第141話 釈迦の掌からの脱出
「そうか、ヤニシアだけでなくプリズイコスまでもが、その男の物になったのか」
エルフの国ヤニシアだけならば、捨ておくこともできた。
しかし、かの大国プリズイコスまでとなると、さすがに部下たちも楽観視できなくなったらしい。
そもそも、それ以前に竜たちの国であるルダルとも友好的な関係を結んでいる。
「ええ……? その男やばいのではないか?」
二つの国を実質の属国としておいて、三つの国とは友好関係を結んでいる。
極めつけは、あの禁域の森の支配者であるという点だ。
「あの方の上に立つ者が現れるとは……何者なんだその人間……」
「捕らえてきましょうか?」
「絶対やめろ! 馬鹿かお前は!」
わかってない。
わかってないんだこいつらは、なにがって、あの神狼様の恐ろしさをこれっぽちもわかっていない。当時まだ子供だったというのに、性格の悪い女神たちに噛みついて真っ向から立ち向かったお方だぞ?
悲しいことに、自分以外は信用できていなかったあのお方に懐かれたというその男、ほんとすごいと思う。
だから、絶対に余計なことをして、あのお方の邪魔をしてはいけないのだ。
「わかったか!」
「神狼様への感情が恐怖なのか心配なのか憧れなのかはっきりしてください。わかりにくいです」
「というか、魔王様、神狼様のこと怖がりすぎじゃないですか?」
「昔噛みつかれた牙の跡を見ても、そんなこと言えるのか!?」
「あっ、はい。その痛々しい傷見せないでください。気持ち悪いです」
まったく、これだから最近の若い魔族は……あれ、今気持ち悪いって言わなかったか?
我魔王なのに……
◇
抱きついてみる。全身をなでてみる。
うん、問題ない。別になんの抵抗感もないし、思ったことを思ったとおりに実行できているな。
「あ、あの……いつもより激しいので、ソラ様がすごく恥ずかしそうにしていますが!?」
アリシアか。
アリシアならいけるか? いや、さすがにソラと違って、そういう行為をするわけには……
これは、本当に俺の意思? ソラはいいのになんでアリシアはだめなのか、そりゃあ人と犬は違うからな。
でも、シャノさんの言葉を信じるならソラは俺のことを、飼い主というよりは異性として好いてくれている?
本当に? 俺の思い上がりじゃないのか、それは。
結局答えは出ないというか、答えを出そうとすると思考が鈍くなる。
……これ、絶対なにかおかしいよな。
俺はいつまでもソラをさわりながら、考えに没頭し続けた。
「う~む、神狼様も嬉しさと困惑が混ざっておるのう」
「お~いアキト。プリズイコスの連中からの賠償金が決まったぞ~」
アルドルの声がする。
賠償金って言われても、俺は別にこの世界でお金を使うことはないんだけどね。
剣の売り上げだって、先生に預けて管理してもらっているし。
「む、すまん。出直そう」
俺とソラを見たアルドルは、気を遣ったように去ろうとした。
なんかこんなの前もあったな。
「いや、出直さなくていいから」
「そうか? 周囲に見られながらでも問題ないとは、豪胆なオスだなお前は」
「そういうのじゃないんだけどなあ……」
あれ……もしかして、俺は今までとんでもないことをしていたのでは?
ソラは飼い主としてではなく、異性として俺を好きでいてくれているんだよな?
