第145話 水をやりすぎて枯れてしまう前に

 帰れる……

 ふってわいたような事実に、俺は考えが処理しきれずにいた。

 そうだ。まずはソラたちに……ソラは、どうなるんだ。


 一緒に帰るのが当たり前だと思っていた。

 うぬぼれでなければ、ソラだってそれを望んでくれているはずだ。

 ここにきて、魔王様から聞いたソラの過去が重くのしかかる。


 ソラはこの森に縛られている。

 少なくとも、この世界でソラは森から出ることはできないらしい。

 ならば、俺と一緒に元の世界についてくることなんてできるのだろうか……


 俺は、どうすればいいんだろう。


    ◇


 アキトのやつが作った品物の販売による騒動もようやく収まった。

 いまだに各店に飾られているそれを羨ましそうに眺める客たちも多いが、それくらいなら特に問題はないだろう。


「さて、いつまでも弟子にばかりかまけているわけにもいかねえしな。というか、最近全然鍛冶仕事をしていないせいで腕がなまってそうだ」


 このままでは他の連中に負けてしまう。

 そうしたら、この国でより腕のある職人があいつの先生になってしまうかもしれない……

 嫌だ。あいつは私だけの弟子だ。そんなこと認めるか。

 そうならないためにも、しばらくは作業に集中しないとな。


 でも、そうするとあいつに会えなくなるんだよなあ……


「先生」


 なんだ? 会いたいと思っていたから幻聴でも聞こえたか?

 馬鹿馬鹿しい。会わないと決めて一日どころか一分すら経ってないというのに、私はそこまであいつに依存しているわけじゃないぞ。


 どうせ、聞き間違いだろ。声が低い女の客が店を訪ねてきたに違いない。

 そう思って声がした方に向かうと、そこには正真正銘アキトのやつがいた。


「おい、どういうことだ。お前……あの森から出ても大丈夫なのか?」


「あはは、あまり大丈夫じゃないんですけどね。無理を言ってここに来ることにしました」


 そうまでしてここにきた理由はなんだ?

