第151話 神々の再臨

「そういえば、前に私に神託してくださったときに様子が変でしたよね? もしかして、あれって女神様とは別の女神様だったんですか?」


「多分、姉様たちの誰かだと思うわ……秋人を利用してまで、自分たちの復活をさせたくなかったんでしょうね……」


 なんだ、シャノさんのことじゃなかったのか。

 イーシュ様の暴走を止めてくれってことらしいけど……止めろっていうのも変じゃないか?

 他の女神様たちが復活しないと世界が危ないというのなら、そのまま俺を騙し続けるべきだったんじゃないだろうか。


 止めたかった理由が存在する? イーシュ様を止めないとなにか問題が起こるとか?

 それとも、俺が思っている以上に女神様たちの復活には時間がかかるのだろうか。

 さすがに、何十年もこの世界に滞在するとなったら、女神様たちが俺を憐れんでイーシュ様を止めさせるかもしれない。


「あの、他の女神様たちを復活させるには、あとどれくらい力が必要なんですか?」


「あんたのおかげで、色々な種族が女神というものを信仰するようになった。だから、このまま放っておいたとしても数年のうちに復活できるわ」


 数年か……

 そのころには、俺は大学生になるような年齢だ。なんとも絶妙な年数だな。


「だけど、そこまで待つ必要はないわ。今はあんたと狼の分しか力はないけど、残りの子たちを異世界に送る力も必ず取り戻す。だから、それまでの間だけ待ってくれたら今度こそ帰してあげられるし、姉様たちは、このまま信仰され続ければ、数年もあれば必ず復活できる……」


 みんな変わらず女神様を信仰してくれているから、あとは力が溜まるのを待つだけで、俺にできることはもうないのか。

 帰る前に一仕事かと思っていたので、肩透かしを食らってしまった。


「う~ん。それじゃあ、人間さんに変身してた悪人さんは誰だったんです?」


「そう、それも聞きたかったんです! 女神様! 私たちの前にアキト様に変身していた子供が、それも男の人が現れました。ずっと考えていましたけど、巧妙に隠していたあれは神の力だったんじゃないでしょうか? あの人は、女神様の差し金じゃないんですか?」


「神じゃと? つまり、なにか? 女神たちだけでなく、男神も復活させておるということか?」


 神様が足りなくて世界が管理できないから復活させる。それはいいのだけど、敵対していた男神まで復活させているのか?

 それって、また世界中を巻き込んだ争いにならないだろうか?


「なに……それ……もしかして、カーマル? アリシア! その男って青い髪をした、釣り目の生意気そうな子供のこと!?」


「え、ええ、そうですけど。やっぱり、女神様が復活させたってことですか?」


「そんなはずないじゃない! カーマルは終末戦争の原因となった男神のうちの一柱よ!? なんで、なんでそんなやつが復活しているの!?」


 取り乱した様子のイーシュ様。こんなイーシュ様は初めて見る。

 それだけ、アリシアたちが遭遇した少年。いや、男神がやばいやつってことか。


「あ、あの……それに、色々な場所に神様の力を感じたのですが」


「……まさか!」


 イーシュ様が様々な方向を見つめる。つられて同じ方向を見るけど、そこには特段変わった物はない。

 もしかして、千里眼のようなもので、世界中の色々な場所を見ているのかもしれないな。


「カーマル、ウルラガ、アナンタ、ガナ、ダートルまで……」


 イーシュ様が、みるみるうちに青ざめていく。その様子からすると、大問題が起きていることは一目瞭然だ。


「終末戦争の原因となった男神が、全員復活している……それも、何人かは国を襲撃しているわ」


「悪人さんたちがいっぱいいるってことです!? ま、まずいですよ!」


「まさか、ルダルもか!?」


「ツェルールもですか!」


 シルビアとアリシアが故郷を心配し尋ねると、イーシュ様は弱々しくうなずいた。

 人間の国。竜の国。もしかして、ドワーフやエルフや獣人の国も襲われているのか?


