第155話 マリオネットは糸を切る

「へえ、せっかく性能も上げてやったのに、捨てちゃうんだ? それじゃあ、僕が使ってあげるよ」


 先生たちが捨てた武器の一つが宙に浮かぶ。

 カーマルが指示するかのように指を動かすと、武器はその動きに応えたかのように飛翔した。


「あぶない!」


 鎧を着たベテランっぽい剣士の女性が、飛んできた剣を盾で弾く。

 金属同士がぶつかり合い、かん高い音が城内に響き渡った。


「くそっ……なんなんだその威力」


 剣士の女性はたった一度のぶつかり合いでよろめいた。

 当然だが、カーマルは平然とした様子で、指揮するように指を動かし、剣は空中をぐるぐると回り続けている。

 見るからに堅牢な戦士を追い詰めるほどの恐ろしい威力の武器を、指先一つで操れるなんて……


 子供の姿だとか、そんなことは関係ない。

 カーマルは間違いなく、この場にいる誰よりも強い。


「ああそっか、防具は変化させてなかったね。でも、それも面白そうだ。お前らは僕を倒す武器もなく、じわじわと追いつめられていくことしかできない」


 攻撃手段がない。だけど、向こうの攻撃は確実にこちらを消耗させる。

 こいつは、それを楽しんでいるのだから、たちが悪い。


「武器がなくたって、ぶん殴れはするんだろ!」


 獣人の女性が飛び交う剣や槍を交わしながら、カーマルへと跳躍した。

 手には何も持っていないが、力を込められたその腕自体が凶器そのものとなっている。

 あれで殴られたら、少なくとも俺はひとたまりもないだろう。


「へえ、脳筋の考えだけど、案外悪くはないかもね。それじゃあ、ご褒美あげるよ」


 槍が獣人の頭上から降ってくる。


「この程度!」


 頭から股下までを貫こうとしていたその槍を、獣人の女性は腕で払って軌道を変えた。

 カーマルまであとわずか。獣人は一気に接近すべく足に力を込める。


「くそっ! なにをした!」


 だけど、そのあとわずかが届かない。

 獣人の女性は、見えないなにかに押しつぶされたかのように、その場に縫い付けられた。

 見下ろすカーマルと、見上げる女性。その姿は、まるでカーマルにひれ伏しているかのようだった。


「魔武器って言っただろ脳筋。不用意に触れるからそうなるんだよ」


 今はカーマルどころか武器も女性には触れていない。

 たった一度槍を逸らすために触れただけ。それだけなのに、女性はミシミシと音を立てて地面へと押しつぶされている。


「……重力?」


「おっ、さすがはアキト。わかるんだ? どう? 君が僕たちの仲間になったら、この程度の力は簡単に扱えるようになるよ?」


 体を重そうにしている女性。徐々にひび割れていく石畳の床。

 その様子は、重力が増加しているように見えたのだが、どうやら正解だったようだ。


「魔武器には、色々な効果が付与してある。こんなことも、こんなことだってできるんだよ」


 鎚を叩きつけると同時に雷撃が発生し、ドワーフたちを吹き飛ばした。

 剣を振るうと同時に炎が生じ、人間たちはその熱から逃げまどう。

 弓から放たれた矢の一本一本は凍りついていて、獣人たちはかすっただけで凍結する。


 こんなの反則だ。一人でどれだけの力を所持しているんだ。

 これのどこが、直接戦うのが得意じゃないんだよ。


「オレノドワーフタチヲ、イジメルンジャネエ!」


「ああ、そういえばそんなのもいたっけ」


 ドワーフたちを傷つけられ、ヒナタが激昂した様子でカーマルへと襲いかかる。

 巨大な炎の塊となったヒナタは、周囲の空気を燃やしながら、さらに巨大になっていく。


 フウカが暴走していたときを彷彿させるほどの、大規模な力の奔流。

 俺たちにその熱による被害がないことから、暴走ではないことだけはわかる。

 ヒナタの力は間違いなくこの場の誰よりも強かった。目の前の男神を除いては……


「だからさあ……効かないんだよそんなもの!」


 ヒナタは巨大な炎の塊のまま剣で斬り裂かれた。

 実体がないはずの精霊が、あっさりと傷をつけられる。

 あれも……魔武器としての力ってことか。


「ヒーチャン!!」


「イクラ男性トイエド、許セルコトト許セナイコトガアリマスワ! 少シハアキトヲ見習イナサイ!」


 フウカとチサトがヒナタを守ろうとする。岩の壁のようなもので周囲を覆い、風の障壁が何者も寄せ付けないようにと展開される。

 ミズキは、ヒナタが傷つけられたことに怒り、カーマルの周囲ごと巨大な球状の水で閉じ込めてしまった。


 しかし……水の中でカーマルが指一本動かしただけで、精霊の力による守りも、攻撃も、すべては破られていく。

 自身を閉じ込めていた水の球は、雷を纏った大鎚が叩きつけられると蒸発した。

 ヒナタを守っていた岩と風の壁は、槍に貫かれた瞬間に大爆発を起こして、消えてなくなった。


「まあ、こんなもんだよね。精霊といっても、所詮は神様には勝てないんだよ」


 俺はこの期に及んで、どこか楽観視していたらしい。

 ジルドのときは、あのとんでもない攻撃の数々を簡単に対処していた。

 そんな精霊たちに加えて、ドワーフが、人間が、獣人たちがいるのだから、神が相手でもどうにかなるかと思っていた。


 だけど、ジルドのときとは逆に、こちらのいかなる攻撃も守りも、それこそいとも簡単に対処されてしまう。

 戦闘が苦手な神だと言っていたから、神格というものを完全には取り戻していないらしいから、まだ神以外で対処可能な存在かと思ってしまっていた。


「どうする? もう終わりなら、一思いにまとめて壊してやるけど?」


 動こうとするも、身の危険を感じて足が止まる。

 当然だ。これまで、危険な目にあっても動けたのは、この男神たちが俺をそうなるように変えたせいなんだから。

 女性たちのための理想でありなさい。信仰を集めなさい。男神を復活させなさい。

 それが、俺がこの世界にきた理由であり、存在意義だったのだ。

 だから、男神が復活した以上、俺は以前のような危機感のない行動なんてできない。

 ましてや、その危険な相手というのが、自分の行動を操っていた男神たちというのであれば、なおさらだ。


「――だったら……ここからは、俺は自分の意思で行動しているってことになるのか」


 それでも、震えそうになる足をごまかしながらも前に進む。

 あ~あ……一般人の、ましてや未成年だぞ。なんの力もないくせに、なんでこんなことしているんだろう。

 俺は、ヒナタたちを守るために、カーマルの前に立った。


「……あのさあ。たしかに、君は便利だし、仲間に引き入れようとはしているよ? でも、ダートルはとっくに君を諦めていた。他のやつらも君には興味がない。だから、君が今も生きているのは、結局のところ、僕の気分一つってことはわかってる?」


「だからといって、ヒナタを、精霊たちを、ドワーフの国の人たちを見捨てることは、俺にはできそうにない」


「うざっ……じゃあ、もういいや。壊れちゃえ」


 俺を仲間にするということは、ついに諦めたようだ。

 それは、俺もカーマルの攻撃対象へと変わったということで、目の前に迫る大剣をどうにかする手段もない。

 さすがに、どうにもならなそうだ。

 どこか他人事のようにそう思ってしまうが、平和な生活を送っていたからか、目の前の死はどこまでも非現実的だった。

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