第147話 期限のないポイントカードにスタンプを
「へえ、他のやつらは簡単に騙せたのに。なんでばれたの?」
子供の姿へと変わったその男は、興味深そうにこちらへと尋ねる。
「当然じゃ、主様は神狼様と一緒におる。今も二人一緒だというのに、突然別の場所にもう一人現れるなど、怪しむなというほうが難しいじゃろ」
「実は、向こうが偽物とは考えないんだ?」
その可能性もなくはないが、そのときは神狼様が気づくじゃろう。
それに、どれだけ姿形を似せようと、妾たちを見下すような態度は隠しきれておらんかったぞ。
「そもそも、あなたなんか全然アキト様じゃありません。見た目もアキト様のほうがかっこいいですし、匂いもアキト様のほうがいい匂いですし、声だってアキト様のほうが素敵です! つまり、あなたは偽物ということです!」
「ええ……見た目も、匂いも、声だって、完璧に彼と同じにしているはずなんだけど、君ちょっとおかしいんじゃない?」
それはそのとおりじゃ。
そもそも、アリシアは神狼様のように匂いで主様を判別できんじゃろう。
また、勢いで適当なこと言っておらんか、こいつ。
「それで、なんの用があってここにきた」
「別に他と変わらないよ。女神様の信仰をやめてほしい。そして、代わりにアキトを信仰してほしいって伝えに来たんだけど……君たち誰も女神を信仰してないね」
「し、失敬な! 敬虔な女神の信徒アリシアなんですけど!?」
元聖女。女神を信仰しておらんかった……
まあ、あれは神と信者とかじゃなくて、友人同士、あるいは母と娘みたいじゃったから、信仰してないと判断されても仕方ないかもしれん。
「でも、女のわりには面白いね君たち。どうかな? 僕のものになるなら、君たちに何不自由ない暮らしを約束してあげるよ?」
「ルピナス。今でも何も不自由してないし、楽しい暮らしです」
「そもそも、貴様との生活とか、不自由しかなさそうじゃな」
「あなたの頭の中も、心も、見た目も、すべてアキト様と同じになってから出直してください」
それ、もう主様じゃろ。
「あっそ、じゃあもういらない。ばいばい」
魔力は感じなかった。
それでも、そいつの指先には間違いなく圧倒的な力が込められておる。
一瞬、目が眩むほどの光で満ちたかと思うと、指先のその光が一直線に射出された。
「アリシアバリア2号!」
アリシアの作った障壁がそれと激突すると、障壁は徐々に削られるように凹んでいき、光が当たっていた一点のみに小さな穴が開く。
なんじゃこいつ。アリシアの魔法を正面から貫いたというのか。
「おっと、危ないですね。まさか、2号を突破できるなんて」
アリシアは、軽く身をかわすと光は後方を貫きながら、ようやく消失した。
2号というと、アリシアの完全な障壁のはず……
それを、こうもたやすく破る相手か。
「へえ、結構強いみたいだね。もっと遊んであげたいけど、そろそろ行かないと」
男は子供の姿から鳥の姿へと変化し、妾たちの前から姿を消した。
追うべきだったか……? いや、まずは主様との合流を急ぐべきじゃな。
「聖女さんどうしたです?」
ルピナスが尋ねる。
たしかに、アリシアは去っていった相手のことをなにやら考えておるようじゃ。
無理もない。あの障壁を突破するほどの相手など、アリシアにとっても油断ならぬ相手のはずじゃからな。
「あの力……隠していたけど、似ている? いえ、まずは確認を……」
◇
ソラが走る。
俺を背に乗せているので、俺への配慮もしてくれているが、それでも可能な限り速度を上げて森の中を走り抜ける。
本当なら俺を置いていけば、もっと速く走れるんだろうけど、俺を置いていくのが心配なのでこうしてくれているんだろう。
足手まといになってしまっていることが、なんとも心苦しい。
「これだけ急ぐってことは、なんかまずいってことだよな……」
そして、こっちは俺たちの家がある方向だ。
まさか、みんなになにか起きていないよな……
不安を隠すように、ソラの背中にぎゅっとしがみついていると、ソラは俺たちの家の前で止まった。
「みんな、大丈夫か!」
ソラと一緒に、そのまま家の中に駆け込んで、まずは、三人とも無事であることに安堵する。
もしかして、三人になにかあったわけではないのか?
