第134話 踊れ肉食獣
「しかし、いくら竜や聖女を離したところで、神狼がいるんだろ? それは、どう対処する気だ?」
「そこはほら、神狼様といえども、私たちと同じく獣には違いありませんからね。うちの国の秘宝を使えばいいんじゃないですか?」
「あの、神の遺物か……」
フェリスは、シャノから管理を任された、とある鎖を思い返す。
神が遺したとされるその鎖は、獣の動きを封じる神器と伝え聞かされていた。
女王に就任したばかりのシャノが眉唾物だと一笑に伏したのだが、どれだけ力を込めようともその鎖の拘束から逃れることはできなかった。
「獣以外には効かない拘束具が、こんなところで役に立つとはな」
竜王国と争っていた際に使用してみたが、その時はあっさりと引きちぎられた。どうやら、獣以外にはなんの効力もないらしい。
国宝が破壊されたことで、さすがのシャノも慌てていたようだが、すぐに気持ちを切り替えて、自分たちの弱点ともなる道具が壊れたのはむしろ僥倖だと笑っていた。
そんな鎖が時間と共に勝手に修復されたことで、神の遺物という事実は信憑性を増していった。
「自分たちの弱点となる道具でしたからね~。きっと、私たちのご先祖様は、死に物狂いで回収したんじゃないですか?」
おそらく、兎獣人の言葉は正しいだろう。
こんなものを万が一にでも敵対国が所持していたら、そしてこちらの最大戦力に使われたら、それだけで戦況は大きく傾くこととなる。
「だからこそ、神狼にも効果が期待できるというものか……」
「ええ、そのうちに女王様や新人ちゃんが、あの男をさらってしまえばこっちのものですよ」
そう、うまくいくだろうか。
しかし、どのみち女王が禁域の森へ行くことは止められない。
ならば、せめて少しでも勝算を上げられるように、わずかな可能性にでもすがりつきたい。
この兎の言うことは、今のところ正しい。
フェリスは、わずかに不安を感じつつも、兎獣人の策を採用するのだった。
「それでは、シャノ様の元へ向かうとしよう」
「はい、いよいよ禁域の森に出発ですね~」
すべての準備が完了し、フェリスはシャノに出立を促すために部屋を去った。
「あんなおんぼろな鎖じゃ、せいぜい数分程度しかもたないでしょうけどね~」
誰もいなくなった部屋で、兎はケラケラと笑っていた。
◇
「どうやら噂は本当のようだな」
まだ森は遠い。にもかかわらず、シャノは鼻をひくつかせるとそう呟いた。
さすがに深部にいる者たちまではわからないが、少なくとも入り口付近に生息する魔獣たちの様子はわかる。
そいつらでさえ、他の地域に生息する個体よりも明らかに強い。
「魔獣だけでもそれなりの強さだ。なら知性ある連中がどれほどのものになっているのか、楽しみだ」
女王の言葉に期待を胸に笑う集団は、全員が一斉に足を止めて表情を変える。
森の前へと到着した彼女たちも、その中にいる者たちが自分たちが望むような強者であると理解したのだ。
「いくぞお前ら! 戦いだ!」
調査です。
そう言いたかったのだが、フェリスはもう諦めていた。
そうでなければ、あの兎と共に下準備など行っていない。
準備は終えた。ならば後は策のとおりにこの森の男を捕らえてしまおう。
「いいですか? くれぐれも余計な戦いで消耗しないでください。目的を忘れないでくださいよ?」
「ああ、任せておけ」
あ、これ無理だ。
フェリスは早々に悟ってしまった。
たしかに発端こそはあの兎獣人の提案だったけど、それを聞いて獣王国に箔をつけるために、噂の男を手に入れようとか言っていたはずなのに……
どうもそれはついでであり、本命はあの森での戦闘をするための口実にすぎなかったようだ。
やめよう。どうせ、何を言っても無駄だ。
こうなれば、自国の女王と戦士たちの力を信じるしかあるまい。
まだ森に足を踏み入れていないというのに、フェリスは早くも疲れてしまいそうだった。
「ふふっ……すごいじゃないか。あの古竜たちでさえ子供だましに思える。待ってろよ森の王。獣王国プリズイコスが女王、虎獣人のシャノがお前に挑みに行くぞ」
『かかってきなさい。馬鹿猫』
決意表明程度だった言葉に、律義にも遠吠えが返ってきた。
ああ、最高だ。きっと勝てないだろう。だけど、どこまで次元が違う相手なのか、今から楽しみでたまらない。
目先の楽しみだけを考えて、竜王国とばかり争うんじゃなかった。もっと早くに私はここで散るべきだったのだとシャノは笑うのだった。
◇
「どうしたの? 急に吠えてたけど、誰かきた?」
「獣人さんたちが、たくさんやってきたみたいです」
女神様の言っていたとおりだな。
しかし、ソラもルピナスも特にこれといって、普段と変わった様子はない。
ならば俺も、変に焦ることなくみんなに対応を任せよう。
「なるべくなら平和に解決してほしいな」
ジルドのときのような後味の悪い結末は迎えたくない。
アルドルのときのようなのがいいよな。やっぱり。
侵略者に対してそう思ってしまうのは、やはり平和ボケしているというかお気楽すぎるんだろうか。
「おっと……どうしたソラ?」
「えっと、人間さんはそれでいいって言ってるです」
なんとも頼りになる愛犬だ。
俺の考えをここまで察してくれて、俺がほしい言葉までくれるなんて。
「ありがとな。ソラもルピナスも」
いつもどおりだ。
いつもどおりソラを抱きしめてなでてやる。
まるで、森への侵略なんて起きていないように、穏やかな時間が流れていった。
◇
ピリピリする。森に一歩足を踏み入れてからずっとだ。
こちらを補足し続け、一瞬たりとも隙を見せない。
そんな相手がいるだけでも嬉しいのに、そいつ以外にもこんなにも強いやつらがいる。
「なあ、相手してくれるんだろ」
「あら、私けっこう強いわよ?」
赤い肌の女は理性的に答える。
だけどわかるんだ。お前――私の同類だろ?
私たち獣人と同じ、戦うことがなによりも好きな種族。それがオーガだもんな。
腕を振るう。鋼をも斬り裂く自慢の爪は、オーガの肌にも有効のようだ。
かすっただけだが、脇腹からわずかな血が流れていた。
驚いた様子のオーガの顔に軽口をたたく。
「なんだ。血を見たのは久しぶりか? 案外お上品なんだな」
おっと、鋼を物ともしないのは向こうも同じか。
顔の横を通り過ぎていった拳は、鋼程度軽々と貫通しそうだ。
「ははっ面白い。けっこうどころじゃなく、相当な強さじゃないか」
うちのガキどもだったら、一発で死んでいるだろうな。
そんな拳が雨あられのように飛んでくる。
当然だ。相手はただぶん殴っているだけ、魔力を極限まで研ぎ澄ませた必殺の一撃なんかじゃない。
ただの拳による攻撃がこれなんだ。つくづく面白い森だ。
「私なんか、この森では強者を名乗るのもおこがましいわ」
謙遜か本音かわからない。だけどそんなことはどっちでもいい。
ふと周囲の様子が目に映る。
なんだ、どいつもこいつも楽しそうじゃないか。
私の部下とこいつの部下がそこら中で楽しそうに戦っていた。
ならば、私も今はこいつとの戦いだけを純粋に楽しもう。
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