第143話 あの日の出会いはザビアツタ
「といっても、遠い昔のできごとみたいなので、きっかけは私たちにもわからないんです。些細なきっかけだとも言われていますし、誰かが誰かを殺したからだなんて話もあります」
魔王様はかなりの年齢のようだけど、その魔王様でさえわからないほど昔の話なのか。
「ある時を境に、この世界の男女は決定的な対立をしました。町同士の抗争から、国を丸ごと巻き込む騒動となり、やがて世界中の男女が対立するほどの大きな争いとなったみたいです」
あれ、その言い方だと男と女が同数程度存在していたかのような……
もしかして、この世界でも昔は男女の数に極端な差はなかったのか?
「それだけならまだ良かったのでしょうが、最後は神々まで巻き込んだ対立となりました……女神たちが率いる女性の集団と男神たちが率いる男性の集団。男と女の全戦力をかけた戦争です」
規模があまりにも大きすぎる。
世界中を巻き込み、神々さえも参戦している戦争なんて、よくこの世が終わらなかったな。
「言い伝えでは、元々女神たちと男神たちは仲違いしていたらしく、此度の男女の争いでそれぞれ自身の同性に味方をしたことで、修復できないほどの対立関係になったと言われています」
なんというか意外だな。
長年生きているであろう神様でさえ、まるで俺たち人間のような争いをするのか。神様ってもっと達観しているような、高次の存在なのかと思っていた。
……そこまで考えて、俺が唯一知る神様を思い出す。
あの女神様は、なんというか親しみやすい方だったな。神様といっても、そんなに遠い存在ではないのかもしれない。
「終末戦争は、何百年も続いたと言われています。ですが、徐々に男神率いる男たちが優勢になりました。私やソラ様が生まれたのは、ちょうど戦争が終局間際であった時期です。男と女は戦いの場以外では出会うこともなく、それでも私たちを育ててくれた大人たちは、いつか必ず優しい素敵な男の人と一緒になれると励ましてくれたものです……」
「それじゃあ、魔王様やソラは戦争には参加していないってこと?」
ソラにはそんな戦いに参加してほしくはない、というのは自分勝手な考えだろうか?
俺は無意識にソラを抱きしめてなでていた。
「ええ、女性たちはもはやどうすることもできずに、滅びゆく運命でした。そのため、せめて幼い者たちだけでも守ろうと、女神様たちは強固な結界を張り、当時の様々な子供たちと最も幼い女神を守ることにしたのです」
それが、ソラであり、魔王様であり、女神様ってわけか……
「む? おかしいぞ。それじゃと、今の世はむしろ男神とオスどもの天下のはずじゃ」
「そうですね。そのまま大戦が終結すれば、そうなっていたはずです。ですが、女神様たちは神力を暴走させることで、男神たちと相打ちになることを選んだのです」
「それが成功したというわけですね……」
「はい。女神も男神も神力を完全に失い、唯一残された最年少の女神を除き、全ての神は肉体を喪失しました」
すべての神が共倒れになってしまったのか。
終末戦争なんて大仰な名前ではあるけど、世界と神を巻き込んでるのだから、そんな名前にもなるだろうな。
「その戦いで失われたのは神様だけじゃないの? だとしたら、やっぱりこの世界に男が少ない理由がわからないんだけど……」
「男神も……ただやられるだけではありませんでした。最後の抵抗とばかりに、男神もまた神力を暴走させたことにより、世界中が消滅するほどの力によって、神だけでなくあらゆる生物も息絶えました。結界で守られていた土地以外は……」
「その土地って、禁域の森?」
なんとなく、そう思った。
だけど、そのなんとなくは正解だったようだ。
「はい、この森もそのうちの一つですね。あとは私たちの住む魔族の国ニトテキアもそうです」
たったそれだけか。
それ以外はすべて荒廃してしまった土地を思い浮かべる。
よくもまあ、それをこんな豊かな世界にまで立て直したものだ。
「たった一人で世界を管理することになった女神イーシュは、残された女性たちに禁域の森とニトテキアで暮らすよう告げましたが、当時は暗闇の国とも言われていたニトテキアは、その……とても不評でして」
暗闇の国というくらいだし、光のない国ってことかな?
