第158話 見上げ見上げて青天井
女王様の拳が、アナンタと名乗る男の顔を貫きました。
あれ痛いんですよね。私の方が強いはずなのに、なぜか女王様の拳って純粋に痛いから不思議です。
そんな固くて痛いものが顔に刺さるんですから、さすがに勝負は決したみたいです。
「フィオ! そいつを埋葬してやれ!」
「はい。お疲れさまでした」
なんだか様子がおかしかったですが、結局はたまに訪れる女王様に喧嘩を売る人だったみたいです。
それにしても、男の人であれだけ強いというのも珍しい人でしたね。
しかし、遺体に近づいた瞬間、顔の潰れた遺体が立ち上がりました。
生きている……? いえ、たしかに確認しましたが、彼は生命活動を停止していました。
気を失っていたとか、仮死状態だったとか、そんなことはありえません。
「女王様!」
「ああ、よくわからんが、生き返ったのなら、もう一回戦えるな!」
私は再び、女王様とアナンタの戦いを見とどけることにしました。
死体が生き返った。その不思議な現象に、女王様はさして気にしている様子もないようです。
「戦えるならなんでもいいとか思っていそうですね……」
楽しそうにアナンタへと襲いかかる女王様。
アナンタのほうも、そんな女王様を見て驚いているようでした。
「蘇生直後に平然と襲いかかってきたのは、お前が初めてだ」
「蘇生ってことは生き返ったのか! なら、もう一回戦えて得だな!」
女王様が再び飛びかかると、アナンタは先ほどまでと違い、女王様の攻撃をすべて回避しました。
最初こそ互角の戦いだったのですが、すでに女王様はアナンタよりも強くなっていたはずです。
ですが、勝負が振り出しに戻ったかのように、互いの拳は再び交差して、相手の皮膚を裂く攻防が繰り返されています。
「そうか、お前も強くなったみたいだな」
「俺は無限の神だと言っただろう。死ぬたびに無限に強くなる」
「その言い方だと、命も無限にありそうだな!」
女王様の大振りの拳は、アナンタに逸らされました。
体勢を崩した大きな隙を逃すこともなく、今度はアナンタが相手を仕留めるための一撃を放ちます。
「そのとおりだ。無限の命を有する俺は、何度敗北しようとそのたびに強くなり――こうして、最終的な勝利を収めるのだ」
「体が……軽くなったな……」
「驚いたな。まだ生きているのか、だが動くのがせいいっぱいだろう。大人しくしていれば、楽に死ねるぞ?」
腹部に大きな穴が空いた女王様を見て、アナンタは勝利を確信したように言いました。
まあ、ふつうならあれで決着ですからね。女王様の体質は、やっぱりおかしいですよ。
「がはっ……! ああ、回復した。さあ、続きだ」
「……なんだ、それは。まさか、貴様も無限の力を有しているというのか」
血の塊を地面に吐き捨てると、女王様は完全に回復したらしく、お腹はきれいに傷一つなくなっていました。
無限の力……あながち違うとも言えないような気がしますね。戦いが好きで、体質まで似ている。そうなれば、どちらが勝つことになるんでしょうか?
「私はちょっと頑丈で! 血が流れるたびに強くなるってだけだ! 無限とかは知らん!」
「くっ! 面白い! ならば、貴様が力尽きるまで、返り討ちにするまでだ!」
先ほど以上に激しい殴り合いが始まりました。
私は獣人ですけど、こういうのよくわかりません。
痛いのも嫌ですし、傷つけるのもい嫌ですし、血も嫌いです。
大体、お兄ちゃんがそういうの嫌っているので、私だって嫌いに決まっています。
だから、この二人が楽しそうに殴り合う光景は理解できません。
「フェリス様に、危険なときは加勢しろと言われたとはいえ、いつまで待てばいいんでしょうね……」
これがお仕事をするということですか。
早く終わらせたい私を尻目に、激しくぶつかり合う二人を見て、私はため息をこぼしました。
◇
「もっと強くなって生き返らないと、永遠に戦い続けることになるぞ!」
「くっ……なんなんだ貴様は!」
アナンタの頬から汗が流れ落ちています。
あれから、すでに女王様に幾度も殺され、女王様もアナンタに致命傷となる攻撃を何度も受けています。
ですが、とどめをさしきれていないせいで、女王様はさらに強くなって復活してしまっています。
これまで、自分と同じような相手と戦ったことはないらしく、さすがにアナンタも動揺しているようでした。
「半端なことしてんじゃねえ! このままじゃ、世界が終わるまで殺し合うことになるぞ!」
「な、なぜそこまで戦意を保てる! 貴様が勝つことなどできないんだぞ!」
「だったら、殺してみせろ! 満足いく戦いで死ねるのなら、本望だ!」
「り、理解できん……くそっ! 動物ごときがなんなんだよお!」
理解できないという言葉は、私も同感です。
やっぱり、頭がおかしいんですよ。獣王国の戦い好きの方たちは……
それにしても、アナンタの口調が急に情けなくなりましたね。さっきまで、どこか達観していたようでしたが、今の彼は気が弱くて臆病者のようです。
……もしかして、こちらが本来のアナンタなのでしょうか?
「くそっ! 痛いからやりたくなかったのに、なんで俺がこんな目に」
そう叫ぶと、アナンタは自身の手で心臓を貫きました。
その場で倒れたかと思うと、蘇生して再び立ち上がります。
立ち上がってすぐにまた、心臓を貫き倒れて、また蘇生して、それを繰り返し続けました。
「なんだそりゃ……おいおい、戦いの中で強くなることを放棄して、そんなくだらない方法で力を得て、それで満足なのかお前は」
「うるせえんだよ、いかれ女! てめえみたいな頭のおかしいやつに、いつまでも付き合ってられるか!」
立ち上がったアナンタは、すでに女王様よりも強いですね。
さすがに……これはまずいですか。
「まあ、弱い私が悪いな。これは……」
女王様の頭どころか、上半身ごと吹き飛ばしかねない一撃。
それを察して、避けることができないと理解したのか、女王様は敗北を認めました。
「ははっ! どうだ。俺の勝ちだ!」
「ええ、女王様の負けですね」
なので、私がアナンタの拳を受け止めます。
「おい……」
「女王様は負けを認めましたね? なので、順番待ちしていた私が戦っても文句は言わないでください」
女王様は不服そうにしながらも、私の言葉に従って下がりました。
こういうとき、強さこそ絶対という獣王国の考えって便利ですね。
「はあ!? 今度こそ殺せそうだったのに、邪魔すんなよ!」
「さすがに、女王様を簡単に殺させるわけにはいきません。というわけで、次は私が相手です」
「くそぉっ! てめえと戦ってる間に、その女が自傷して強化されちゃうだろ!」
「女王様は、そんなことしませんよ。あなたと違って恥知らずではないので」
私の言葉が癇に障ったのか、アナンタは怒りの形相で殴りかかってきます。
最初に見ていたときのアナンタは、どうやら大物ぶっていただけみたいですね……
「それと」
アナンタの拳を受け止めます。
そのまま拳を掴んで、手を後ろへと引くと、アナンタは体勢を崩して私の方へと倒れそうになりました。
「あなたが女王様と戦うことはもうありません」
倒れてきた顔面を殴り飛ばすと、アナンタの首から上は消えてなくなりました。
「私は獣王国で一番強いので」
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