第153話 今宵神様に誘われて

「おおっと、危ない」


「ソラ!」


 ダートルにソラの牙が刺さる直前、ソラの攻撃がダートルの手前で止められた。

 なんだあれ。まるで見えない薄い障壁でもあるようだが、アリシアの障壁と違ってそこに何かがあるようには思えない。


「ほらな、ちゃんと神格を取り戻しておいてよかったよ。神獣。森の主。戦争の生き残り。そこの狼は間違いなく、この世界で一番強いだろうからな。本当に、お前が神の力を持っていなくて助かったよ」


「本当だね。ダートルの言ったとおり、その狼そんなに強かったんだ」


「だから言っただろうが、最初に神格を取り戻した方がいいぞって。お前ら全然言うこと聞かないんだもんなあ。どいつもこいつも神格取り戻すより先に暴れまわるとか、油断しすぎじゃないかねえ」


「平気だよ。その狼だけでしょ? 厄介なの。まあ、僕は少しだけは取り戻したし、適当に遊びまわって満足してから、本格的に神格を取り戻すことにするよ」


「……まあ、無理強いはしないけどな。一番厄介なのは、仕方がないから俺が相手をしておくさ。二番目に厄介なチビは俺たちの力を抑えるのに精一杯みたいだしな。俺はここでゆっくりと、この狼が力尽きるのを待てばいいだけってわけだ」


 イーシュ様は、男神たちが復活直後だからか不完全な状態みたいに言っていたけど、それは本当のことのようだ。


「神格って……?」


 思うに、それがないから不完全だとか、ずいぶんと重要視されている能力のような気がする。


「神の絶対性を保証するための力のようなものよ……それがないと、そもそも神への攻撃は通用しない。それが大きいほど、神同士の戦いでも有利になる」


 イーシュ様が、ダートルたちを必死に抑えながらも、こちらの疑問に答えてくれた。

 神様には神の力以外の攻撃は通用しない。だけど、それはあくまでも目の前のダートルだけってことみたいだ。


「おいおい、そんなに俺ばっかり攻撃しようとするなよ。いいのか? 俺はお前を無視して、アキトを攻撃することだってできるんだぜ?」


「みんな、きてくれ!」


 ソラを援護するために、フウカ、チサト、ミズキを呼ぶ。

 みんなは呼びかけに応じてくれて、俺の周囲には三人の精霊が現れた。

 ジルドのときと同じだ。俺には戦う力なんてないけど、この頼りになる友人たちがいれば、ソラの助けになれるかもしれない。


「ああ、そういえば、精霊さえお前を好いているんだったな。やっぱり惜しいな、お前。なあ、本当に俺たちの仲間になる気はないのか?」


「ソラを助けてくれ!」


「任セテ!」


 ダートルの言葉に耳を貸すつもりはない。

 仲間になることで、この世界の人たちが助かるのなら、俺が我慢すればいい。

 でも、俺と一部の人以外を助けるつもりがないというのなら、俺はこいつらの仲間になんかなれない。


 まるでレーザーのような、三色の魔力がダートルに直撃する。

 しかし、ダートルにはまるで効いていない。ソラのときと同じく、やはり触れていないかのように平然としている。


「言ったろ? これでも神様なんだ。いくらそこの狼が強かろうと、そこの精霊どもの魔力がとんでもない量だろうと、神の力を持たないお前らは一生かかっても俺を倒せやしない」


 神の力をもたないと戦う土俵にさえ立てないというのか……

 なら、女神様を頼るしかないじゃないか。


「あ~あ、どうにも嫌われちまったもんだね。しかたない、お前さんに感謝しているのは本当だったから、手荒な真似はしたくなかったんだけどなあ……」


 もったいないけど仕方がない。せいぜいその程度しか感じていない。

 あまりにも気軽に、ダートルが俺に手をかざす。

 まずい。この世界にきてから、何度か危険な状況に陥ったこともあったが、そのときは誰かが俺を守ってくれて大事には至らなかった。

 でも、この男神の攻撃は誰も防げない。

 数秒後に俺は死ぬ。ああ……これが、一条さんが体験した恐怖なのか……


「え~? もったいないよ。それなら、僕が説得するから待ってよダートル」


 そんな俺を救ったのは、ソラでもなく、イーシュ様でもなく、精霊たちでもなく、敵対しているはずの男神だった。


「そりゃあ、俺だって仲間に引き込めるのなら、そうしたいけどな。こいつがいれば、俺たちは簡単に力を取り戻せるし、なんなら前よりも強くなれる。でも、どうやっても仲間にはならないと思うぞ?」


