第149話 狂想曲カルーセル
アリシアの質問は、かつてツェルール王国で会った日本人の一条さんも疑っていた内容だ。
「あんたたちは、この世界からいなくなるんでしょ? なら、知る必要はないわ」
「つまり、信仰の力が足りていないのは、嘘だったってことでいいですか?」
イーシュ様は何も言わない。
まさか、一条さんやアリシアが疑っている内容は事実なのか?
「もしかして、俺のことを元の世界に帰すっていうのも、嘘だったんですか?」
「それは……本当よ。秋人だろうが、アリシアだろうが、そこの狼だろうが、望むなら必ず帰すつもりよ」
ひとまずは安心だ。安心なのだけど……
信仰の力が足りていないのが嘘だとしたら、とうの昔にそれは実現できていたということ。
それなのに、過剰ともいえるだけの力を集め続けていた理由は?
「イーシュ様は、取り戻した力で何をするつもりなんですか?」
「言ったでしょ。この世界のことだから、あんたたちには関係ないし、知る必要はないって」
「もしも、イーシュ様がおかしなことをしようとしているのなら、力を集めてしまった俺の責任でもあります。だから、場合によってはやめてもらうように説得しないといけません」
自分がいなくなるからといって、この世界でその後なにが起きようが知りませんとはいかない。
ルチアさんや、フィルさんや、先生や、フィオちゃんの住む世界だし、俺に責任の一端があるのならなおさらだ。
「あ~あ、せっかくいい女神様として別れようとしたんだけどね……」
◇
禁域の森から帰ってきたアルドルは、すぐに私たちを集めて話をしました。
「そうですか。では、やはりここにきたアキト様は偽物だったのですね」
「ああ。シルビアが言うには、子供のようなやつが化けていたらしい。しかも、俺たちよりも強いやつがな」
「私たちよりもですか? これでも一応古竜なんですけどね~」
「シルビアと、ラピスみたいな人間と、妖精を相手にして、無傷で逃げおおせたらしい」
「それは……かなりの強者ですね」
アルドルの報告により、なにもわからない状態から情報は増えましたが、余計にわからなくなってしまいます。
偽物だとして、いったいなんのために単身でルダルに訪れたのでしょう。
私たちよりも強いというのに、わずかに会話をした以外はなにもせずに帰っていきました。
その子供の目的が、まったくわかりません。
「それよりも、アルドル様。偽物ということはアキト様が元の世界に帰られるというのは、嘘だったということでいいんですよね?」
ラピスが鼻息を荒くして、アルドルに詰め寄ります。
たしかに、その発言をしたのは偽物だったので、発言自体が嘘ということになりますね。
「あ……すまん。聞き忘れた」
「なにをしているんですか! 一番重要なことですよ!?」
「し、仕方ないだろう! 向こうのお前みたいなメスが、そんな感じで興奮してうるさかったんだ! 話が逸れたのは、お前の同類のせいだぞ!」
なんとなく、その光景が目に浮かびます。
であれば、あまりアルドルを責めることはできませんね。
私は興奮してアルドルに詰め寄るラピスを見ると、アルドルを擁護する気持ちが湧いてきました。
「今からでも、私がアキト様に聞いてきます!」
「待て、お前なにかと理由をつけてアキトに会いたいだけだろうが」
「当然じゃないですか! いけませんか!?」
そろそろ止めないと。
私が動こうとする前に、部下の一人が慌てたように部屋へ飛び込んできました。
「ビューラ様! 大変です!」
「なにがあったんですか」
明らかに尋常ではない様子を察して、誰も無礼を責めることはせずに、彼女の言葉に耳を傾けました。
「ルダルが襲撃されています!」
「なんだと!? まさか、プリズイコスの連中にか!」
「いえ! 相手は古竜のオスが一頭のみです!」
古竜のオス? アルドル以外に、そんな者が生まれたなんて話は聞いたことがありません。
ルダルではない別の土地で生まれ育った竜ということでしょうか。
私は考えながらも、アルドルたちと共にその竜のいる場所へと向かいました。
「竜の国なんていうから期待したけど、この程度かよ」
そこには、たしかにオスの古竜がいました。
見た目こそ人間と見紛う姿ですが、竜の特徴である爪に翼に尾があります。
そして、人の姿を模すことができるということは、古竜という証。
その古竜は、国民たちを次々に攻撃していました。
「ちっ、何をしているんだ貴様は!」
「おっ? なんだよ、男いるじゃん。あいつ嘘ついてたのか」
アルドルが吐いた炎の息を悠々と片手で受け止めると、その古竜はそう独り言ちました。
あいつ……? 仲間か、あるいはこの古竜を手引きした者がいる?
