第142話 万年生きるのは亀ばかりではない

「魔王様はやめろと言っていたが、そんなにすごい男が私たちのものになれば、魔族が世界を支配したも同然なのでは?」


「そうねえ。魔王様は禁域の森の主と古くからの知り合いみたいだし、きっと黙って借りても許してもらえるはずよ」


「あの森、ラミアやアルラウネもいるんだろ? 住民が魔族ばかりってことは、あの森にいるのは全員魔王様の仲間ってことじゃないか」


「たしかに……よし、魔王様のために我々が人間の男を借りてこようじゃないか」


    ◇


 日も落ちた時間帯。ソラと夜の散歩をしていたら、見たことない人たちと出会った。

 知らない人たちである以前に、そもそも見たことない種族ばかりだ。


 悪魔? コウモリみたいな羽と角みたいなのがついているな。

 ああ、こっちはわかるぞ。デュラハンだ。

 首から上がない女性が自分の頭部をわきに抱えている。


 それで、なんでそんな人たちが――俺たちに土下座をしているんだろうか……


「ソラ。知り合い?」


 違うと言われる。言っていないが、違うと言いたそうなのがわかる。

 どうしたものかと思っていたら、突然目の前の空間が歪んで穴のようなものが空いた。

 これは……女神様が前に見せてくれた、俺の世界へとつながっている門か?


「あの、本当にすみませんでした!」


 中から出てきたのは、やっぱり頭に角がある女性だ。

 その人が出てくると、他の人たちが魔王様とつぶやくのが聞こえた。

 魔王か……魔王なの? この気苦労が多そうで善良そうな人が?


「我の部下が勝手なことをしたらしく、本当に申し訳ございません」


「いや、別に何もされていないから、そんなに謝る必要は……」


 なんか、俺のことを見つけたときに、見つけたぞみたいなことは言われたけど、その直後に隣にいるソラを見て平伏しちゃったからな。

 本当に何もされていないのだ。

 エリーのことがあって以来俺につきっきりのソラでさえ、この人たちに何かするつもりはないようだし。


「さ、さすがはハティ様が認めた方……懐が深いですね」


「ハティ様? 誰それ」


 認めたってことは俺の知り合いだろうけど、そんな名前の人知らないぞ。

 ああ、そういえば名前を知らないけど、それなりに親しい人がいたな。もしかして女神様のことか?


「あ、はい。そうなんですね、失礼いたしました。ソラ様と名乗ることにしたんですか」


 魔王様は、ソラとなにやら話しているようだ。

 うん? つまり、ハティ様ってソラのことだったのか。

 なんだ……そんな立派な名前があったのか。


「ごめんな。なんか勝手に変な名前つけちゃって……」


「うわぁっ! すみません! すみません! 我が余計なことを言ったせいです! どうか、今までどおりソラ様と呼んでください!」


 魔王様の腕が噛まれた。


「えっと……これからもソラって読んで平気? ハティじゃなくて?」


 鼻息を荒くして頷かれた。

 そっか、俺がつけた名前を使ってくれるのか。

 やはり良い子だな。自慢の愛犬……いや、犬扱いは……あれ、どうするべきなんだっけ?


「ほんっと、すみません!! 我余計なこと言いました! 今までの関係に戻ってください!」


 ああ、また。ソラが魔王様に噛みついている。


「よしよし、どうしたんだ。そんなに怒って、機嫌直そうな~」


 考えている場合じゃないので、とりあえず抱きしめて引きはがしておく。

 そして首をなでてやると、なんとか落ち着いてくれたみたいだ。


「大丈夫ですか? 腕に穴が空いていますけど」


「大丈夫です! 魔王なので!」


 ああ、やっぱり魔王なんだ。


「でも、血が止まっていませんよ?」


「大丈夫です! 魔王なので!」


 でもなあ……うちのソラのせいなわけだし……

 そもそも魔王様なんだよね? それで、ここにいるみんなはその部下。

 さすがに、部下たちの前で王様傷つけて、じゃあさようならとか国際問題なのでは?