 私に会いにきた――ならうれしいけど、さすがにそこまで都合のいいことを考える気はない。

 なんだか、嫌な予感がする。


「実は、元の世界に帰ることになったんです」


「そう……か……」


 ああ、本当に。

 嫌な予感ばかりは当たるもんだな。


 アキトからは、近々元いた世界に帰ることともう一つ。信仰は十分集まったため、女神への祈りは不要になったことを伝えられた。

 仕方ねえか。いつかは帰るって話だったもんな。

 よかったじゃねえか。自分の帰る場所に戻ることができるんだ。


 ああ……我ながら女々しいな。嫌になってくる。

 だめだ。ここで考え続けていても仕方がない。というか、悪い考えばかりが頭によぎってしまう。

 なら、せめて動いた方がいいな。


 私は、アキトに伝えられたことを国の連中にも伝えるために店を出ることにした。


    ◇


「なんだ? やけに国内が騒がしいようだが」


「なんでしょうね~? まさか、また全員で酔っぱらっていたりして」


「そのときは、全員の頭を凍らせるか」


 まったく……酔うなとは言わんが、あんな姑息な連中に出し抜かれるほどに酔い潰れるな。

 もしも、プリズイコスとの戦争中だったら、あのまま攻め込まれていたんだぞ。

 いや、その場合だと、そもそも獣人を国に招くということもないか……


「え~。また、アルドル様にやさしく介抱してもらえると思ったのに~」


「あの時は事情を知るために、一番まともだった貴様の酔いを覚ましただけだ。というか、貴様本当はあの時点で酔いがほとんど覚めていたんじゃないのか? ギア」


「いやあ、他のメスたちを牽制しないといけませんからね~。アルドル君がモテモテでお姉さん悲しいですよ~」


「アルドル君って言うな。大体悲しいじゃなくて喜ぶべきことではないのか? 一応、まだ次期国王なんだぞ。世継ぎは多い方がいいだろう」


 周囲に誰もいないからか、ギアはかつてシルビアの従者として俺の世話をしていたときのように接してくる。

 あのときは、シルビアだけでなく様々なメスどもも俺たちの世話を焼いていたからな。

 そのうちの一頭がギアだったが、こいつは俺たちに媚びないのはいいのだが、姉のようにふるまうので苦手だった。


「他のメスよりも、昔からの馴染みの私で手を打っておきませんか~?」


「どちらにせよ、王に返り咲いてからの話だ。そのときは、お前なら問題ないだろう」


「本当ですか! 約束ですよ! 絶対ですからね! 嘘だったら、お姉さん泣きますからね!」


 なんだというのだ……

 なんか、アキトに迫るラピスや、あの人間のメスを彷彿させる。


 ギアの不審な様子はさておき、ビューラがいるはずの玉座へと到着した。

 さて、国内の様子がおかしな原因は一体なんなのか……

 ん? 小さな生き物がいるな。というか、あれは……


「アキト!? お前、あの森を出たらまずいだろう! また、神狼が狂犬になるぞ!」


「やあアルドル。いや、それは大丈夫だよ。ちゃんとことわってあるから」


 そう、なのか? いや、それでも一人でこの国にくるなんて不用心じゃないか?

 ついこの間、あの兎にさらわれたばかりだろう。

 それとも、ここらならあの精霊どもを呼べるから、最低限の身の安全は保障されているのか?


「あの……それで、わざわざルダルまで訪問されるほどの要件とは、いったい……」


「うん。実は、元の世界に帰ることになったんだ」


 なんとも、急な話じゃないか……


「そう……でしたか。おめでとうございます」


 ビューラは、なにか言いたそうではあるが、アキトのことを祝福していた。


「ですが、シルビア様は……どうなるのでしょうか?」


 ついていきそうだな。あいつ。


「それは、まだ話せていないから、どうなるかはわからないかな」


 ……まあ、近しい者のほうが話しにくいか。


「今日ここにきたのはお別れの挨拶と、信仰の力は十分集まったから女神様への信仰はもうやめてほしいってことなんだ」


 アキトは次はエルフの国に行くらしく、俺たちへの要件を伝え終わると国を去った。


「なんだか、少し様子がおかしかったですね。女神様への祈りはやめて、代わりに自分のことでも祈っておいてほしいだなんて、そんな冗談を言う方でしょうか?」


「暗い雰囲気になりそうだから、あえて冗談めかしたことを言ったんじゃないですか~?」


 ビューラとギア、二人の主張はどちらも理解できる。

 あいつだって、表面上は明るくとりつくろっていても、この世界を去ることを悲しんでいるかもしれんからな。


「そういえば……今日の貴様は妙に大人しかったな。ラピス」


 いつもはアキトに会いたいだの。俺ばかり会ってずるいだの言うくせに、いざ本人を目にしたら緊張で喋れなくなったか?


「……やっぱり、そうですね。ビューラ様。アルドル様。ギア。今の方はアキト様ではないと思います」


「えっ、いやいや、見た目も声も性格も匂いも魔力がないことさえも、全部アキト様でしたよ~?」


「でも、多分違います。アキト様を前にした時の発情したような気持になりませんでしたから」


 どんな見分け方だ……

 だが、この変態がそう言うのであれば、存外馬鹿にできないかもしれんな。


「本人としか思えませんでしたが……誰が、なんのために?」


「別に俺たちに危害をくわえたわけでもないしな……禁域の森に行って確認してみるか」


 こういうときは自由に動ける立場が便利だな。

 いっそのこと、ルダルの王はこのままビューラに任せたままにするのもいいかもしれんな。

 ついてこようとするラピスはギアがどうにかしてくれるらしい、では、急ぎ禁域の森まで飛ぶとするか。

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