第150話 崩壊寸前のワンオペレーション
「やっぱり、俺のことを騙していたってことですか?」
「そうなるわね……」
イーシュ様は諦めたように、俺の目を見てそう言った。
「あんたは私が想定していたよりも、はるかに多くの信仰を集めてくれた。まさか、ここまで神力を取り戻せるなんて思ってなかったわ」
「女神様は、とっくの昔にアキト様を元の世界に帰すことができたってことですよね?」
「少し違うわね。秋人を元の世界に帰すだけの力がなかったのは、本当のこと。集めた信仰が、私に渡りにくくなっていた理由を教えていなかったってだけよ」
……なんだろう。なんだか、目の前の神様がわざと悪人ぶっているようにしか見えない。
「イーシュ様が力を取り戻すのが遅れていた理由ってなんなんですか?」
「……私だけじゃなくて、他の女神たちに信仰が渡っていたのよ。この世界では神が忘れられていたからでしょうね。漠然と女神に祈る行為は、私だけでなくすべての女神への信仰となっていたの」
他の女神たちというと、魔王様から聞いた神様同士の戦いで死んでしまった女神様たちのことか?
「おかしいです。魔王さん言ってたです。女神様は女神様以外みんな戦いで消えてしまったって」
「そうね。この世界にはもう私以外の神はいない。だけど、神様って消えることも死ぬこともないのよ。戦いで力を失ったけど、あくまでも神力が不足していて肉体を失い、姿も声も出せなくなっているだけ。信仰が集まり神力が溜まれば、いつでも復活できるの」
さすがは神様だ。
肉体が滅んだとしても、力さえあればいつでも再生できるってことか。
「つまり、貴様は主様が集めた信仰による力が、他の女神たちに渡っていることを知り、女神たちの復活のためにそれを黙認していたということか」
「ええ、そうね……」
それって、悪いことなのだろうか?
いや、俺を騙していたってこと自体は、たしかに悪いことだけど、この世界のためを考えると女神様たちが復活するのは良いことじゃないだろうか。
「イーシュ様」
「なに? 恨み言でも罵倒でもなんでも許すわよ。あんたにはそうする権利がある」
それはまあ、どうでもいい。
「他の女神様たちは、悪い神様ですか?」
「違う……そんなことはない。世界を守るために、自らの身を犠牲にして男神たちを倒してくれた。そんな姉様たちが悪い神様なんてことは絶対にない! 悪い女神は私一人だけよ」
「だったら、事情を話してくれたら、いくらでも協力したのに……」
俺だって、この世界には世話になったんだ。
この世界の神様たちが復活して、世界をより良いものに変えてくれるというのなら、立ち去る前にそれくらいの手伝いはするつもりだった。
「……今までも、そう言ってくれた子は何人もいたわ……でも、みんな元の世界に帰れるとなったら、そんな約束は守らずに帰っていった。当然よね。二度と訪れることのない別の世界のことなんて、気にかける必要ないもの」
過去に俺と似たような境遇の人たちもいたのか。
だけど、正直その人たちを責めるつもりにはなれない。
いざ、元の世界に帰れるとなったら、いつまでかかるかもわからない他の女神様の復活を投げ捨ててでも、帰りたくなる気持ちもわからなくはない。
「あんたには悪いとは思っている……でも、私は何に変えてもこの世界のために、姉様たちを復活させなきゃならないの!」
「世界のためにって……もしかして、女神様たちが復活しないと、この世界ってやばいんですか?」
「あんたも知ってるでしょ。この世界では、神への信仰は廃れてしまっている。いつか私も完全に力を失い、世界を管理する者は消えてしまう。そうしたら、私がこの世界の管理のためにしてきたことは、そう遠くない未来に効力を失ってしまうでしょうね」
イーシュ様がこの世界のためにしてきたこと……
魔王様は言っていた。荒れ果てた土地をイーシュ様が一人で再生させた。
そして、男が極端に減っても次代を作れるように、女が一人でも子供を作れるようにしたと。
「もしかして……イーシュ様まで消えたら、世界中の土地が荒野になって、女性は一人で子供を作れなくなるってことですか?」
「そうね……そうなったら、この世界では希少な男たちと僅かな土地の奪い合いが起きるわ。種族の存続のためだから、きっと世界中の種族同士での戦争になる」
「じゃが……お主も力を取り戻せておったのじゃろ? 他の女神たちが復活せずとも、お主だけが力を振るえるようになった時点で、主様を帰してやればよかったのではないのか」
複数の神様たちとイーシュ様一人の完全復活。
どちらのほうが簡単かなんて一目瞭然ではある。
「あなたたちは、よく繁栄したわ。あの絶滅寸前の状況から、よくここまで増え続けたと思う。それこそ、私一人では管理しきれないほどにね」
「管理しきれていない……ですか?」
「元々、この世界は複数の神たちで管理していたの。だから、あなたたちだけが戦争以前のように繁栄してしまったら、神が私一人では管理しきれる状態じゃなかったのよ……現に、精霊や禁域の森に住む者のような、魔力が強い生き物たちにはすでに影響が出ている」
精霊や禁域の森の住人たち……
「それってまさか、魔力の暴走のことですか?」
「ええ、あんたはそこもよくやってくれたわね。禁域の森を失う前に、よく働いてくれたわ。でもね、近いうちに世界規模であれと同じことが起きるの。種族によって違うけど、決してろくなことじゃない変化が体に発生し、どの種族も滅びゆく運命をたどる」
「俺みたいに、魔力の暴走を解除できる人を集めて対処すれば……」
「アキト様……そんなことができる人は、きっと世界中でアキト様だけです……」
無理なのか? ジルドやアリシアは他者の魔力を吸い取れたじゃないか。
でも、俺みたいにいくらでも魔力をもらって外に出すことはできないって、言っていたか……
ああそうか、魔力の暴走を解除できる人たちっていうのが、女神様たちってことか。
だから、イーシュ様は他の女神様たちを復活させようとしていると。
「イーシュ様」
「なにかしら?」
イーシュ様は、しっかりと俺の目を見ながら話を聞こうとした。
その姿は、どれだけ俺に責められても仕方がないと思っているかのようだった。
「俺に、なにか手伝えることはありますか?」
「主様。よいのか? この女神は、今まで主様をたばかっておったのじゃぞ?」
シルビアは、あえてイーシュ様を責めるような発言をしてくれている。
きっと俺のためにだ。彼女自身も世界の危機は重々理解しているし、イーシュ様の行動を責めるつもりはないのだろうけど、俺の代わりに怒ってくれているんだ。
「ありがとうシルビア。でも大丈夫だよ。イーシュ様は悪い神様じゃないから」
「そうか。ならば、妾たちは止めぬ。主様は好きに行動するがよい」
本当に、俺は周囲の者たちに恵まれた。
でも、イーシュ様はこれまで一人でこの世界のために奮闘してくれていたんだろう。
「……私は、あんたを利用したわ」
「そうですね」
「あんたが帰りたがっている気持ちを無視して、この世界のほうを優先した」
「でも、この世界のためですからね」
「ごめんなさい……」
「許します」
だから、帰る前にこの世界の問題を解決しよう。
それが俺にできるせめてもの恩返しだ。
「私はアキト様のかわりに怒りますよ! 女神様。あとで聖女の鉄拳ですからね!」
「ええ……よろしくねアリシア」
きっと彼女なりのはげましなんだろう。
アリシアは、長年の付き合いのイーシュ様の嘘を、いつもの調子で許すことにしたようだ。
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