得体のしれない相手を前に、私たちは距離を置いて警戒しましたが、やけにその言葉が気になりました。
◇
「抑えてください! シャノ様!」
「ああ、わかっている。まずは戦えないやつらを避難させろ」
実質、あの方とあの森の属国となったが、これでも女王だし、ここは私の国だ。
さすがに、国民たちを無視してまで、自分の趣味に走るつもりはない。
フェリスが動ける連中に次々と指示を出しているから、被害は最小限だが、手が空いたやつらがあいつに戦いを挑んでは敗北している。
畜生。羨ましいなあ……私も早くあれと戦いたい。
「我慢してくださいよ! 今はあなたを止めている暇はありませんからね!?」
「わかっているって……はあ、女王なんて面倒なもんだな」
お前が何者か、何の目的があるかなんてどうでもいい。
だけど、喧嘩を売ったのはお前だ。
ちゃんと最後まで、私たちの相手をしてくれよ?
「くそっ! なんなのよ。あの人間は! 人間のくせになんで、あんなに強いのよ!」
「人間にも、たまにとんでもなく強いのがいるらしいからね。その珍しい人間の一人ってことでしょ!」
「ああ、それは珍しい。しかも、男だっていうんだから、レア中のレアなやつだ」
人間の男。奇しくも私たちが忠義を誓うことにした、アキト様と同じだ。
だけど、まあ……ずいぶんとこちらを見る目が違うな。
襲いかかる獣人たちを一蹴してのけては、わずらわしそうな目で見下している。
わかるぞ。
お前、もっと強い相手と戦いたいんだろう。ならば、そこで待っていろ。
私もその戦いに加わってやるからな。
「しかしなあ……フェリス~。急いでくれ~。我慢できなくなりそうだ~」
「待てって言ってますよね!? この戦馬鹿!!」
いや、悪いとは思うけどな?
いつまでも、うまそうなご馳走を前にお預けをくらう身にもなってくれ。
ああ、部下たちが羨ましい。私も早く戦いたい……。
◇
「やはり、周囲はすでに異形の者たちに囲まれているようです」
「趣味悪いわね……このまま私たちを国内に閉じ込めて、じわじわとなぶるってことかしら」
「なんにせよ。まずは混乱している民衆をなんとかしなければいけません」
「ええ、今のままじゃ勇者たちを戦わせることもできないでしょ」
正体不明の異形たちは、少なくとも勇者と同等の戦力だということはわかっている。
そのうえで、周囲を取り囲むだけでなにもしていない。
国の者たちは恐怖と混乱から、自分たちを守る勇者たちが国を離れてあの異形と戦うということに難色を示している。
「嫌なやり方ね。本当に……」
◇
「獣……魔獣? いや、なんなんだこいつらは」
「店長! こいつらただの魔獣じゃないわよ! 今まで戦ってきたやつよりも全然強い!」
「武器が効いてない! なんなのよ、この固い皮膚は!」
「私の剣が折れたー! だから、修理しにきたのにー!」
「こんなところかな……さてと、ここはこいつらに任せるとして、あっちに行こうかな」
獣の群れをけしかけた張本人は、その様子を見ることもなく国に背を向けて去っていく。
「ちっ……半端な武器じゃ壊れるだけか……うちの連中も客どもも逃げるぞ!」
ドワーフの女王が撤退を選択したのは、その直後のできごとだった。
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