第148話 ブルースターの純情

 決めたぞ。俺は決めた。もう決めてしまった。

 ずっと悩んでいたし、迷惑になるかもと思っていたから言えなかったけど、言ってしまおう。


「四人に聞いてほしいことがあるんだ。実は……イーシュ様に、元の世界に帰ることができるようになったって言われた」


 四人の緊張が伝わってくる。

 不謹慎ではあるが、別れを寂しがっているのが俺だけじゃなかったことをうれしいとも思ってしまう。

 だから、言ってしまおう。


 それを言ってはいけないと、脳内で警鐘がなる。

 お前はそんなことを言ってはいけないと、誰かに忠告されているかのようで、声が出てこない……


 そんな俺の頬を、ソラはやさしく舐めてくれた。なんだか、ずいぶんと頭がすっきりした気がする。

 そうだな。やっぱり、俺にはみんなが必要なんだ。


「それで……できることなら、みんなとはこれからも一緒に暮らしたい……から、俺のいた世界についてきてくれないかな」


 なんだか……告白したようで恥ずかしい。だめだ、誰の目を見ることもできない。

 というか、断られたらどうしよう……あれだ。そのときはすぐに女神様を呼んで帰ろう。そして、自宅でしばらく、恥ずかしさにのたうち回ることとしよう。

 いや、その前に他のお世話になった人たちへの挨拶とかも……


 断られる前提で、今後のことを考えていたら、抱きなれたやわらかい感触を感じた。


「えっと……ついてきてくれるのか? ソラ」


 うなずく。

 お前、この森に縛られてるって話じゃないか。

 そうまでして守ってきた森のこととか、どうやって森から抜けるのかとかの心配があるのに、ほとんど迷うこともなく俺についてきてくれるのか。


「こ、これは……アキト様のご両親へのご挨拶!? はい。不肖アリシア! アキト様のお嫁さんの一人としてお世話になります!」


「いや、まだ単なる同棲じゃろ……しかし、よいのか? 神狼様とアリシアが問題なくとも、妾やルピナスはそちらの世界では目立つのじゃろう?」


「ルピナス。人間さんと一緒にいられるなら、どこへでもついていくですよ」


 どうしよう、うれしい。

 みんな、この世界での友人やら親族やらいるはずなのに、迷うことなく俺の世界へ移住することを決めてくれている。

 たしかに、問題は残されている。


 ソラはこの森から出られる方法を探さないといけないし、シルビアとルピナスは向こうで目立たない手段を探さないといけないし、アリシアは理性と常識を探してこないいけない。

 でも、きっとそれもこの四人と一緒なら、なんとかなるような気がしてきた。


    ◇


 照れくさそうにしてアキト様は、自分の部屋に戻られました。

 ソラ様は当然のように、その後ろについていき、きっと今ごろベッドの上でかわいがってもらっているはずです。


 し、しかし……まさかいつのまにか、ポイントが1万を超えていたんでしょうか!?

 落ち着きましょう私。もしかしたら、都合のいい妄想が幻聴となって聞こえてきただけかもしれません。


「ルピナス。お主、人間の姿になる魔法とか使えんのか?」


「残念ながらできないです。だけど、人間さんのために、ふーちゃんたちに聞いてみるです」


「アリシアは……アリシア? お主、様子がおかしいぞ」


「はいっ! えっ、ポイントが溜まってたって話ですか?」


「なんのポイントじゃ……」


 あれ? やっぱり、私の幻聴だったんでしょうか!?


「ほ、ほら、アキト様の好感度が1万ポイント溜まったら結婚していただけるって……」


「まだ、溜まっとらんから安心せえ」


 妄想でした。

 え、どこからどこまでが本当でしたっけ?

 私は今は勇者だったのか、聖女だったのか、禁域の森に住んでいるのは本当ですよね?