「アリシアに治療してもらうので、うちにきてくれますか?」


「いえいえ、お構いなく……あ、はい。ついていきます」


 最初は断ろうとしていた魔王様だったが、ソラに見られていると気づき、諦めたように承諾してくれた。

 ……大丈夫だよな? 脅迫みたいになってないかな、これ。


「私たちは先に国に帰りますので、どうか魔王様をよろしくお願いいたします」


「えっ、ちょっと! 貴様らが発端なのに、我に押しつけるのか! ああ~~……」


 魔王様の部下たちが、空間の歪みの中に逃げるように入ると、歪みは閉じてしまった。

 なんだか、不憫とも思える魔王様の声がやけに印象的だ。

 消えていく歪みに手を伸ばしていた魔王様は、こちらに振り返ると咳払いをする。


「こほんっ……それでは、行きましょうか」


 顔が赤い。さすがに恥ずかしいんだろうな。ここは何も見なかったことにしよう。


    ◇


「さあ、治りましたよ」


 う~む、さすがはアリシアだ。

 わずか数秒で魔王様は傷一つ残っていない。元々魔王様の傷が軽いものだったということもあるだろうが、やっぱりこの回復魔法ってすごいな。

 そんなことを考えていたら、アリシアがとてとてと歩いてきた。


「アキト様に褒められるチャンスを察知してきました」


「ああ、はい。お疲れ様、アリシア」


 頭をなでるだけであんな魔法を使ってくれるなら安いものだ。

 ご満悦な様子のアリシアを見ながら、俺はそう考えていた。


「す、すまない……わざわざ治療までしてもらって」


「しかし、人間の王、竜の王、エルフの王、獣人の王に続いて、魔族の王か。厄介ごとは持ち込んでくれるなよ?」


「わかっている……心配しなくともすぐに帰るつもりだ」


 魔王か。

 やっぱり勇者に倒されるような、ステレオタイプの魔王じゃないよなあ。

 というか、元勇者に傷を治療してもらっていたし、前にシルビアが教えてくれたとおりだ。

 魔王とは魔族を統治しているだけであって、要するに王様の一人にすぎないって話だもんな。


「魔王様って、ソラと知り合いなの?」


「え、ええ。ソラ様とは終末戦争のときからのお知り合いでして……」


 知らない戦争っぽい名前だ。

 まあ当然か。こっちの歴史とか俺は知らないし。


「ハティって名前は……うん、わかってる。ソラって呼ぶから悲しそうにしないでね」


 ソラは、とても嫌がりながら俺の胸に顔を埋めてきた。

 そうか、そんなに俺がつけた名前気に入ってくれたか。かわいいやつめ。


「ええっと……お名前がなかったので、昔の異世界の人間が勝手にそう呼び始めたんです。たしか……異世界での神狼の名前らしいです」


「あ、私も女神様から聞かされました。アキト様を探す時に、禁域の森の王様ハティには気をつけなさいって。それじゃあ、ソラ様はアキト様が授けるまでは、名前がなかったんですね」


 ソラがどれほどの年齢かはわからないけど、少なくとも俺と会うまで名前がなかったとは、不便じゃなかったのかな?

 だからこそ、ハティっていう呼び名を勝手につけられたのか。


「さっき、終末戦争って言ってたけど、それってこっちの世界じゃ有名なの?」


「いや、妾もその言葉は初めて聞くぞ」


「ルピナスも聞いたことないです」


 ならば、アリシアは? 女神様経由で聞かされていそうなんだけど。

 しかし、彼女も初耳らしく首を横に振った。


「私も聞いたことないですね。相当昔の話なんでしょうか?」


「えっと……よかったらお話しましょうか?」


 なにげなく聞いてみた昔の話。

 それは、俺の今後とも関係のある話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る