第146話 はりぼてのイデア
ソラと二人きりで散歩をする。うれしそうに歩くソラがなんとも微笑ましい。
思えば、この森の色々な場所を歩いたものだ。
お気に入りの場所まできたので、ソラを抱えて座り込む。
言いたいことがあるのを察してくれているのか、ソラはじゃれつくこともなくただ黙って俺の言葉を待っている。
自分でも意外だ。ここにきてから、ずっとそれを目標にしていたのに、それを言うことはなんだかひどく罪悪感に駆られてしまう。
なかなか切り出せずに、結局いつものようにソラをなでると、気持ちよさそうに目を細めてくれた。
言わないとなあ……
俺、帰ることになったって。
◇
故郷の問題も解決し、村の問題も解決し、私たちエルフは順風満帆な生活を過ごしていました。
ほんの少し前まで帰る場所もなく、逃げた先でも生きていくことさえ困難な状況だったのが嘘のようです。
問題がないとは言えないのですが、それはまあ個人的なことですし……
「ルチア。また、ヤニシアのエルフたちに、女王になるよう頼まれたんですか?」
そう、これが私個人の問題です。
ジルドがいなくなり、かつての私たちの故郷であるエルフの国ヤニシアは、王にふさわしいものが不在の状況となっているようです。
そのため、ノーラさん経由で、私に女王になる話を持ちかけられているのですが……
なるほど、アキトさんの気持ちがわかりますね。急に王になってくれと頼まれても、なかなか気が進まないものです。
アキトさんの気持ちがわかる……あの人と同じ気持ちを共有できるのは、とても嬉しいです。
「ルチア? ルチアー……だめですね。またお兄さんのこと考えて止まってしまいました」
アキトさんが森の王になって、私がエルフの女王になれば……
互いの領地のために、その……友好の証として、婚姻なんかも……
「あら、また妄想してるのね」
「邪魔しないように、先に席についていましょうか。アカネ」
「あっ、みなさんこんにちは。ルチアがああなので、私が案内します」
ん? 誰かきていたような気がします。
でも、ミーナが応対してくれているようなので、きっと問題ないでしょう……
「あれっ? アカネさんにウルシュラさん。いつ、いらしてたんですか?」
「あんたがアキト様の妄想をしている間よ」
「え、つまり私とアキトさんの結婚式に参列してくれたんですね」
「まだ、妄想と現実が混ざってますね……」
「というか、なんだかアリシア様みたいになってきてない?」
アリシアさんのように……つまり、私もアキトさんと一緒に暮らせると?
ああ、いけません。私には村の長としての役割があるというのに……
「……長引きそうね」
「ええ、お茶を飲みながら、ゆっくりと待つことに……あら? 噂をすれば、アキト様がいらしたみたいですね」
ウルシュラさんの発言のしばらく後に、アキトさんが本当に訪ねてきました。
ハーピーの視力すごいですね。私もいつでもアキトさんを発見できるように、魔力で視力を強化できるようにしないと……
「こんにちは。みんな一緒にいたんだね。ちょうどよかった」
私だけでなく、アカネさんとウルシュラさんにも用件があったようです。
真剣な表情ですが、いったいなにがあったのでしょうか。
「俺、そろそろ元いた世界に帰れそうなんだ。だから、もう女神様へのお祈りは十分だよ」
「そ、そうなんですか……ずいぶんと急ですね。それでは、オーガ族はこれからは神狼様を祈ればいいのでしょうか?」
「いや、それも負担になっちゃうし、向こうに帰った俺でも祈っておいてよ」
「ええ、わかりました。でも、本当に急ですね……」
なんだか、違和感が……
「みんなが信仰の力を溜めてくれていたおかげみたいだよ。だから、みんなのことは感謝している」
声も、しぐさも、表情も、すべてがアキトさんのものです。
「ルチア? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫です」
「それじゃあ、俺はもう行くから」
アキトさんは用件だけ伝えると、すぐに森の奥へと行ってしまいました。
なぜでしょう。なぜ、今になってジルドのことを思い出していたのでしょうか。
「それにしても、ずいぶんと急いでいるみたいね。いつものアキト様だったら、ルチアの心配をしそうなものなんだけど……」
ああ、それです。
さっきのアキトさんは、私たちへの興味がなかったんです。
姿も、声も、態度も、すべてがアキトさんのそれと同じでした。
でも、それは表面上だけの話。内心では、私たちに対してなんの興味も持ち合わせていませんでした。
まるで、ジルドが国民たちを道具としていたときのように、さっきのアキトさんの本心は、自分以外どうでもいいと考えている者のそれに酷似していたのです。
◇
「神狼様と主様は出かけておるのか」
「ええ、お二人でお散歩中みたいです」
相変わらず仲が良くてなによりじゃ。
それにしても、神狼様の過去を知っても、主様はこれまでと変わらず接しておるようじゃのう。
主様にとっては、神狼様はどんなことがあっても愛犬という扱いということか。
……神狼様は、それで満足なのじゃろうか。
「ところでシルビアさん」
「む、どうした?」
「いつまでソラ様を神狼様って呼ぶんですか? ルピナスさんもですよ?」
また、急なことを……
思わずルピナスと二人で顔を見合わせてしまう。
「いや……お主じゃあるまいし、妾たちには無理じゃろ」
「神狼様。お名前とても大切にしてるです」
「大丈夫ですよ。ソラ様はお二人も大切な家族だと思っていますから、こう勢いに任せてぐわーっと言ってしまえばいいんです」
その勢いは、お主以外無理なんじゃが……
「食いちぎられんかのう……」
「食いちぎられたら私が治してあげます! 聖女ですから!」
やかましい。元聖女。
治されても痛いものは痛いのじゃ。
「ただいま」
声がした方を向くと、そこには主様の姿をした者がいた。
ルピナスが魔法でレンガや石の壁を作り、これから起こる戦闘で家が破壊されないよう補強をする。
アリシアが全速力で走り一瞬で接敵すると、拳に魔力をまとって顔面めがけて振りぬく。
妾はアリシアとルピナスを避けるように炎を吐き出し、相手の顔面以外を燃やし尽くす。
「危ないな。なんだよ急に」
様子見とはいえ、前に戦ったエルフの王程度であれば、一撃で屠るだけの攻撃が易々と食い止められる。
――いや、そもそも当たっていないような妙な感覚じゃった。
「もしかして、なんか怒らせることでもした?」
それなら、現時点でも十分に怒らせることをしておるぞ。貴様は。
「あなた、誰です?」
「おいおい、アキトに決まってるだろ」
「嘘ですね。アキト様はあなたなんかより、かっこよくて、やさしくて、私のことをかわいがってくれて、みんなのことを好きでいてくれる。あなたなんかよりも素敵な人なんです」
「はあ……意味がわからないな」
「もういいじゃろ。正体を現せ、不届き者」
その言葉に観念したのか、その者の顔が歪んだ笑みを浮かべると、主様の姿は溶けるように変化していった。
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