第136話 起き上がりこぼしを壊さずに倒す方法
「人間さん……今回の相手は、かなり強いみたいです」
「えっ、わりとやばい状況だったりする?」
ソラとルピナスがなにか話していたと思ったら、ルピナスが神妙な表情で俺に伝えた。
まじか……ジルドのときとか、全員かなりお気楽な状態だったというのに、今の雰囲気から察するに状況はかなりまずいのかもしれない。
「大勢が、こちらへ向かってきているです。それに、森のみんなも強い獣人さんと戦っていて、やられてしまいそうみたいです」
「やばいじゃん……アリシアとシルビアが留守なのは、タイミングが悪かったなあ」
ソラは俺をじっと見ると、ルピナスになにかを伝えた。
「しかたがないので、神狼様がちょっとこらしめてくるみたいです。人間さん、ルピナスはすぐに聖女さんと竜さんを呼んでくるので、神狼様と一緒にいてほしいです」
「わかった。ルピナスも気をつけて」
ソラが鎖を咥えて俺のほうに寄ってきた。
え、つけるの? これ。
結局いつもの散歩スタイルになって、俺とソラは二人で獣人たちのもとへと向かう。
ついさっき気を引き締めようとしたというのに、これでは緊張感がないな……
「これでよかったのかなあ……」
ソラはとてもご機嫌なので、たぶんよかったのだろう。
少し歩いていると、多くの人たちの気配がした。
いつか勇者たちと出会ったときを思い出す。
「なんだそれ。どういう状況だよ」
虎の耳と尻尾、猫のような目の女性。
この集団のリーダーらしき獣人が、呆れたようにこちらへと聞いてきた。
「どういうって……散歩?」
「つまり、ここの王はお前ってことでいいのか?」
またそれか……
王はあくまでもソラだ。そこのところは勘違いされたくない。
「いや、俺じゃなくてこっちのソラが王様」
「……意味がわからん。お前、その王に首輪をして鎖でつないでいたじゃないか」
言い方……
それだと、俺がソラにひどいことしているみたいじゃん。
「そっちの森の王? あんたがこの人間を好きなことはわかった。それで、この人間もあんたのことが好きなんだろ? つまり、お前らはこの森を支配する夫婦ってわけだ」
合点がいったように、虎の獣人は一人でうなずいた。
「いやいや、夫婦ってわけじゃないから」
「そうなのか? なんか、お前おかしいな……さっきから、お前の言葉はなんかおかしい」
そう言われても……こっちは、さっきから本当のことを言っている。
そもそも俺とソラは人間と狼だから、夫婦にはなれないだろ。
「おかしいって言われても……そもそも種族が違うからね」
「それ、理由になるのか? この神獣はあんたを好いていて、あんただって好いている。初めて会った私でさえ、一目で理解できているんだぞ? なんで、その状況で夫婦になっていないんだ?」
そんなの当然じゃないか……
あれっ? なんか一瞬、頭にもやがかかったような……
「だって……俺は……」
「やっぱり、あんたなんかおかしいな。嘘は言っていないし、ほとんど本心だっていうのは匂いでわかる。だけど、あんた以外の意思が混ざっている」
何を言っているんだ?
俺は全部……自分の考えを……
「もしかして、そこの神獣に洗脳された人間なのか?」
いやいや……それはない。よな?
落ち着こう。ソラを見る。かわいい。俺の愛犬。俺を好きらしい。嬉しい。
うん、全部俺の意思じゃないか。
間違いない。断言してもいいが、ソラはそんなことしない。
「違うよ。ソラは俺にそんなことしない」
「……今のは本当っぽかったな……悪い、なんか変なこと言ったかもしれん」
虎の女性は頭をかくと、素直に謝罪した。
なんか精神攻撃でもしてきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
そしてこの様子だと、もしかして争う気はないのかもしれない。
「お前は弱そうだな。なら、やっぱりそっちの神獣が本命か。おい人間、お前は戦利品だ。下がっていていいぞ」
獣人の女王は、そう言ってソラと向き合った。
さっきまで普通に会話をしていたというのに、今の彼女はまともに会話ができそうな様子が綺麗に消え去ってしまっている。
完全にソラという敵を見据えた目だ。
「シャノ様! まだ、あの新人がきていません! せめて、彼女が戻ってきてからにしたほうが」
「いや、今やる! こんな最高の相手を目の前にして我慢できるか! 大体、あいつはラミアやアルラウネとやっているんだろ? そんなすぐには、こっちに来ないさ」
ルピナスが言っていた強い獣人か?