「今度は本物の人間さんです!」
ルピナスが顔に抱きついてきた。
うん、何も見えないね。
「そのようじゃのう……主様こそ無事で何よりじゃ」
ほっとした声で、緊張を解いたようなシルビア。
その口ぶりだと、やっぱりみんなになにかあったんだろうか。
「ふんふん……アキト様の匂いですね? いえ、やっぱりわかりません。アキト様。ちょっと私を抱きしめて匂いを堪能させてみてください」
鼻を鳴らして俺の匂いを嗅ぐアリシア。
ソラじゃないから多分それは無理だろ。そして、さりげなくハグの要求をするな。
まあ、アリシアも平常運転のようだし、みんな特に異常はないな。
「えへへへへ……」
結局押し切られた。
俺の胸の中には犬のように俺の匂いを嗅ぐ聖女がいる。
聖女ってなんだっけ……元だからいいのか。いいのか?
「あとで妾も」
「ルピナスもです」
まあ、いいか。
それよりも、なにかあったんじゃないのか……
「アキト。いるか?」
話を戻そうとしたら、アルドルが来訪した。
なんだろう。ドリルを作るって話なら、まだ先生に相談中だから実現できないぞ。
「どうしたの? ドリルなら、まだ無理だよ」
「……その様子、どうやらこっちは本物のアキトのようだな」
なんだ本物って、偽物の俺でもでたのか。
「本物って、どういうこと?」
「その前に聞かせてくれ。お前、今日俺たちの国にきたか?」
いや……そもそもアルドルたちの国の場所すら知らないぞ。
ずいぶんとおかしな質問だけど、それを聞くってことは俺らしき人がきたってことか。
「いや、今日はさっきまでずっとソラと二人でいたけど……」
「ということは、やはりあれは偽物か……」
「待てアルドル。もしや、貴様らのところにも現れたのか? 主様に変装していた子供が」
この様子だとシルビアも俺の偽物とやらに会ったらしい。
いや、シルビアもってことはアリシアとルピナスもか?
もしかして、ソラが急いで帰りたがっていた理由ってこれのことか。
「ルダルにはアキトにそっくりな男が訪れただけだ。変装かは定かではないし、子供というのもわからん」
「きっとルピナスたちが会った悪人さんと同じです!」
悪人にもさんをつけるルピナスにほっこりする。
だけど、今は真面目な話だし、気を引き締めないとな。
「私たちの嗅覚で見破ったら、男の子の姿に変わったんです!」
「嗅覚って……そこは、なんかもっと愛の力みたいに言ってくれんかのう……」
「しかもすごく強かったです。聖女さんのバリア2号を貫通する光をぴかーって出してたです」
まじか、それってだいぶやばくないか?
名前こそふざけているけど、あのバリアはシルビアの攻撃さえ防ぎきれるものだろ。
「それほどの相手か……目的もまるでわからんし、不気味だな……」
「なにか、目的をもって動いておるのはたしかみたいじゃ。妾たちの相手をしておったが、目的を優先して退散したようじゃからな」
「私たちのことをついでみたいに、自分のものになれって言っていました!」
……なんか、嫌だな。
いや、俺がどうこう言えることじゃないのかもしれないけど、なんかもやもやする。
「当然! 私たちはアキト様のものですから、断りましたけどね!」
「そ、そうか……俺じゃなくてアキトに言ってくれ」
「アキト様のものですから、断りました! ほめてください!」
くやしいが、アリシアの言葉にほっとしている自分がいる。
ここは、望みどおり褒めておこう。
でも、恥ずかしいから頭をなでるだけにしておこう……
「ほわっ! あ、アキト様のポイントが上がりました! シルビアさん、ルピナスさん。今がチャンスですよ!」
「相変わらず、仲が良いな。お前たちは……」
ごめんなアルドル。
いつもは俺もたしなめる側なんだけど、なんか今回はちょっと安心してしまっているんだ……
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