「お~い。混乱するのはわかるが、戻ってこい。お主はすぐにでも主様の世界についていけるかもしれんが、妾たちは三人とも問題を抱えておるんじゃ。お主にも協力してもらうぞ」


「あ、あれっ……アキト様のご実家に行くのは、私の妄想じゃなかったんでしたっけ?」


「聖女さん。なんだか、いつもよりあわあわしてるです。大丈夫です?」


 よ、よかった……自分に都合のいい妄想じゃありませんでした。


「ええ、大丈夫です! アキト様の世界に行くために、私もみなさんに協力しますから。まずは、女神様の力で、みなさんの問題を解決できないか聞いてみましょう」


「神様のお力を貸していただけるなら心強いです」


「しかし、お主、私利私欲で神の力を借りられるのか……?」


 物は試しです。

 ということで、まずは事情をお話すべく女神様を呼んでみましょう。


「女神様~! あなたの聖女が困っていますよ~! 女神様~!……女神様~?」


 おかしいですね……

 これまでも、呼びかけに応じないことはありました。

 忙しかったり、顕現しにくい場所にいたりと、それ自体は珍しいことではありません。

 神の力を探って何とかならないでしょうか?


 見つけました。たしかに神様の力を感じます。

 ですが――なぜ、ばらばらの場所で、複数の神様の力を感じるのでしょうか……


    ◇


 どうしよう。

 何事もなかったかのように、いつものどおり部屋に戻ってソラをなでているが、元の世界に帰る前に解決すべき問題にどう対処すべきか。


 というか、ただついてきてくれしか言ってないのも問題だよな。別の世界で暮らしてほしいって、それもう四人といつまでも一緒にいたいってことだし、はっきりさせないとだめだろ。

 だけど……やっぱり、しっかりと口にしようとするのを本能が拒んでいるかのようだ。

 俺、こんなにへたれだったのか……


 ……本当に言いたかった言葉。俺がヘタレで度胸がないのは認める。だけど、こうも口に出せないものだろうか。

 原因はわからないけど、俺自身も問題を抱えているはずだ。

 それが解決したら、今度こそ四人に伝えなくちゃいけない。


 とにかく、俺もみんなも今抱えている問題をそう簡単に解決できないかもしれないし、イーシュ様には一度そのことは伝えるべきだよな。

 帰るのは、かなり遅くなりそうですって。


「イーシュ様?」


 呼びかける。

 すると、俺は前にイーシュ様と話した空間へと移動していた。


「あら、ずいぶんと早かったわね。それだけ元の世界に帰りたかったのかしら?」


 あれ、ソラは? さっきまで抱きしめていたソラがいない。


「あの……ソラがいないんですけど?」


「あの子なら、さっきまであんたがいた場所にいるわよ。もしかして、一緒に連れて帰りたいってことかしら?」


「そうですね。ソラもアリシアもシルビアもルピナスも、みんな俺の家族なので、一緒に連れていきたいです」


 イーシュ様は俺の発言に驚いたらしく、目を丸くしている。


「悪いけど、あんたにそんな甲斐性があるとは思わなかったわ」


「不誠実かもしれないけど、俺はあの四人と一緒がいいんです」


「そう……でも、そうなると話は変わってくるわね。できれば、すぐにでも帰してあげようとしんだけど……」


 もしかして、人数が増えたら、その分使用する信仰の力も多くなるのか。

 いいさ。それならそれで、またみんなにイーシュ様を信仰してもらうだけだ。


「……ちょっと、うるさいわよ!」


「え! すみません」


 何か急に怒られた。もしかして、独り言を発してしまっていたか?


「ああ、ごめん。あんたじゃない。あの子よ、アリシア」


「うちのアリシアがすみません……」


「今、俺のアリシアって言いましたか!? 言いましたよね!」


「言ってないよね!?」


 思わず反射的にアリシアの発言を否定したが、俺のアリシアでよかったのかもしれない。

 あれ、それにしても、いつのまにアリシアがここに?


「やることが終わるまで、あんた以外とは話さないようにここで準備していたんだけど、うるさいから呼んだのよ。なんか、タイミング悪かったみたいだけどね」


 気づけば、ソラとシルビアとルピナスもきていた。

 そうだ。女神様にみんなの問題を解決してから帰るって伝えないと。

 そう思って口を開こうとするが、それより先に発したアリシアの言葉に俺の発言は止まった。


「女神様。本当にアキト様が集めた信仰の力って足りていなかったんですか?」

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