第133話 タングル・カニング
「どうしたんですか? そんなに慌てて、しかも一人で」
「教会に、怪我をした者たちが集まって……まして……」
俺の質問に、大きく息を切らしながらエセルさんが答える。
「聖女様が……治療しているのですが、お一人では……対処しきれていないのです」
「リティアがですか? おかしいですね。彼女が賄いきれないほどの人が集まるなんて、戦争や災害でも起きたんですか?」
「ふぅっ……いえ、私たちの町でも、ツェルールでも、大きな事件は起きていません」
ようやく、呼吸のリズムが安定してきた様子のルチアさん。
これは本気で急いで来たみたいだな。
「他国の怪我人たちが流れてきて、私たちを頼ったのです」
「リティアなら、全員受け入れちゃいそうですねえ……」
「急がなきゃいけないみたいだし、手伝ってあげたら? アリシア」
丸投げで申し訳ないが、彼女の返事はわかりきっている。
「はい。それじゃあ、ちゃちゃっとリティアを助けに行っちゃいますね」
なんとも頼りになる聖女様だ。
彼女のこういうところが、多くの人たちを救ってきたのだろう。
「無理はしないでがんばってね」
「はい! あっ、がんばれないかもしれません。でも、アキト様が頭をなでたらがんばれるかもしれません」
ちゃっかりしていることだ。
まあいい。何もできないし、このくらいいくらでもさせてもらおう。
「ふわ~……アリシアパワーが溜まりました!」
「じゃあ、がんばって」
「はい! すぐに帰りますから、待っててくださいね!」
アリシアはエセルさんを背負って、すごい勢いでダッシュしていった。
エセルさん、なんの疑問もなく背負われていたし、あのスピードにも慣れていたな。
もしかして、アリシアが教会にいたころは、よくあんなふうに移動をしていたんだろうか。
「しかし、シルビアにアリシアまで外に行くとは、なんだか少しさみしくなるな」
なんとなく、一人になった気がしてしまい、俺はソラとルピナスに会いに家に帰ることにした。
◇
「あ……アリシア……」
「ええっ! 大丈夫ですか!? やつれてるじゃないですか!」
「ちょっと……静かにしてくれる? 頭痛い……」
驚いた私の声に、額をおさえるリティア。
枯渇こそしていないものの、ずいぶんと魔力の量が少なくなっています。
いったい、どれほどの人たちを治療してきたというのでしょうか……
「ちゃんと休めているんですか?」
「最低限は休めているのですが……ちょうど魔力がわずかに回復したと思ったら、怪我人たちが次々と聖女様を頼って訪ねてきまして……」
「それでまた限界寸前まで、魔法を使うことになっているということですね……」
リティアに気を遣ってエセルさんと小声でひそひそと話をしていたら、リティアはふらふらと治療待ちの方たちが待っている部屋に向かおうとしました。
「まあまあ、ここは私に任せて休んでいてください」
「……あんたはもう聖女じゃないでしょ」
相変わらず責任感が強すぎるといいますか、一人でなんでも背負ってしまうといいますか、融通が利かないといいますか、もう! だめですよ無理しちゃ!
「わかりましたか!?」
「ええ……なにがよ……」
疲れ果てたリティアを仮眠室に無理やり押し込むと、私はリティアに代わって治療を待つ怪我人たちのもとへと向かいました。
先輩ですからね。なんせ私、先輩ですからね。
リティアがあそこまで無理をしているのなら休ませますし、仕事を代わるくらいなんでもないことなのです。
「さあ、じゃんじゃん治療しちゃいますよ」
部屋に入ると、たしかにこれはすごいですね。
すでにリティアが対処したのか、明らかな重症の方はいません。
しかし、元気とはいえない程度に傷だらけの方が、部屋中に溢れていました。
「なるほど……リティアがやつれるわけですね」
一人一人怪我を治療し、退室していただきます。
それに代わって、部屋に入りきれなかった方たちなのか、新しく治療の順番を待つ方たちが現れます。
「あの……アリシア様。無理はしないでください」
エセルさんが心配そうに声をかけてくださいますが、平気です。
リティアがここまでがんばったのですから、ここからは私が引き継ぎましょう。
「はい。治りましたよ~」
それにしても、多すぎませんか?
ですが、それも仕方ないのかもしれません。
――人間じゃないですよね? あなたたち。
「次の方~」
人間にしか見えないのですが、な~んか人間に変装しているような感じなんですよね。
ですが、悪意や敵意はなさそうですし……
とりあえず、このまま治療をすませることにしましょう。
「あ、アリシア様……新たな怪我人たちが教会を訪ねてきました……」
本当に、いつになったら終わるんですかね?
魔力はまだまだ全然足りますけど、長期戦になりそうですね。
◇
「どれだけ怪我しても動けるなら戦う。戦馬鹿な獣人たちが役に立ちましたね~」
「おい、言葉に気をつけろ。戦好きな獣人も戦が苦手な獣人も、等しく私たちの国の仲間だ」
「は~い」
兎獣人には、反省した様子はまったく見られない。
その軽薄な態度をどうしたものかと考えるも、フェリスは言葉を飲み込んだ。
獣王国では実力こそがものを言う。
性格に難があろうと、少なくとも役に立っているのであれば問題ない。
「獣王国の各種族の子供たちの成人の儀がありましたからね~」
「ああ、例年怪我人が続出するからな」
獣王国の戦闘種族たちは、前線に立つことができる一人前の獣人になったことを証明するために、毎年各種族が入り乱れた合同訓練を行う。
実践的な戦闘訓練は多くの怪我人を排出するも、獣人の持ち前の頑強な肉体はものの数日で傷を癒す。
なので、わざわざ回復魔法をかける必要はないのだが、兎獣人は怪我人さえも無駄なく利用することにしたのだった。
「今年は特に怪我人がたくさんいましたからね~。擬態が得意な者の魔法で人間のふりをしていますから、あの頭の中がお花畑のような聖女なんかじゃ気づけませんよ」
「ああ、たしかに今年の成人は凄まじかった。なんせ、たった一人で他のすべての獣人を倒してみせるのだからな」
そんな例年の儀式に現れた異端児。
並みいる大人顔負けの獣人たちを一方的に打ち負かしてみせたうえ、見物だけでは我慢ができなくなり乱入した大人にさえ勝利した一人の獣人。
「あいつこそが、プリズイコスの切り札となるだろうな」
女王さえも認めた獣王国最強の存在は、禁域の森の調査隊の一員となり、秋人の元へと向かおうとしていた。
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