第137話 やんちゃな時代への逆行
羊や牛が襲いかかってきます。
動けなくなった私であれば、倒せると思っての独断でしょう。
先ほどまで戦っていた馬鹿猫の制止の言葉は間に合いません。
「お前ら、なにを勝手なことをしている!!」
「こうなっては、もう決闘なんて言ってる場合じゃありません!」
「ここで森の王を倒して、この土地を私たちが治めましょう!」
忌々しい。
あいつらが作ったガラクタのくせに、私を縛り決定的な隙を作るなんて。
「き、効いていない!?」
「なんでよ! 神の遺物を使って拘束しているんでしょ!?」
『第一に、このガラクタは神の力によって獣の動きを封じます。ですが、それはあくまでも動きを封じるだけです』
別に魔力を封じるとか、そういうたぐいの道具ではありません。
だから、いくらじゃれつかれても、私にはなにも影響はないのです。
『第二に、封じるのはあくまでも獣であり、私のように完全な獣の姿のものは身動き一つとれなくなりますが、お前たちのような獣人には効力が半減します。なので、こうしてしまえば、ただのガラクタです』
少し、強がりました。
半減されていても、あの連中が作っただけあって、破壊するには少々骨が折れます。
ご主人様は……ああ、もう森の中にいないのですか。
事前に転移の魔法でも準備していたのでしょうか、拘束されて一分程度、それだけあれば森の外くらいまでなら転移することもできるでしょう。
私が森の外に出ることができない以上、こいつらを使ってでも連れ戻さないと……
姿を変える。
ご主人様に愛されている狼の姿ではなく、獣人の姿へと変化する。
それだけで、拘束される力は目に見えて効力が低下しました。
「私たちと……同じ?」
「第三に、ご主人様になにかあったら皆殺します」
猫に確認をすると、猫は目をそらしながら答えました。
「いや、あんたの主人には危害は加えない。うちの国に連れていこうとはしていたが、客人として扱うつもりだった……こんなふうに奪うことになったのは、私がその程度の女王だったということだろうな……」
どうやら本音のようですね。嘘を言っている匂いはしませんでした。
猫は狐を睨みつけているので、これは猫にとっても不本意な状況といったところですか。
「そうですか。それでは、今すぐにご主人様を返しなさい」
動きませんね。
まさか、まだこんなもので、私をどうにかできるとでも思っているのでしょうか。
ああ、そうですね。こんなものがあるからいけないんですね。
「う、うそっ……」
なにが嘘なものですか。
力を込めて鎖を破壊すると、犬の驚いた声が聞こえました。
「すぐに、ご主人様を迎えに行きなさい」
「ああ、わかっている。おい、お前が一番早いはずだ」
猫が近くにいた獣人に声をかけると、その獣人は一瞬で姿を消しました。
……あれなら、すぐにご主人様に追いつくはずでしょう。
「だからもう……最低限しか我慢しなくてよさそうですね」
ご主人様の危機は非常に不本意ながら、これ以上私では関与できません。
あいつに任せるほかありません。
なので、それ以外の者たちにはしっかりとしつけが必要なようです。
◇
神獣の姿が見えなくなった。
やっぱりな。私とやっていたときは明らかに加減されていた。
ちょっと本気を出せば、私の目じゃ追いきれないほどの速さを出せたってわけだ。
当然、速さだけでもないだろう。
現に私の部下たちは、次々と目を腕を足を抉られている。
抵抗なんてできない。
無論、勝負を汚した馬鹿は私たちのほうだから、抵抗するなんて恥の上塗りはする気はないのだが、どちらにしろ抵抗してもしなくても、この神獣にとっては関係ないみたいだな。
逃げ惑うやつの脚が千切れた。
身を守ろうとしているやつの腕がなくなった。
姿を見ることができない不要な目は奪われた。
「なんともくだらない終わり方だな……水を差されたうえに、ここまで圧倒的な差を見せつけられることになるとは」
部下のしでかしたことだ。馬鹿な部下たちを制御できなかった私がすべて悪い。
だけど、欲をいうのであれば、やっぱりこの圧倒的な力の前に正々堂々と敗れ去りたかった。
畜生。私の敗北を奪いやがって……本当に馬鹿なやつらだ。
連れてきたのは、国内でも腕に自信があり、恐怖なんてものとは縁のない連中のはずだった。
そんな連中が、どいつもこいつも怯えている。
圧倒的な力を目にして、勝ち目なんてまったくないことに、そんな神獣を怒らせてしまったことに、なすすべなく、ただ振るわれる暴力に新兵のように怯えていた。
「悪いな。殺してもらわないことには、私のほうは仕置きにならないんだ」
腕が千切れた。が、数分後に生えてくる。
目玉が抉られた。が、数分後に視界は戻る。
足を切られて立つことができなくなる。が、数分後には二本の脚で立つ。
もっとも、そんなことができるのは私だけだ。
部下たちも、今回の件に一枚噛んでいたであろうフェリスも、すでに体中が傷だらけだ。
なるほど……森の王、禁域の森。そりゃあ、先代たちも手を出すなって言うはずだよな。
戦闘馬鹿たちの集団により作られて、いつしか大国にまで成長した獣王国プリズイコス。それが、たった一人の獣になすすべなく敗北を喫した。
◇
「まあ、こんなところですかね。それで、ご主人様はまだですか?」
「悪いが、もう少しまってくれ」
一通りのしつけが終わりました。周囲は倒れた獣人たちだらけで、うめき声が聞こえてきます。
猫だけは相変わらず、いくら傷つけてもすぐに再生するのでもう知りません。
そもそも、こいつは初めから反省していたので、このくらいで許すことにします。
さて……この惨状はあまりよろしくありませんね。
血まみれです。四肢がなくなっていたり、目がなくなっている者ばかりです。
心優しいご主人様のことです。きっと、こいつらの姿にすら、心を痛めてしまうことでしょう。
……どうしましょう。
まず、殺してはいません。本当に腹立たしい相手ですが、ご主人様の意思を優先して我慢しました。ですが、傷だらけの獣人たちのことはどうするべきでしょうか……
「では、ご主人様が戻ってくる間に、可能な限り血と欠損部分を隠しなさい」
猫はきょとんとした顔をしていましたが、急ぎなさい。
ご主人様に変なものを見せるんじゃありません。
「あ、ああ、わかった。それもあの人間の言いつけってことか……」
「これは配慮です。ご主人様は私に命令なんてしません」
布で目を隠したり、失った手足を見えないようにする獣人たち。
いいですね。そうやって素直に行動するのはいいことですよ。
なんとか、ご主人様の目に毒となるような惨状は隠せました。
ちょうど、タイミングよく森の中にご主人様の気配を感じます。
……無事ですね。傷一つ負っていません。
獣人たちを殺さずにすんでよかったです。
っと、いつもの姿に戻らなくては……
早く会いたいです。
ご主人様は無事ですし、馬鹿な獣人たちへのしつけもすみました。
なので、もはや私の興味は、ご主人様に会って、抱いてもらって、なでてもらうことだけです。
尻尾も勝手に動くというものです。
まだでしょうか。
……まだですかね?
いらいらしてきました。
『さっさとご主人様を運んできてください』
大きな声で吠えると、焦り急ぐ様子が伝わりました。
ああ、早くご主人様に甘えたい……
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