魔法を準備しますので、一時間ほどお待ちください!」
一時間。俺が行ったところで何が変わるでもない。なんなら、足手まといになる可能性も大いにある。
最悪の場合、俺がダートルの仲間になるふりさえすれば……
うん。色々考えたが、やっぱりここで待つだけというのは嫌だという俺の我儘だ。どちらにせよ、俺の居場所はソラの近く以外はありえない。
「うちのもんや、腕の立つ客どももついていくか?」
「すみません……人数が増えるほど魔法は大掛かりになるので、準備に時間がかかってしまいます」
ドワーフの女王様のありがたい提案だったが、そううまくはいかないようだ。
「じゃあ、やっぱり俺だけ送ってくれ」
もしかしたら、女王様や先生みたいに戦力になる人を送った方がいいのかもしれない。
だけど、俺さえ向こうに行ってしまえば、フウカやミズキ、回復したヒナタやチサトも、あちらに呼べるだろうという考えもあり、俺を送ってもらうことにする。
「その後に、アリシアやシルビア、ルピナスも転移させてくれたら助かる」
もちろん、彼女たちが救援にかけつけた国での問題が解決したらだけど。
彼女たちも大丈夫だろうか。心配になり、彼女たちの元に今すぐにでも向かいたくなる。
落ち着け……彼女たちを信じろ。
ダートル以外、無敵の存在じゃないことは、カーマルの件でよくわかった。きっと、彼女たちであればなんとかなると信じよう。
◇
「トラ耳さん! 戦いが嫌いなケモ耳さんたちは、ルピナスのおうちで守りました! ルピナスはおうちを補強してくるです!」
「感謝するぞ、妖精! そして、ようやくお前と戦えるようだな人間!」
すでに、何人もの戦士があの人間に敗北している。
倒れた者へのとどめを刺すつもりは、どうやらないらしい。
とことん戦いたい。ただ強い者との戦いのみを望む。そんな存在に親近感さえ覚える。
これはあれだ。禁域の森で会ったオーガのことを思い出すな。
「御託はいらん。さっさとかかってこい獣人」
「ああ、そうだったな。すまなかった」
私の邪魔をしないためか、人間の男を囲んでいたうちの戦士たちは、私と男から少し距離をとるようにした。
私は、そんな戦士たちの気遣いに応えるべく、男へと殴りかかる。
素手だ。武器はない。だがそれは向こうも同じようで、互いに自らの肉体こそが最高の武器であるというように、ガキのような殴り合いをする。
「ほう、少しはやるな。やはり、獣人どもを狙ったのは正解だったようだ」
互いの拳が空を切る。
一発たりとも、直撃も、防御すらもしていないというのに、男からの評価は随分と高いようだ。
それも当然か、わずかでもかすった瞬間に、薄皮一枚で皮膚が切れていく。
それだけでも、私たちの拳の威力は大体想像できるというもの。
「なんだ。やっぱり喧嘩がしたかったってことか。だったら気がすむまで相手をしてやる」
速度が上がる。
かすっただけでも血が噴き出る拳というのが悪かったみたいだな。
それだと、私を強くするのを手伝うだけだぞ、お前。
「本気を出した? いや、急激に成長を続けているのか」
すでに、私はお前よりも強くなった。
もはや拳がかすることさえなく、新たな血を流すこともない。
それにしても、いち早く私の体質に気づくとは、大したやつだな。
「そういうことだ。お前が今以上に強くなれないなら、私の勝ちだな」
結局いつもと変わらなかったな。
弱いやつと戦うのは趣味ではない。
強いやつと戦って負けるのは、わりと好きだ。あの神獣様とか、本当に楽しませてもらえた。
そして、同じくらいの強さのやつでは、すぐに私の方が強くなってしまう。
やっぱり、私が満足できる戦いは、自分より圧倒的な格上との戦いだけなのかもしれないな。
だからこそ、神獣様との戦いは未練が残る。あの方は、もう一度私と戦ってくれないだろうしな……
いかん、すぎたことを考えても仕方がない。
とりあえず、目の前の敵との戦いを終わらせるか。
「名前を聞いていなかったな」
「アナンタ。無限を司る神だ」
なんだ? まだぶん殴ってないが、頭がいかれてしまったか?
自ら神を名乗る男に向けて、私は拳を振りぬいた。
アナンタは、その拳の直撃を受けると、陥没した顔面を見せながら、ゆっくりと倒れていった。
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