第154話 人の気持ち以上の変幻自在
国は静かだ。というよりも、人の気配を感じない。
目の前の建物は、まるでついさっきまでいたはずの人たちが消え去ったかのように、生活した痕跡だけが残されていた。
「あれ~? ちゃんと襲っておけって言ったのに。どこ行っちゃったんだろうあいつら」
「襲うって、あいつらってなんだよ!」
「僕って変化の神様で、直接戦うのって苦手なんだよね。だから、その辺の動物を適当に集めて神獣に変化させたんだ。そいつらに、この国を襲えって命令しておいたってわけ」
神獣って要はソラと同じってことだろ? 何匹いるのか知らないが、そんな集団に襲われているとなると、先生たちが危ない。
まさか、人の気配がしない原因って……
嫌な予感に頭の中が真っ白になる。
「ああ、なんだ。城に逃げて無駄な抵抗を続けているのか」
ここで俺たちがこいつをなんとかすれば……
ヒナタに頼もうとしたその瞬間。ここにきたときと同じように、カーマルは俺たちごと転移した。
「いたいた。なんだよ、全然減ってないじゃん」
「先生!!」
虎や犬が先生たちを襲っていた。
獣人じゃない、森の中で見たような、なんなら俺の世界にもいそうな純粋な獣だ。
ソラどころか、アリシアたちでさえ涼しい顔で倒すような、何の変哲もない獣たちが、ドワーフだけでなく、様々な種族の者たちを襲っていた。
俺は急いで先生たちの元へと駆け寄る。
獣たちは俺に反応するが、カーマルがそれを止めたようだ。
……本当に、俺にだけは危害を加えないつもりなのか。
「アキト! お前、なんでここに!? いや、危ねえからこっちくんな!」
「もうきたので無理です!」
先生と会話をしているからか、神獣たちの攻撃が止まった。
ありがたいが、それはカーマルがこの神獣たちを完全に統率しているという証拠でもある。
カーマルの気分一つで、神獣たちはいつでも動きだすということだ。
「ああもう、仕方ねえな! お前と一緒にいたあのガキは誰なんだ。なんか、この魔獣たちに命令していたようだが、全部あいつのしわざってことでいいのか?」
「魔獣じゃなくて神獣だよ。それに、ガキとはひどいなあ。この前会ったばかりじゃない」
「ああ!? 誰がてめえみたいなガキと」
カーマルの姿が変わっていく。
身長は伸びていき、服も見た目も、毎日見ている姿へと変わる。
「会っただろ? なあ、先生」
そこにいたのは、紛れもなく俺だった。
「感謝するよ。なあ、先生。お前が、律義にもこの国の連中に頼んでくれたんだろ? あのチビ、女神イーシュにこれ以上信仰の力を与えるなっていう、俺のお願いをさ」
「……ふざけた真似しやがって、覚悟はできてんだろうな?」
「はあ……うざいな。まさか、ドワーフごときが俺に勝てるとでも思ってるわけ?」
「それ以上、私の弟子の姿で喋んじゃねえ」
カーマルは呆れたように、両手をあげると元の姿へと戻った。
「アキト、やっぱりだめだよ。こいつらは、この世界にはいらない。それにまずはこいつらを潰しちゃえば、戦うための武器もなくなるでしょ?」
それが狙いか。
神に太刀打ちできる武器なんて早々ないとは思うけど、ダートルの言葉を信じるなら、あいつ以外の神はまだ強いだけで無敵ってわけじゃない。
カーマルは、暴れるついでに武器の供給元を絶とうとしているのか。
「だったら、俺はやっぱりお前らの仲間になんかなれない」
「ふ~ん……まあ、この国を滅ぼした後にまた話そうか」
カーマルが神獣たちに命令を下す。
先ほどまで動きを止めていたはずの神獣たちは、それをきっかけに一斉に先生たちへと襲いかかった。
「さっきは、よくもやってくれたわね!」
「一人で相手をするな! 複数で確実に削っていけ!」
「かったいわね~! 店主さんたちが、武器を譲ってくれていなかったら、危なかったわ」
ソラと同じ。そんなやつらとどう戦えばと思っていたのだが、意外にも人間や獣人やドワーフたちは、神獣相手に善戦している。
本当にソラと同じなのか? あれで?
強いと思う。俺なんか一瞬で食べられてしまいそうな猛獣ばかりだ。
だけど、神獣といえど、ソラと同じ強さってわけではないのかもしれない。
つくづく、ソラってがんばって強くなっていたんだなあ……
「おらっ! 撃退できたやつらには、うちの店の物ただでやるぞ!」
「ええっ! じゃあ、私はそこの男の人が作った剣が欲しい!」
「それはやらん!」
「いや、別にいくらでも作るよ。それくらい……」
その程度で、みんなが無事でいられるのなら安すぎる。
だから、なんでもいいからこの神獣たちを、男神を撃退してくれ。
「へえ、突貫とはいえ、一応それなりに強い神獣の群れなんだけどね。あれだけぼろぼろになった世界で、多少は技術も進歩していったってわけだ」
神獣が一匹、また一匹と徐々に数を減らしていく。
ドワーフたちの国にいた人たちは、一流の武器職人に認められた武器の使い手たちなのだろう。
そんな実力者たちが、最高の武器を手にしたら、神獣の群れさえとも戦えるんだ。
いや、戦えるどころか、圧倒的にこちらが有利だ。
「神獣といっても、神狼様とは比べ物にならねえな!」
先生が身長よりも大きな剣で、虎を真っ二つにした。
すごい光景だ。虎には悪いけど、先生に怪我がないことにほっとしてしまっている。
「あれはねえ……さすがに、あんな化け物がいるなんて、僕たちだって想定外だよ」
最後の一匹が倒れたというのに、カーマルは焦った様子さえなく、先生の言葉にのんきに反応していた。
戦力となる神獣はもういないというのに、なんであんなに余裕なんだ。
「その武器が強いことは、もうわかった。それは認めるよ。でもさあ、武器さえなくなれば、お前ら程度なんの脅威でもないんだよね」
カーマルが手を横に振るう。
まだ、自分の優位を一切疑っている様子もない。自身が負けるなんて微塵も想っていない態度があまりにも不気味だ。
その答えは、すぐにわかった。
「な、なにこれ!? 私の剣が!」
「剣だけじゃない、槍も弓も、いや、すべての武器が魔剣になっている!」
先生たちが持っていた武器が、次々と黒や赤、紫色へと変化していく。あるいは、錆びたように、朽ちたように、ぼろぼろの刀身へと変わっていく。
「魔剣というか、魔武器ってところかな? お前らの武器、厄介そうだから変化させたよ」
「だったら、そのままあんたに攻撃すればいいんでしょ!」
そう言ってカーマルに斬りかかろうとした獣人の女性は、カーマルに接近する前に倒れた。
直前で、武器からは爆発したような音が聞こえ、彼女の周辺にはその被害の痕跡が残っている。
「魔武器って言っただろ。お前らが使う前に、臨界を突破して爆発するようにしてあげたよ」
「ちっ! 全員武器を捨てろ! 絶対に触るな!」
ドワーフの女王様の声に従い、ドワーフたちも、人間や獣人たちも、全員が武器を手放した。
勝てるかもしれない、そう思っていたが甘かった。相手は神なんだ。
わずか一瞬で、俺たちはカーマルへの対抗手段を失った……
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