「な、なんで……だって、女神への信仰しかしていなかったじゃない……」


 神様が形骸化したから、イーシュ様に祈ってくれといっても漠然とした女神への祈りとなっていた。

 だから、イーシュ様だけでなく、すべての女神様に信仰の力が分散されていた。


「もしかして、すべての女神様じゃなくて、すべての神様に力が行き渡っていたってことですか?」


「そんなはずは……私に渡ってきた信仰は、確実に女神という存在に対する祈りだった……男神の存在なんて、そもそも知らない子ばかりなのに」


「原因を考えるよりも、現状はどうなっておるのじゃ。ルダルは? ツェルールは? 他の国は無事なのか?」


 シルビアの言うとおりだ。

 今はそんなことを考えるよりも、神々に襲われている各国の状況を知るべきだ。


「襲われているのは……ツェルール、プリズイコス、ルダル、ドルーレ」


 人間に、獣人、竜、ドワーフまで……

 どこも、俺の知り合いたちがいる国じゃないか……


「どこも、持ちこたえている……それに、完全復活じゃないのか、戦争のときほどの力はないのかもしれない……」


 神様たちの力を計測したのか、イーシュ様はわずかに落ち着きを取り戻した。

 今なら、まだなんとかなるってことかもしれない。


「だったら、私が抑えなきゃ……」


 イーシュ様が、なにかをしたことだけはわかった。

 そして、それが上手くいっていないことは表情から明らかだ。


「力が足りない……封印どころか、動きを止めることもできない。わずかに弱体化させるだけなんて、やっぱり、私なんかじゃ……」


 多少は効果があった。しかし、それがそう長い時間もたないことも、根本的な解決にはなっていないらしい。

 あくまでも時間稼ぎ程度……その間に、男神たちをなんとかしないといけないってことだ。


「ツェルールは、私がなんとかしましょう」


 アリシアは、迷わずそう言った。

 敵は男神であり、アリシアよりも強いはずだ。

 だけど、彼女はいつものように、ちょっとした用事をすませるような気楽さで、故郷を救ってくると宣言したのだ。


「……わかっているの? 相手はこれまでとは違うのよ?」


「平気です。私は勇者で聖女で、人類最強でアキト様のお嫁さん候補なので」


 まったく……こんなときまで冗談ばかり、なんとも彼女らしいじゃないか。


「リティアも、きっとがんばっているはずですからね。少しくらい先輩としていいところ見せないと、そろそろ愛想をつかされてしまいそうですし」


「アリシア……大丈夫なのか?」


「私はとっても強いですからね。アキト様が応援してくれたら、きっと神様だって倒せます」


「せめて、みんなで行くってわけには……」


 そうだ。わざわざ一人で加勢に行かなくてもいいじゃないか。

 ソラは無理にしても、アリシアとシルビアとルピナスが協力して、各地の男神と戦えば……


「そうしているうちに、他の国は神様たちに滅ぼされるんじゃないですか?」


「……まだ、どの男神たちも適当に遊んでいる。だけど、いつ気が変わるかなんてわからないわ。あいつらは、いつだって気まぐれで残忍で、自分たち以外どうでもいいようなやつだから」


「ジルドみたいじゃのう」


 つまり、力があるジルドってことか……最悪といってもいい相手だ。


「行ってきます、アキト様。大丈夫。あなたのアリシアはすぐに帰ってきますから」


「となると、妾は当然ルダルに行くべきじゃな。妾も、あ、ある……主様のものじゃから! すぐに帰るぞ!」


「先生さんの国は、ひーちゃんがいるはずです。きっと、ひーちゃんなら先生たちの国を守ってくれるです」


 精霊たちは、この世界でかなりの強さらしいから、ヒナタがいるのなら問題ないかもしれない。

 となると、あとは獣王国だが……


「だから、ルピナスはトラ耳さんのところに行ってくるです」


「ルピナスまで……それにシルビアと違って、ルピナスはそこまで飛ぶだけでも大変だろ」


「大丈夫です。ルピナスには実は隠された力が……」


 安心させようとしているのかもしれないけど、それ、多分参考にしているのがよろしくない。

 なんだか、アリシアのような発言をし始めたルピナスも、男神たちの相手をしに行く決心はすでに固まっているようだ。


「その子くらい小さいなら、あいつらの力を抑えながらでも、転移くらいはさせられるわ。ごめんねルピナス、私の尻ぬぐいをさせて悪いけど、頼んだわよ」


 ルピナスはイーシュ様の言葉に頷くと、この場から姿を消した。

 こうして、三人はそれぞれの場所で、この世界を守るために戦いに行ってしまった。俺はそんな三人を見送ることしかできない。


「こういうとき、なにもできないのがもどかしいな……」


「そんなことはねえさ。お前さんは十分役に立ってくれた」


「そうそう、君のおかげで僕たちは復活できたんだからね」

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