第135話 血色で染める赤コーデ

 おかしいわね……

 たしかに相手は強い。だけど、それはあくまでもそれなりにという話。

 オーガと獣人。戦いが好きな種族同士、相手の気持ちはわからなくもない。

 かくいう私たちも、強い相手との戦いが好きで、相手を求めてここに流れ着いたくちだ。


 神狼様の手厳しい洗礼によって、早々にうぬぼれをへし折られたけど、彼女たちは違うのかしら。

 森に入っただけで感じる神狼様の力を理解していないのか、それともしているけど戦うつもりなのか。

 わずかな差ではあるけれど、私よりも弱いのに、それはちょっと考えが甘いわね。


「ははははっ、なるほど、王にたどり着く前でこれか! 本当に楽しい場所だ!」


 右腕の骨を折った。

 相手のスピードにも慣れてきた。そのため、私の拳はようやく相手に傷を負わせるにいたった。

 それなのに、彼女は楽しそうに笑っている。

 ああ、そうか。似ているとは思ったけど、彼女たちは私たちよりも戦うのが好きなのか。

 少しうらやましくもなり、せめて神狼様の前に仕留めてあげようと顔面を砕いてあげた。


「まだ戦えるみたいだけど、これでわかったでしょ? 私程度に手こずってるあなたじゃ、神狼様には勝てないわよ」


「そうか、それは楽しみだ!」


 戦意はまるで衰えず、むしろより好戦的となった獣人が迫る。

 回避して反撃を……


「っ!」


「よし、当たったな」


 腹の皮が爪で裂かれ、血が噴き出る。


「さっきまでは、手を抜いていたってことかしら?」


 相手の強さを見誤ってたのは、私のほうだったということになる。


「いや、さっきも今も本気だ。悪いな、お前がもたもたしているから、さっきより強くなったぞ」


 あの短期間で私を上回ったってこと?