シャノと呼ばれた虎獣人は、そう言い放った直後にソラにとびかかった。
速い。それに、地面に大きな穴が空いている。
彼女の言うとおり後ろに下がっていなかったら、攻撃の余波で俺も飛ばされていたかもしれない。
「がっ……」
そんな彼女の速ささえもソラには通用しないらしく、ソラは彼女の一撃を悠々と回避した。
それどころか、彼女の腕に噛みついてぶん投げた。
「全然見えないな……強すぎるだろ、あんた」
腕から大量の血を流し体中に擦り傷を作るも、彼女はまだまだやる気に満ちているようだ。
「私も、さっきより速いぞ!」
再びソラへと攻撃をする。
ソラはそれをあっさりと避けて反撃する。
何度も同じことの繰り返しだ。
それなのに、彼女はなにか策を講じるでもなく、ただただ愚直にソラへと突っ込んでいく。
そこであることに気がついた。
徐々に速くなっている?
それに攻撃もそうだ。ソラに当たりこそしないものの、空振りで抉れる地面の範囲が広がっている。
もしかして、スロースターターなのだろうか?
「あははははっ! こんなに強いやつがいるのに! 先代の女王め! 私が森に行かないために嘘ついてやがったな!」
すでに全身血まみれなのに、虎の女王はとても楽しそうにソラへと向かっていく。
なんだあれ。今までソラを相手にしたらみんな戦意を喪失していたのに、よくもここまで楽しそうに戦えるもんだ。
「しつこいだと? なら、なぜさっさと殺さない。私は死ぬまで諦める気はないぞ」
ソラもうんざりしていたのか、きっと彼女にしつこいと言ったのだろう。
だけど、彼女は当たり前のように死ぬまで続けると答えた。
「それだけ強いんだから、私を殺さないように加減できるのは理解できるさ」
多分本心からの言葉だろう。
彼女はいくらボロボロにされても、まるで戦意は衰えていない。
「だがな。忘れてしまったのか神獣! 戦いなんて相手を殺すまで続けるもんだろ!」
まだ、強くなっていくのか。
彼女はここにきたときと比べたら、すでに何倍も強くなっている。
あれだけソラに攻撃されても、まるで倒れる気配さえもない。
……もしかして、本当に死ぬまで動き続けるんじゃないだろうか。
「そこの人間に飼われて忘れてしまったのか!? 獣の戦いなんて、それが当然じゃないか!」
なら、ソラは俺の言葉のせいで、本来の在り方を捨てることになってしまったのか?
俺はソラの枷になってしまっている?
「ちっ! どれだけ強くなっても届く気がしないな……いつまで弄ぶ気だ。いつになったら、決着をつけてくれる?」
ソラは反撃するのでなく女王の体を取り押さえた。
しばらく抵抗をするが、ソラの力には敵わないらしく女王は動くことを諦める。
あれだけ血を流しているのに、なんであそこまで元気なんだろう。
ともあれ、ようやく決着はついたと俺はほっとした。
本当に死ぬまで戦い続けそうだったし、俺の言いつけのせいでソラが負けるなんて絶対に嫌だ。
「おい! 何を勝手なことをしている!?」
俺と一緒にソラと虎獣人の戦いを見守っていた狐の女性。
彼女が大声をあげる。
俺の目に一瞬だけ映ったのは、鎖に絡まって動けなくなったソラの姿。
その直後、俺の意識はなくなった。
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