第156話 神様見習いの胎動

「アキト……私ガ、守ル!」


 守っていたはずのチサトが、逆に俺を守ろうと地面を隆起させる。

 大地そのものを操っているのではと思うほど、圧倒的な質量を以て、チサトはカーマルの攻撃を防ごうとする。

 たしかに、剣は止めることができた。


「土ガ……崩レテイク!?」


 しかし、剣を止めていたはずの土の塊は、風化して徐々に消えていく。

 っと、なにをぼうっとしているんだ! 少しでもチサトの負担を軽減しないと!


 大剣とはいえ、さすがにこれだけの質量の土の壁を粉砕するにはいたらない。

 俺に襲いかかったときの勢いは、もはや感じ取れないほどに減衰していた。

 それでも、動きが止まったわけじゃないし、触れるだけでもこの大量の土が塵になっているのがやばい。


 武器自体の破壊力もだけど、それに付随されている効果も大概だ。

 ……剣だし、握りの部分を持てば案外つかめたりしないか?


「さっきの女がどうなったかもう忘れたの? それじゃあ、景気よく爆発して壊れなよ」


「おい! やめろ! 爆発するぞ!」


 カーマルに煽られ、先生が俺を止めようと叫ぶ。

 でも、このまま何もしないよりは、賭けてみよう。あの人の剣が爆発したのは、魔剣の暴走によるもの、だとしたら、俺なら大丈夫なはずだ!


「……っ、よしっ! いける!」


 よかった。大剣の見た目が元に戻っている。

 さっきまで触れているだけで、チサトが操る土を消滅させていたけど、今はそんな効果もなくなっているようだ。


「……はあ? なんだよそれ。ただの魔武器じゃなくて、僕の力も込めたんだぞ。そんなにあっさりと解除できるなんておかしいだろ」


「魔剣を戻すのはわりと得意なんだよ、俺は」


 不機嫌そうなカーマルの声に、そう答える。

 でも、本当に今までと何も変わらない。なんなら、体内を流れる気持ち悪い感じすらなかったから、今までの魔剣の中で一番楽に解除できたとさえいえる。


「……っ! まさか、信仰か!」


 機嫌が悪そうにこちらを見ていたカーマルだったが、なにか思い当たるふしがあったらしく、一人でそう納得していた。

 信仰? イーシュ様の力で、なんか補助してくれているとかか?

 男神たちを抑えてくれているという話だったし、そのおかげでカーマルの魔武器も弱体化しているのか?