 なるほどね。それなりの勝算をもって、この森にきたってこと。


「私は血を流すほどに強くなるみたいでな。お前につけられた傷は私をより強くしてくれた」


 その傷も、もう治っているじゃない。

 なんてでたらめな再生速度なのかしら、これはたしかに厄介な相手ね……

 でも、神狼様ほどの強さに追いつけるほど、強くなれるのかしら。

 迫る爪を避けることも防ぐこともできずに、私の意識はそこで消えた。


    ◇


「シャノ様。いつ、竜や聖女が戻ってくるかわかりません。いちいちあんなに時間をかけないでください」


「いや、私はこの森の敵全員と戦うぞ。あのオーガとだってまた戦いたい」


「生きているのですか?」


「あいつは強いやつだった。あの程度じゃ殺せないさ。もっとも、しばらくは動けないだろうがな」


 これだ……

 すでに全員が目的を見失っている。というか、もともと彼女たちは喧嘩をしにきただけのようだ。

 男を捕まえるって話はいったいどこに……

 そのことを覚えているのは、もはや私と兎だけなのかもしれない。

 仕方がない。切り札だとか言っている場合じゃないな。


「次からは、お前にも戦ってもらう」


「ええ……私、戦い嫌いなんですけど」


 シャノ様たちのように、戦いのことしか考えないのは困るが、こっちはこっちで厄介だ。

 私は、明らかに嫌そうな顔をしている獣王国最強に、頭を悩ませた。

 別に、戦いを好まない種族を悪しく言うつもりはないし、獣王国全員がシャノ様みたいなら、私はとっくに倒れている。

 だから、戦いたくない者たちを無理に戦わせるつもりはなかった。

 だが、悪いが彼女だけは別だ。


 シャノ様よりも強い者を戦力として扱わないほど、もったいないことはない。

 今も気乗りしていない彼女には大変申し訳ないのだが、次からの戦いではこいつに対応してもらおう。

 それに、本当に戦いが嫌だというのなら、この森へ来ること自体を拒んでいるはず。

 ここについてきたということは、少なからず彼女の中にも戦いたいという気持ちがあると思うのだ。


「おっ、次はハーピーか」


 今にも襲いかかりそうなシャノ様より先に、私は最強戦力をもって戦いを終わらせることにした。


「頼んだぞ」


「しょうがないですね」


    ◇


「……はあ、しかたねえな。私がこいつより弱いのが悪い」


 仕方がないとは言いつつも、まったくもって納得していない様子だ。

 当然だろう。オーガたちとの戦闘で高揚していた気分のまま、同じく強者であるハーピーたちと戦うはずだったのだから。

 それを、この娘はたった一人で瞬時に終わらせた。


 まさか、これほどだとは……

 けしかけた私でさえ、あまりの強さに開いた口が塞がらない。

 あのクイーンハーピーの強さは、恐らく先ほどシャノ様が戦ったオーガに匹敵していた。

 そんな相手を含めて、ハーピーの群れをものの数分で完全に制圧したのだ。


「それにしたって、なんであんな倒し方なんだよ」


 シャノ様がそう言うのも無理はない。

 先ほどのオーガたちのように、互いが血まみれで戦いを終えるのでなく、ハーピーたちとの戦いで怪我人は一人もいなかった。

 あの場で一人強さの次元が異なるこの少女は、次々とハーピーを気絶させていったのだ。

 そのため、こちらだけではなく相手のほうも大きな傷は負っていない。

 それほどまでに、この少女の強さは遥か高みにある。


「勝手に攻め入って暴力をふるうのは、趣味じゃないんです」


 その言葉のとおり、彼女は遭遇する相手を次々と倒すも、すべて同じように倒していた。

 互いが傷つくようなぎりぎりの戦いが好きな獣人たちは、彼女を理解できないという風に見ている。

 だけど私はそんな思いよりも、もしかしてこの子なら余計な小細工など必要としないのでは、と期待してしまう。


 森を離れるまで待つことにした古竜の元女王も、人間たちの町で足止めしている人間最強の聖女も、この子であれば互角かそれ以上に戦えたかもしれない。


 それに、禁域の森の王……

 神の遺物によって動きを封じて、その間に男を捕まえる。

 その予定であったのだが、もしかしたらこの子であれば、森の王さえ倒せるのではないだろうか?


「おい、フェリス」


 そんな考えは、シャノ様の声により中断される。


「どうかしましたか?」


「お前の言うとおり森の王のところに行く間は我慢してやる。だけど、森の王とは私が戦うぞ」


 ……やはり我慢できなくなったか。

 むしろ、ここまでお預けを食らっても大人しかったのは、それがあったからなのかもしれない。

 森の王がどれほどの強さなのかは知らないが、シャノ様が勝てる相手ということはないだろう。


 それは、ここに来るまでに戦ってきた相手たちの強さからも理解できる。

 あれほどまでの強者たちが、大人しく森のルールで暮らしている。

 となれば、その強さは私たちの想像も及ばないほどなのだろう。


「わかりました……ただし、シャノ様たちが戦っているあいだに、このエリーには本来の目的を進めてもらいます」


「本来の目的?」


 やっぱり、これが本来の目的という意識はなくなっているらしい。


「私たちで男を奪います。いいですね?」


「ああ……それで、その臆病な兎がついてきていたのか。だが、戦利品は勝った後に手に入れるものだろ?」


 できれば、馬鹿なことはしないでもらいたい。

 なんなら今すぐにでも帰りたい。

 しかし、シャノ様はもう森の王と戦うまでは止まらないみたいだ。

 ならば、せめて交渉の材料として男の身柄を抑えておくべきだろう。

 敗北したときに、シャノ様と男の身柄を交換することで、最低限、この方だけは無事にこの森を出られる手はずを整えておくべきだろう。


「保険は必要です。エリー。私に指示をされたら男を捕らえろ」


「は~い。任せてください」


 シャノは、その言葉をつまらなさそうに聞いていた。

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