第152話 少年の目覚めとこたえ
「ダートル!」
突然現れた二人の男。女神様が睨みつけて呼んだ名前は、さっき言っていた男神の名前だ。
つまり、男神が二人も俺たちの目の前にいるということになる。姿を現すまで、まったく気がつくことさえもできなかった。
これが、男神……
「おいおい、無茶すんなよ。俺たちを抑え込むだけで精一杯なんだろ? お前」
「でもさあ、それあとどれくらいもつの?」
男神たちの言うことは、間違いではないのだろう。
イーシュ様は、男神たちの力を少しでも抑えるために、他のことにまで手を回せない状態だ。
「まあ、お前のことはどうでもいい。それよりもアキト。お前、俺たちにつかないか?」
男神がフランクな様子で、まるで握手でも求めるように手を差し出す。
怪しすぎる、なにを企んでいるんだ……
「おいおい、疑ってんのか? 俺たちは、本気でお前さんに感謝しているんだぜ?」
「なんの……話だよ」
「さっきも言ったでしょ。僕たちを復活させてくれてありがとう」
「俺は、お前らのことなんて知らない」
知らないし、会ったこともない。
当然ながら、そんな連中の復活になんて関わったつもりはない。
「まあ、顔を合わせるのは初めてだからな。でも、お前さんは俺たちのもくろみ通り、完璧に役割をこなしてくれた」
「だから、どういうことだよ。さっきから、なんの話をしているんだ」
「なあ、アキト。お前さあ、おかしいと思わないのか? 急にこんな世界に迷い込むことになって」
それは、おかしいに決まっている。
異世界があることも、急にそんな場所に何の前触れもなく迷い込むことも、おかしなことしかない。
「まさか……」
「ああ、そうだ。体を失ったとはいえ、一万年ほどの時間があれば、色々とできることがあってな。ちょうどよさそうな異世界人。お前をこの世界につれてきたのさ」
「あんたたちが、秋人を拉致したのね!」
イーシュ様じゃなかった……?
俺はてっきりイーシュ様が、他の女神の復活のために俺をこの世界に連れてきたのかと思っていた。
「おいおい、拉致とは人聞きが悪いな。ちょこっとお手伝いしてもらっただけさ。だから、ちゃんとサービスしてやっただろ?」
「サービス……?」
「ああ、そうだ。異世界人であるお前にとっちゃ、この世界は危険だからな。いくら能天気なお前といえど、さすがに目の前で命の危機を感じたら、この世界の男みたいに消極的な引きこもりになっちまう」
能天気って……
でも、ツェルールの男たちや、なにより一条さんみたいに、俺がこの世界を怖がる要素は十分すぎるほどにあった。
アルドルやジルドに攻撃されたら、普通はこの世界が恐ろしいとも感じるだろう。
そういえば、俺はそんな目にあっても、何食わぬ顔で変わらない生活を送っていた……
「どうやら、気がついたみたいだな」
「遅すぎるんじゃない? やっぱり、僕たちが改造しなくても、元々能天気だったんだね」
少年が無邪気に笑う。
改造……? なんだそれ。
「まあ、そんなお前さんだからこそ、俺たちは選んだんだけどな。この世界に連れてきて、その際に危機感を極限まで削ぎ落した。多少の身体能力の強化もしてやった」
自分で自分の体にふれてみる。
それでなにがわかるわけでもない。だけど、自分が自分であることを確認するように、反射的にそんな行動をとってしまった。
「なによりも大切なのはこの二つだ。女どもへの敵意を完全に喪失させること、そして、女どもと距離を縮めすぎないこと。いやあ、これの塩梅にはなかなか苦労したぜ」
意味が……わからない。
こいつらは俺になにをさせたかったんだ。なんで、そんなわけのわからないことを。
「こうして出来上がったのが、どんな女にもやさしく、決して嫌わず、かと言って誰ともくっつくことはない。世界中の女どもが憧れる――都合のいい男だ」
「そんなので、本当に信仰が集まるのかと思ったけど、思った以上にうまくやってくれたね」
女性に優しくするのは別にこいつらは関係ない。嫌わないのは別に男女関係なく、俺はそういうのが苦手なんだ。
だけど……誰とも距離を縮めないっていうのは、心当たりが……あるような。