たしかに、そうであればこの森の方を選びたいよな……
「居住する場所をかけて、残された子供だけで争いが起こってしまったのです……」
子供しかいないんだもんなあ……
それを責めることは誰にもできないだろう。
「その結果、強者は禁域の森に、弱者はニトテキアに分かれましたが、禁域の森では毎日のように資源やを権力、あらゆる物を巡って戦いが起きていました」
せっかく望みの移住先を獲得しても、また争いの日々。
それだけ当時の子供たちは荒んでしまっていたのだろう。
「女神イーシュは、子供たちの中でも最も強いソラ様と、二番目に強い私をそれぞれの地の管理者に命じました。私は、まあ暗闇好きですし、争いもない平和な土地だったのでよかったのですが……」
魔王様はソラを見る。
ソラ……お前、当事者なのに一番興味なさそうにしているな……
なでるように催促しているけど、俺は今お前の過去の話を聞いているのだが……
「ソラ様は、毎日森の荒くれものとの戦いで、傷つかない日はありませんでした」
驚いた。
ソラはこの森で一番強い。それも圧倒的といえるほどに強い。
だから、当時も暴れる者たちを、一方的に打倒しているのかと思っていた。
「そこでソラ様は、自身をこの森に縛ったのです。自由と引き換えに神獣となったソラ様は、圧倒的な力で今日まで禁域の森を統治してくださっていたのです」
「そうか……だから、アルドルが言っていたのか、ソラは森から出ることはできないって……あれ? なんでアルドルもエリーも、そんなこと知っていたんだろう」
「その……ソラ様が強くなりすぎたため、後世の怯える者たちに言い聞かせられていたんです。禁域の森には王がいる。その王の牙に襲われたくなければ、森には決して近づくな。森の王は森の外に出ることはできないと」
それもあって、この森が色々な国から恐れられていたのかもしれないな。
……となると、俺のせいで多くの者が訪れるようになったのは、悪いことなのではないだろうか?
「俺が余計なことをしたせいで、この森に気軽に人が来るようになってしまったのか……」
「それは違うぞ。そもそも、この森の外はすでに復興しておる。神狼様がこの森で力を誇示する必要もなくなっているはずじゃ」
「ソラ様も、いろんな方がこの森を訪れることを気にしていないそうです」
それならばいいのだけど……
大丈夫かな? 俺に気を遣っての発言ではないだろうか。
「すみません、話が逸れましたね。残された者たちは二つの土地で暮らすことになり、一応の平和も訪れました。女神イーシュはその間もたった一柱で奮闘し、荒廃した土地の再生を試みました。徐々に生活できる土地は増え、知性なき生物たちも誕生しました」
順調に世界は再生していったんだな。
すごいな……女神様がたった一人で……
「ですが、新たな問題が発生しました。当然ですが、私たちは女性だけでは次代の子を作ることはできないんです」
「争っていたから、結界の中に男を入れるわけにもいかないもんなあ……」
「女神様たちは、幼い男たちだけでも救おうとしたのですが……結界の中に入ることを拒絶されてしまったようです」
戦争中の敵の言うことだし、そう簡単には信用してもらえないか。
それで、男たちは全滅しちゃったのだから、種の存続が危ぶまれてしまったと。
「そこで女神様は、私たちが単独で子を作れるように改造……種族として進化させてくれました。これでようやく、すべての問題が解決したと思いましたが、無理に進化したためか、あるいは男神たちの呪いなのか、産まれた子供たちの性別は女だけでした」
「今と変わりませんね……種族を問わず、産まれてくる子供の性別はほとんど女の子だけ。男の子が生まれる確率はごくごくわずかですから」
「女神様にも、それはどうにもできなかったの?」
「おそらくは……現に、今もどこを探しても男性なんてめったにいませんから」
ずいぶんと……情報が多かった。
ちょっとした昔話を聞くつもりだったが、まさかこの世界がおかしくなった理由を知ることができるとは……
今日、魔王様と会えたのは幸運だったのかもしれないな。
「なるほど……いろんなことがわかったよ。ありがとう魔王様」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
逆にお礼を言われてしまったが、俺は魔王様になにもしていない。
傷の件なら、アリシアにお礼を言ってくれればいいんだけど。
「ソラ様は、万を超える時の中たった一人で禁域の森を統治してくれたのです。そんなソラ様の孤独を癒してくれたあなたには、感謝しきれません」
そうか……あの日、知らない森の中で不安だったけど、一人ぼっちだったのは俺だけじゃなかったのか。
そんなソラは、この森から出ることができない。俺には世界の成り立ちよりも、その一点だけが頭に残り続けていた。
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