第132話 ドラゴン退治のおともにおひとついかが?

 久方ぶりの帰国じゃが、さすがにこれだけ長い年月が経つと変わったことばかりじゃな。

 妾の記憶にある街並みは、もはやわずかな痕跡が残るのみとなっておる。

 じゃが、竜は長寿であるから住んでおる者たちは変わりない。

 見た目こそ妾の知る国ではなくなっておるが、本質は変わっておらん。


「じゃが……こんな酒気に満ちた国だったかのう?」


 城に降りると、そこは特に酒気が強かった。そのわりには酒の匂いはとんとせん。

 ビューラのやつめ……大仰な歓迎はやめろと言ったはずじゃが、まさか国を挙げて宴会の準備をしているわけじゃあるまいな。


「あははは、シルビアさまじゃないですか~。おそかったですね~」


「ギアか。なんじゃ、お主酔うておるのか?」


 ふらふらと黒い体をよろめかせながら、こちらへと近づいてきたのはギアじゃった。

 見るからに思考が鈍くなっておるし、すでに酩酊状態になっておる。

 う~む、妾が約束の時間に遅れたせいで、皆で酒盛りを始めてしまったのかもしれんのう。


「まあいい。まずはビューラに会うとしよう。玉座におるのか?」


「え~? シルビアさまも、私ときもちよくなりましょうよ~。これ美味しいですよ~?」


 ブシュカではないか。なんでこんな物がこの国にあるんじゃ。

 妾も禁域の森で初めて見たというのに、いつのまにかこのような物も国内で取り扱うようになっておったのか。


「それは後でじゃ。まずはビューラに会いにいく」


「しょうがないですね~。それじゃあ、あとでたべましょうね~」


 この様子じゃと、後で会いにいったところで忘れていそうじゃな。

 それにしても、いつの間にか酒を解禁したのか。

 厳密には酒ではないが、ブシュカなぞほとんど酒と変わらん。

 飲むか食べるかの違いしかないからのう。


「ビューラ……お主もか。珍しいこともあるものじゃな」


「あ~……ねえさま~。おかえりなさい。あいたかったです」


 抱きつかれた。

 普段の真面目一辺倒のビューラとは違い、昔のように甘えん坊になっておる。

 なるほど……普段が真面目だからこそ、酔うとこのようになるのか、こやつは。


「……酔うなとは言わんが、もう少し抑えたほうが良いと思うぞ。今のお主は女王代理なんじゃろ?」


「よってませんよ~。それにねえさまが帰ってきたから、もう女王じゃありませ~ん」


「いや、帰ってきたって、あくまでも一時的な里帰りじゃぞ?」


 聞いとらんな。妾の胸に顔を押しつけてきておる。

 神狼様の相手をする主様も、このような気持ちだったのじゃろうか?


「まあよい。それよりも、今さら国の方針に口出しはせぬが、あまり羽目を外しすぎてはいかんぞ」


「いいじゃないですか~。せっかくねえさまが帰ってきたんですから~」


 それを言われると、まあなんだ……ちょっと言い返せなくなるのう。

 国を捨てるようにしてあの森で暮らしておったが、結局はビューラに面倒ごとをすべて押しつけてしまっていたみたいじゃからな。

 仕方がない。今日くらいはかわいい妹を甘やかしてやるとするか……


「ねえさまもこれ食べますか~?」


 ブシュカか……本当に流行っておるのう。

 国内の争いもなくなり、隣国との関係も良好ということで、こんなものを嗜む余裕ができたということか。

 まあ、こいつは普段が真面目すぎるから、そのくらいがちょうどいいのかもしれんのう。

 妹に勧められたブシュカの実を手に取り、口に放る。

 たまにはいいじゃろう。こんなのも。


    ◇


「厄介な竜は国内で酩酊させました。次は人間の聖女ですね」


「……戦いと呼べるものではない。こんなくだらない策がお前らのやり方なのか」


「まあまあ、竜より面白い相手が待っているんですから、ここは彼女たちに任せてみようじゃありませんか」


 つまらなそうなシャノと違い、フェリスの評価は真逆ともいえた。

 こいつら……ずいぶんと使えるな。

 禁域の森の情報を持ち帰っただけでも評価に値するというのに、その中でも厄介な戦力である古竜を森から排除した。

 臆病者などと侮られていたはずだが……なるほど、臆病ゆえにこのような手に長けているのか。


「しかし、よくもまあ都合よく竜の女王が帰国してくれたな」


 もはや興味がないかのように、つまらなさそうにシャノは呟いた。


「帰国したのはラッキーでしたけど、そのチャンスをものにしたのは、この耳のおかげですかね~」


 白く長い耳がぴょこぴょこと動く。

 兎獣人である最大の特徴であるその耳を、彼女は誇らしげに自慢した。


「森中の魔力の感知なんてことはできませんけど、耳のよさだけは自慢なんですよ。私たちは」


「その耳で情報を集めたって言うのなら、聖女とやらの強さも信憑性がありそうですよ。シャノ様」


「人間がねえ……信じられんな」


 いまだに兎獣人の小細工を戦いの水を差すくだらないものと感じているのか、シャノの興味は、もはや一刻も早く禁域の森へと向かうということだけだった。

 こんな小細工で戦いに勝ったところで、なにが楽しいのか全くもって理解できない。

 大半の獣人の思想はシャノと一致する。

 つまり、フェリスや兎獣人たちが異端なのだが……この場ではシャノこそが少数派であった。


「はあ……面倒だ。お前らだけで進めとけ。戦うときになったら伝えろ」


 息が詰まりそうだ。

 シャノはそう言わんばかりに、玉座を後にした。


「あらら……心象を悪くしましたかね」


「いや、シャノ様とて愚かではない。気に入らないが、このようなやり方があるということは理解されている」


「そうですか……それでは、続いては聖女を森から誘い出す方法ですが……」


 兎と狐。獣人としては珍しい狡賢い似た者同士の企みは続いていく。


    ◇


「はあっ!」


 アリシアの体が光る。必要以上に光る。

 大げさな声と態度に意味はあるのだろうか。いや、絶対にない。

 だって、真面目に治療するときはあんなアリシアじゃなかったし。


「終わった?」


「はい! これでもう大丈夫ですよ~。よかったですね? 私のことをママと呼んでもいいんですよ~?」


「ありがとう。ありしあ」


「う~ん……かわいいからいいでしょう!」


 アラクネの娘に感謝されると、アリシアはさすがにそれ以上は無理強いすることはできなくなっていた。

 よかった。子供相手に自分の呼び方を強制しなくて……


「なんかもう色々な意味ですみません」


 イオさんが申し訳なさそうに謝罪するも、アリシアは特に気にした様子もなかった。

 こういうところは、アリシアの良いところなんだけどなあ。


「いいんですよ。最近回復魔法を使っていなかったから、なまってしまいそうでしたからね」


 魔法にもそういうのあるんだ。

 森の中を散歩していて、たまたま出くわしたアラクネたち。

 俺に懐いている娘が擦り傷を負っていたため、アリシアが治療してあげていた。


「気分が乗ってきました。こうなったら、森中の怪我している方を片っ端から治療しにいきましょうか!」


「そ、それでしたら……ぜひご助力をお願いできないでしょうか……」


 ここまで走ってきたのか、疲れ切った様子で俺たちに声をかけてきたのはエセルさんだった。

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