「平気平気。神になったら、こんなに好き放題できるって、見せてあげればいいんだよ。ほら、ついてきて。まずは、そうだなあ……抵抗するための力を奪おうか」


「ちょっと待て! ソラ!!」


 もう一人の男神カーマルが俺の手を掴むと、空間に穴が空きそこに引き込まれる。

 ソラはいち早くそれに気づき、俺に駆け寄ろうとしたのだが、ソラを邪魔するように放たれたダートルの攻撃を避けたことで間に合わなかった。

 あいつ……攻撃が効かないだけじゃなく、ソラが避けなければいけないほどの攻撃までできるのか。もしかして、神の攻撃も神の力がなければ防げない?

 だとしたらまずい……ソラ、無茶しないでくれよ。


    ◇


「どうしたの? なんか元気ないけど」


「ソラは……無事なのか?」


「そんなにあの狼が大事なら、僕たちの仲間になっちゃえばいいのに、仲間の頼みなら狼一匹くらいダートルも生かしてくれると思うよ?」


 でもそれは、狼一匹しか許してくれないってことじゃないのか?


「まいったなあ。僕は君のことを買っているんだ。まさか本当に復活に至るほど、信仰の力を稼げるなんて思っていなかったし、それほどの人材を失うのは惜しいんだよね」


「つまり、俺さえいなければ、この世界は平和だったってことじゃないか……」


「う~ん。どうだろうね? あのチビが言うように、この世界ってわりと限界が近い状態だったよ? だから、君がいなかったら神が力を失い、世界も滅んでおしまいって感じじゃないのかな?」


 イーシュ様のことをチビというが、見た目はどう考えてもカーマルのほうが年下だ。

 神というだけあって、外見と年齢が一致しているわけではないということだろう。


 それにしても、カーマルは随分と俺のことを評価してくれている。

 なんなら、友好的とすらいえる。

 だったら……頼みこめば、この世界を害さずにいてくれないだろうか。


「なあ、俺が神様になって、今までみたいに信仰を溜めるから、この世界に手を出さないでくれないか?」


 もう、これしかない。

 俺一人が元の世界に帰るのを我慢することで、この世界を守れるというのなら安いものだ。

 それとも、これも男神たちがこの世界の女性たちに優しくするように、俺のことを改造したからの言動なのだろうか?

 どっちだっていいさ。俺は、この世界には散々お世話になってきたのだから。


「それは無理。だって、この世界の女どもってことは、あの女神どもの力の元でもあるじゃん。面倒なんだよね? あいつらに復活なんかされたらさ。だから、適当に間引いておかないと」


 ああ……無理だ。

 なまじ友好的だから、会話が成立するから、勘違いしてしまっていた。

 こいつも、神である自分たち以外のことは、なんとも思っていない。

 俺に友好的なのは、俺が仲間候補であり、利用価値があるからにすぎないんだ。


「さあ、到着。僕たちと戦うための武器を作っているところだ」


 当然ながら、俺は森の外をほとんど知らない。

 だから、この国だってきっと初めてくる場所だ。それでも、ここがどこなのかはなんとなくわかる。


 散々真似事をしてきた鍛冶。そのための設備がそこら中にあるらしい、鍛冶屋と武器屋だらけの国。


「アキトジャナイカ! コノ国ハ今大変ナンダ。森ニ帰ッタホウガイイゾ!」


 そして、その国が襲撃されていると聞いて、精霊の中で唯一呼ばなかったヒナタがここにいる。当然だ、ここは彼女のもう一つの居場所なんだから。


「ここは……」


「鍛冶国ドルーレだよ」

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