「フウカ、ミズキ! 武器を集めてくれ!」


 ヒナタは、最初の攻撃で倒れたまま動けない。チサトは、さっきの大量の土の壁で消耗してしまっている。

 まだ動ける二人の精霊にお願いして、俺たちはカーマルの魔武器を片っ端から奪うことにした。

 いや、元々あっちが先生たちの武器を奪ったんだ。だから、これは返してもらっているだけだ。


「先生、これ!」


 その間に、先生たちに先ほど元に戻した武器を投げつける。

 うまく受け取ってくれてよかった。下手したら先生たちが怪我していたかもしれないな。

 ……あれ、そういえばあんな大剣なのに、普通に投げてしまったぞ。

 もしかして、ダートルたちがサービスと言っていた身体能力の向上って、まだ有効だったりするのか。


「アキト! 集メテキタヨ!」


「ヨクワカリマセンガ、アキト以外ハ触レナイヨウニスレバイイノデショウ? 私ノ水ハ、ソウイウノ得意デスワヨ!」


 カーマルの魔武器は基本的には、なんらかの属性を纏っているものが多い。触れただけで各属性に襲われるし、俺以外だったらすぐに爆発してしまう。

 だから、ヒナタの炎やチサトの土でさえ、少なくないダメージを負ってしまっていた。

 それを見ていたからか、フウカもミズキも、武器そのものには触れないように、武器を水や風で囲い込んで運んでくれたみたいだ。


「ありがとう二人とも! 先生! これ全部直すから、出来上がった武器は回収してください!」


「お、おう! 無茶すんなよ!」


 さっき魔剣を元に戻したのを見ていたからか、先生は今度は俺を止めることはしなかった。

 俺を心配しながらも、先ほど直した大剣をドワーフの女王様に渡しているみたいだ。


「女王! 私の弟子だけに任せてられねえぞ!」


「当然だ! ここは私たちの国だからな! 神だかなんだか知らんが、てめえは出入り禁止だ!」


 よく見るとあの女王様すごいな。先生と同じく小さい女の子にしか見えないけど、腕の筋肉はさっきの剣士の女性よりも鍛えられているように見える。

 その鍛え上げられた腕力によって、身体能力が強化されたはずの俺でもわりと重かった大剣が、片手で軽々と振るわれていた。


「ちっ! 調子に乗るなよ、下級種族どもが!!」


 カーマルの口調が荒くなる。

 ずっと余裕を感じさせる軽い口調だったけど、今のあいつからは余裕なんて感じられない。

 攻めるなら、今しかない!


「直れ! 直れ! 直れ、直れ、直れ!」


 本当に楽に直せるな。

 体内を通る魔力の不快感がないだけで、こんなにも簡単な作業になるとは思わなかった。

 もはや流れ作業だ。フウカとミズキが武器を置く。俺はそれに触れて魔力を外へと流す。直した武器は片っ端から先生やドワーフたちが回収して、その武器を渡された人たちが戦線へと復帰する。


「うざいんだよ! 僕の力を忘れたのか! そんな武器、また一瞬で魔武器に変えてやるよ!」


 やばい!

 そりゃあそうだ。カーマルは一瞬で、この場にあったすべての武器を魔武器へと変えたんだった。

 武器が戻ってしまったのなら、また使えなくすればいいだけだ。


「っ! てめえら、全員武器を捨てろ!」


 女王様が指示を飛ばす。

 その言葉のとおりに、即座に武器を捨てようとする女性たちだったが、その直前に捨てるのをやめてしまった。

 なにをしているんだ。早くしないと爆発するぞ……いや、それにしてはおかしい。


「女王! 私の武器、魔剣になってないぞ!」


「私のもです!」


 そうだよな……魔武器になったら、見た目が趣味が悪いものへと変わる。

 そのはずなのに、カーマルが行動したあとも、武器の見た目はまったく変わっていない。


「くそっ! やっぱり、信仰の力を集めていたってことか! だから言ったんだよ! こいつは絶対に仲間にしたほうがいいってさ!」


 悔しそうに俺を睨むカーマル。

 えっ、信仰の力ってイーシュ様じゃなくて、俺のことを言っていたのか?


「なに言ってるのかわかんねえけど、こいつは私の弟子だ! お前なんかにはやらねえよ!」


「……ここまでか。なんだよ、ダートルの言うこと聞いて、少しは神格取り戻したのにさあ……」


 先生が、やはり自身よりも巨大な大鎚を振り下ろしながら、カーマルの脳天を強打する。

 カーマルは、その衝撃のままに地面へと顔面を打ちつけると、そのまま叩き潰された。

 ドワーフも、人間も、獣人も、決して油断はしていないらしく、地面に倒れたカーマルに次々と武器による攻撃が殺到する。

 ……すごいことになっている。さすがに、神といえどあれほど攻撃が集中すると、無事ではいられないよな。

 というか、身体が残っているのかが心配になるほどの苛烈な攻撃だ。


 打撃や斬撃や刺突の音がけたたましく鳴り響く。

 これは……さすがに、生きていないんじゃないだろうか……と思っていたのだが、どうやら、まだ生きているっぽい?

 さすがは男神、頑丈なようだ。


「あ~あ……暴れる前にアキトを仲間にするのが勝利条件だったのか……間違えたみたいだね」


 しかし、さすがに神といえど、あの攻撃の数々には耐えられなかったようで、カーマルからは、もはや戦意や敵意は消えてしまっていた。


「仲間にするっていうのなら、この世界をめちゃくちゃにしようとするなよ……」


 そうすれば、俺だって一考したさ。


「あのチビ神のせいで弱体化させられるし、下等種族どもの攻撃は痛いし、なによりも、計算外すぎた。なんだよ、どれだけ信仰されているのさ……」


 そう言い残すとカーマルは笑いながら消えていった。

 これで本当に倒せたんだろうか? そう思えるほどに、神はあっけなくいさぎよく消えてしまったのだった。

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