『なんでその状況で夫婦になってないんだ?』
『お前の周囲にいるメスどもは、お前のことを待っているのだと思うぞ』
シャノさんやアルドルの言葉を思い出す。
散々先送りにしてしまった、みんなへの関係について考えると、決まって頭の中がぼんやりとして、最後は答えを出すことを忘れていた。
「心当たり……あったみたいだな?」
にやにやと笑う男神が無性に腹立たしい。
知らず知らずのうちに、俺の気持ちはこいつらに操られていたってわけだ。
「なんで……そんなことをした」
「そりゃ決まってる。俺たちの復活のためさ」
「復活って……だって、イーシュ様は神への信仰は、すべての女神様に流れているって」
だから、俺の行動でこの男神たちに力は渡ることはないはず……
「君さあ……本当にこの世界の女たちが、この女神だけを信仰していると思っていたの?」
反論したかったのだが、言葉に詰まる。
この世界の女性たちは、いつも俺に過剰な感謝というか……俺自身を信仰の対象のようにしていた。
「お前がこの世界の女どもをなびかせる。この世界の女どもは、まるで神のように男を信仰する。神のごとき男、それは本人たちも知らず知らずのうちに、男神への信仰となった。これが予想外にうまくいってな。俺たちの存在が忘れられたっていうのが、存外うまくはまったみたいだ」
「男への信仰は僕たちの力に変わる。つまり、君が信仰されればされるほど、僕たちが復活するための力へと変換されていったのさ」
良い仕組みでしょと少年は笑った。
「まさか、その信仰を女神のほうに分けちゃうとは思わなかったけどね……そのおかげで、男神への力を僕に集中させて、僕だけが先に復活する羽目になっちゃったよ」
「こいつは変身が得意だからな。お前さんのふりをして、各国を訪問させて女神への信仰を止めさせた。ついでに、もっとお前さんを信仰しろとも伝えさせたわけだ。その結果、こうして俺たちは女神に先んじて全員復活することができた」
アリシアたちが会った偽物の俺ってそういうことか。
まてよ……それじゃあ、イーシュ様が復活させようとしていた、他の女神様たちは。
「信仰の力が減っているとは思っていたけど……あんたたちのせいだったのね」
「なんだよ、いまさら気がついたのか。悲願が達成する寸前で気を抜いていたのか?」
「それでも、完全に女神信仰を消すことはできなかった。だから、数年後にでも復活できるんじゃないの? 僕たちが、お前らを信仰する女どもを排除しなければね?」
だいたいわかった。
この世界にきた理由も、今まで何をしてきてしまったのかも、現状も理解できた。
「さて、疑問は解決したろ? それじゃあ、もう一度誘おう。アキト、俺たちの仲間にならないか? お前がいれば俺たちは昔よりも強くなれる。なんなら、お前を神にしてやってもいいし、望むならお前と懇意にしていた女どもはお前にやる」
きっと、それが一番被害が少なくなる。
でも、こいつらを野放しにすることが、こいつらをさらに強くすることが、この世界のためになるとは思えない。
「それ以外のこの世界の住人はどうなる?」
「……適当に間引くわなあ」
「それじゃあ、やっぱり俺はあんたたちとは相いれないみたいだ」
「そうか……なら、帰るか? ほれ、そこのチビと違って、今の俺ならこんなことも簡単にできる」
男神が手をかざすと、いつかイーシュ様が見せてくれた空間の歪み――門が現れる。
それも、あのときのような小さなものではない。
俺どころか、竜の姿のシルビアさえ入ることができるような、巨大な門だ。
門の反対側はたしかに俺の世界につながっているようで、通行人たちが大騒ぎをしているのがわかる。
「俺は、イーシュ様に元の世界に帰してもらうよ。だから、あんたたちは俺たちの敵だ」
「……ちょっと優しくしすぎたか? あのなあ、アキト。お前、本気で俺たちに勝てるとか思ってるわけ?」
「俺は無理だけど、みんなでなんとかする」
なあ、ソラ。
ソラは俺の考えをとっくに理解してくれていたらしく、男神ダートルへと飛びかかった。
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