俺は、そんなソラの全身をなで回したり、抱きしめていたりしたということに……
「どうした? なんか様子がおかしいな」
「……アルドル。主様と空を飛びながら話につきあってやってくれんか?」
「かまわんが、貴様のためではなくアキトのためだぞシルビア!」
「わかったから、はよ行かんか!」
あれ、俺の意思は? と思う間もなくアルドルは俺を背に乗せて飛んでいった。
「いや、別にいいんだけど、なんで急に空を飛んでもらうことに……」
「シルビアは、お前のことをよく見ているからな。自分では無理だが、俺なら相談に乗れると思ったんだろう。ということはメスの話か?」
鋭いな。間違ってはいない。
「まあ、そうなるのかな? なんか、ソラが俺のことを好きかもしれないかなって……」
「なんだいまさら、誰がどう見てもお前のことを好いているだろう。なんだ、惚気話か? 面白い、聞いてやろう」
「アルドルって、人間の女の人好きになったりする?」
「いや、俺は竜以外は抱かんぞ」
だよなあ……やっぱり、種族の壁ってけっこう大きいと思うんだ。
「なんだ? まさか、いまさら種族の違いに悩んでいるのか? シルビアやラピスを見ろ。竜と人間なのに、お前の物になる気しかないぞ。あいつら」
あの二人は……まあ、人間に近いじゃん。
「お前がどうしたいかだ。神狼とこれからも共に生きたいと思うのなら、夫婦にでもなればいいだろう」
「そんな単純な話では……」
「むしろ、なにをそこまで難しく考える必要がある?」
ソラとこれからも一緒に暮らしたいか?
それは当然、向こうの世界に戻ってもずっと一緒に暮らしたいくらいは好きだけど……
あれ? それなら、別に何を拒む必要があるんだ?
俺はソラのことが好……
なんだっけ? なんかこれ以上考えたらまずいことを考えていたような……
「…………お前の周囲にいるメスどもは、お前のことを待っているのだと思うぞ」
アルドルは反応がない俺を背に乗せたまま、しばらくの間森の上空を飛んでくれた。
俺は……なんだか……うまく考えがまとまらないまま、家まで送ってもらうことになった。
「ただいま」
帰ってきたらソラが飛び込んできたので受け止める。
いつもと同じく、抱きしめてからなでてあげることにした。
あれ、さっきなんか考えてた気がしたけど、忘れてるってことは大したことないか。
「なるほどな。これがシャノが気にしていた歪さか……」
◇
「シルビア。たぶんアキトの思考は誰かに操作されてるぞ」
「なんじゃと!? 洗脳か?」
「いや、あいつの意思が書き換えられたというよりは、その一点のみ考えられなくされているといった様子だった」
洗脳されて行動した人間というのとは少し違う。あいつの行動も言動もすべてあいつのものだ。
でなければ、俺もあいつを面白い人間だなんて思うものか。
「その一点とは?」
「貴様らへの好意だ。夫婦、つがい、恋人、言い方はなんでもいいが、あいつと貴様らが今以上の関係になる可能性が生じたとき、あいつは人形のようになっていた」
いや、待てよ。
ごくわずかだが、あいつの行動にあいつ以外の意思が混ざったことがあったな……
「そうか……ラピスのときだ」
「なにがじゃ? 一人で納得してないで、説明しろ」
「俺のブレスがラピスに向かったとき、あいつは自分の危険も顧みずにラピスを守った。人の良いあいつのことだから、その行動自体はあいつの意思が多分に含まれているだろう」
「主様はやさしいお方じゃからのう」
「だが……初対面の相手を守るために、自分の身を危険に晒すほどのことをするか? ましてや非力な人の身で、竜の攻撃を受け止めるか?」
ああ、そうだ。あいつはあのとき決定的なことを言ってたじゃないか。
「アキトはあのときの行動のことを、気がついたら勝手にと言っていたじゃないか。そうなるように仕向けられていたのではないか?」
だとすれば、なにが理由だ?
メスを守らせる。メスと必要以上の関係にさせない。
どこか矛盾しているような行動じゃないか。
すべてのメスを侍らせて、世界を支配するとかのほうがまだわかりやすい。
「俺は国に帰るから、これからもお前らがアキトを守ってやれよ」
「当然じゃ。世話になったのうアルドル」
洗脳? 意識の操作? どちらにしろ俺ではこれ以上はわからん。
ギアあたりに聞いてみるとするか……
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