第144話 お片付けを始める時間帯

「お前って思ってたよりも長生きだったんだな。ソラ」


 しかし……お前、どれだけ自分の話に興味ないんだよ。

 魔王様が帰ったときでさえ、俺の膝の上でくつろいでいたな。一応挨拶みたいなことはしていたようだし、魔王様も微笑んでいたから、俺が口出しする気はないけど。


「ん? なんだ。今日はやけに甘えん坊だな」


 ふかふかの毛皮が頬をくすぐる。

 ……なんだ? 一瞬だけ、ソラが別の存在に見えたような気がする。

 ほんの瞬きの間程度なので確証はないけど、まるでシロに頬ずりされたような……

 いや、幻覚か。最近なんだか変だ。疲れているのかもしれない。


「神狼様が強い理由わかったですけど、神狼様かわいそうです……」


 ルピナスが悲しそうにつぶやいた。

 たしかに……広い森とはいえ、何年もずっとここから出ることができていないんだろ?

 この子は自分を犠牲に、これまでずっとこの場所を守っていたのか。


「つまり、それほどアリシアを信用しておるということか」


「え、どうしてですか?」


「前に主様を森の外に連れて行ったではないか。もしも戻らなかったらと思うと、簡単に送り出すことはできんはずじゃろ」


 そういえば、あのときのソラはそんな状況なのに、俺たちを信じて送り出してくれたのか。

 なんか、どんどん忠犬に見えてきた。

 あ、はいはい。なでればいいのか。満足いくまでなでてやろうじゃないか。


「え、妾よりは信用できるって? いや、まあその、酒に酔って危機に駆けつけんかったことは謝るので、もう許してもらえないでしょうか……」


 ソラがシルビアの方を向き、なにか話していると思ったが、シルビアの反応からなんとなく内容を察することができた。

 まあ、久々の帰郷だし、羽目を外しても許してやってくれ。


「そ、ソラ様! 私のことをそんなに信じてくれていたんですね!」


 アリシアが迫るも、かろうじてソラに抱きつくのを我慢していた。

 アリシアにだって、ソラが嫌がるかもしれないと考えるくらいの理性はあるのだ。


 あ、ソラが諦めたっぽいな。珍しい。

 アリシアが俺と一緒にソラを抱きしめる形となった。暑苦しそうだけど、まんざらでもない様子のソラ。

 こうして考えると、俺以外には懐いていなかった最初のころから、随分と変わったものだ。


「さあ、今日は仲良し三人組で寝ることにしましょう!」


「いや、一緒に寝るのはソラだけだから。アリシアはちゃんと自分の部屋で寝てね」


「ええ! ここはソラ様と私とベッドを共にする流れじゃないのですか!?」


 どんな流れだよ……

 そんなこと、するわけにはいかないだろ。


「ほう、仲良し三人組か。ルピナスよ、妾たちは除け者らしいぞ」


「新参者の辛いところです……」


「い、いえ。言葉のあやと言いますか。それじゃあ、今日は私とシルビアさんとルピナスさんで一緒に寝ますね!」


「えっ……どうしてそうなるんじゃ」


 アリシアに引っ張られてシルビアは連れていかれてしまった。

 あまり抵抗していなかったのかもしれないけど、竜の女王に力づくで意見を通せるアリシアってすごいな。


「それじゃあ、俺たちもそろそろ寝ようか」


 ソラは、うなずくと俺に抱きかかえられるのだった。


    ◇


 夢だ。

 不思議なことにすぐにそれがわかった。

 キラキラと光る雲みたいなモヤに囲まれた空間。どこか神々しさを感じるその場所に彼女はいた。


「こんにちは。女神様」


「あら、驚かないのね? アリシアはともかく、あなたをこの場所に呼ぶのは初めてのはずだけど」


「そもそも俺にとっては、異世界で生活すること自体が驚くべきことですからね。異世界があるのなら、神様と会話する空間もやっぱり実在したんだなってくらいの感想です」


 あなたは死にましたってやつだ。

 神様と出会って異世界へと旅立つ。そのときに主人公と神様が会話をする空間。そのイメージにぴったりの場所なのだ、ここは。


「それはそうと、女神様たちの昔の話聞きましたよ。イーシュ様って名前だったんですね」


「……その名前を知っているのは、もう二人しかいなくなっていたけどね」


 きっと、ソラと魔王様のことだろう。

 やっぱり、その二人と女神様以外には、戦争の経験者はいなくなってしまっていたのか。


「名前で呼ばない方がよかったですか?」


「別にかまわないわ。あんたにはがんばってもらっているし、名前を呼ぶ程度、なんてことないわ」


 がんばっているというのは、女神様の神力を戻すために信仰を集めていることだろうか。

 だとしたら、がんばっているのは俺ではなく、俺がお願いすることで毎日祈ってくれてる様々な人たちだ。


「それに……もうすぐ会うこともなくなるからね」


「えっ……それって、どういうことですか?」


 まるで、今生の別れが近いと言わんばかりの言葉だ。


「秋人。あんたは本当によくやってくれたわ」


 女神様はしっかりと俺の目を見て、とても真剣な表情で話す。

 なまじ美人なだけに、その整った顔立ちには、しり込みしてしまいそうだ。

 今までの親しみやすい女神様はここにはいない。今の彼女は、神として厳格に俺に接している。


「あなたが集めた信仰は、ついには私たちの神力を取り戻すほどになりました。人間でありながら、そして異世界の存在でありながらも、本当に立派に役目を果たしてくれました」


 そうか……ついに、女神様が力を取り戻す算段がついたのか……長かったな。

 話があるというのなら、なぜアリシアではなく俺だけと会話をするんだろうと思っていた。だけど、それも納得だ。

 つまり、俺の帰還ももうじきというわけだ。


「あなたを元いた世界に帰すだけの力は取り戻すことができました。あなたが望むのであれば、今この瞬間にでもあなたを送り届けることができます」


 もうじきどころではなかった。

 帰れる……? 日本に、俺の家に、俺の居場所に?

 思いがけない言葉に、頭の中で考えがぐるぐると巡っていく。そんな俺の様子を見たからか、初めからその猶予をくれるつもりだったのか、女神様は言葉を続けた。


「ですが、あなたもこの世界で様々な縁を結びました。別れを告げるのであれ、共に世界を渡るのであれ、その者たちと話す時間は必要でしょう。帰還する準備ができたら私を呼んでください」


 思えば、多くの人たちと出会ったものだ。

 禁域の森に迷い込んで、そこからほとんど出ることもなかったというのに、ずいぶんと出会いに恵まれたよな。


「ありがとうございます。イーシュ様。きっと、けっこう時間がかかってしまうと思いますけど、準備ができてから女神様を呼ぶことにします」


「やり残しや後悔はないようにね。あの狼とか、できれば一緒に連れていってあげてほしいけど、最終的な選択はあんたたちに任せるわ」


 先ほどのような上位者としてではなく、いつものような親しみやすいイーシュ様の言葉。

 これがイーシュ様の本質なんだと思う。

 俺は、彼女の言葉に頭を下げると、この場所から見知った場所へと移動していた。


「これで、必要な力は集まる……感謝するわよ。秋人」

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