第139話 竹よりも早いミラクルグロウ

「おい、貴様! アキトから離れろ!」


「ア~! ズルイ!」


 アルドルが俺を助けようと、果敢にも猫獣人の気を引こうとし、フウカはなんだか羨ましそうにしながら、俺の周囲を風で守る。

 しかし、猫獣人の耳にはまったくその声は届いていないらしい。フウカの風による守りでもびくともせず、彼女は俺にサバ折りをしてきた。

 ――と思ったのだが、これは……抱きつかれている?

 それも、まるで壊れ物を扱うように、力を込めないように大切に……


「……フィオちゃん?」


 なんとなく、前に会った獣人の少女のことを思い出す。

 あの子も、この女性のように猫の獣人だった。

 それに、顔立ちもあの子が大きくなったかのように、よく似ている。


「覚えていてくれたんですね! お兄ちゃん!」


 さっきよりも抱擁の力が強まった。

 といっても、相変わらず俺が苦しくないように細心の注意を払っているようだ。

 ていうか……えっ!? フィオちゃんなの!?


「えっ……本人? なんで? 前会ったとき小っちゃかったじゃん」


「成長期だったから成長したんです!」


 すごいな成長期。俺が知っている成長期となんか違うけど、とにかくすごい。

 まさか、あのちびっこが、こんな美しい女性になるとは……


「アキト。まさか、この獣人とも知り合いなのか……?」


「えっ、うん。前に一度だけ会ったことがある程度だけど、なんか懐いてくれたみたい」


「はい! 私お兄ちゃんのこと大好きです!」


 見た目こそ随分と変わったけど、中身はあの頃の少女のままだな。

 しかし、そうなると気になることが一つある。


「フィオちゃんも他の獣人みたいに、この森の侵略にきたってことだよね?」


「ええっ! 違いますよ! 私はお兄ちゃんが獣王国にくるって聞かされたから、お迎えにきたんです」


「森に住んでる人たちと戦ったっていうのは?」


「なんだか森に入ってすぐ戦いになってしまって……獣人だけなくて、森の方たちも戦い好きなんですね? お兄ちゃんに会いに行くために、しょうがないので気絶してもらいました」


 う~ん……もしかして、話を聞かされていなかったのかな?

 あのシャノって虎の獣人は、ソラと戦うのが目的だったみたいだし、いまいち獣人たちが何をしたいのかわからない。


「とりあえず、あの兎とこの猫を連れて狐のところに向かうとしよう」


「狐って、女王と一緒にいた人のこと?」


「ええ、女王様側近のフェリス様ですね。あの方が一番まともに話せる獣人のはずです」


 アルドルがエリーを回収してきてくれたらしく、両耳をつかんでぶら下げていた。


「新入り! お前、獣王国を裏切るのか!」


「聞かされていた話と違うので、女王様たちと話してみます。もしも、お兄ちゃんにひどいことをするというのなら、そのときはあなたの言うとおり、獣王国は私が滅ぼします」


 にっこりと笑って怖いことを言うので、ちょっと頭をなでて落ち着かせる。


「あっ、お兄ちゃん……」


「聞いてみないとわからないけど、なるべく穏便にすませようね」


「また、やばそうなメスを手懐けたか……アキト、お前すごいな」


    ◇


 森に帰ってきた。

 といっても、目と鼻の先にあったのだが、外にいるのと中にいるのでは気分が違う。

 ようやく落ち着けるな~。


『さっさとご主人様を運んできてください』


 あ、ソラの遠吠えが聞こえた。よかった、ソラも無事みたいだな。


「まずい……まずいぞ。アキト、急いで戻らねば、まずい」


「……お、お兄ちゃん。大丈夫です。私が守りますから」


 なんか隣の二人が、やけに怯えている?


『早くしなさい』


「わ、わかった! わかったから、そんなに急かさないでください! アキト! そこの猫も背中に乗れ! 俺が運ぶのが一番早い!」


「えっ、いいの? じゃあ、フィオちゃんも一緒に」


「あっ、え……うぅ……ごめんなさい。ちょっと離れますね」


 逡巡の末に、フィオちゃんは俺から少し距離をとった。

 ……これが、兄離れした妹というものか。


 しかし、アルドルも速いな。

 シルビアやビューラさんのときも楽しい空の旅だったけど、これはこれでとても楽しい。

 今度テルラにも頼んだら、飛んでもらえたりするのだろうか……

 ラピスもいいかもしれない。ギアさんはアルドルのことが好きみたいだからやめておこう。


 さっきまで、ソラと獣人の女王が戦っていた場所に戻ってきた。

 アルドルは急いだようにその場へと降りていく。

 ……? なんか、様子がおかしいな。


「ただいま。ソラも無事でよかった」


 俺の胸に飛び込んできたソラは、なんだか安心してくれた雰囲気だ。

 この子にも心配させてしまったみたいだな。


 しかし……死屍累累といった感じだ。いや、死んではいないか。

 だけど、獣人たちはほとんど傷だらけで正座している。

 俺に抱きついているこのわんこがやったんだろうか、やったんだろうな……


「アルドル……なぜあなたがここに」


「俺の国にくだらないことをした兎どもから、事情はすべて聞き出した。誰も彼も酔いつぶれて話にならんから、俺が駆けつけたまでだ」


 竜王国は竜王国でなんだか、大変なことになっているらしい。

 もしかして、アリシアが怪我人を治療することになったのも、この兎獣人たちの策略だったりするのだろうか。


「私が言うのもなんだが、無事で何よりだ。うちのもんがすまなかった。それに、お前にも迷惑をかけたなアルドル。本来ならば、私たちがその人を取り返すべきだったのにすまない」


「ずいぶんと殊勝なことだな。それにしても、神狼の怒りに触れてよく生きていられたものだ」


「それだけ、その人との約束が大切だったんだろうな」


 約束っていうか、あまり怪我人とか死人とか出すほどの戦いは見たくない、くらいのことを言っただけだ。

 そうか、怒ってはいるけど、俺のために我慢してくれていたのか。


「よく我慢したな、偉いぞソラ」


 やっぱり、この子は良い子だ。


「アキトは森の外まで運ばれていた。そこの神狼が森から出られない以上、友である俺が救うのは当然のことだ」


 そういえば、エリーもそんなこと言っていたな。ソラは森から出られないのか……?

 知らなかった。だから前にツェルールに行ったときに、ソラはお留守番をしていたのか。


「さて……あとは責任をとるだけだな。うちのもんの責任は私の責任だ。殺せ」


「シャノ様! これは私とエリーの責任です!」


「黙れ。戦いで負けておいて、くだらない道具で相手を縛り、それでもなお敗北したくせに、戦利品だけはかっさらうだと? これ以上、私に恥をかかせるな」


 話を聞く限りでは、やっぱりこの人は純粋にソラと戦いたかっただけみたいだな。

 それで、ソラを縛った鎖を使ったのは……狐の人は違うと思う。あの人、戦いを見とどけていたし。

 となると、やっぱりエリーがすべての原因ってことか……


「そういえば、鎖はどうなったの?」


「跡形もなく砕かれた。なにが神の遺物だ、くだらない」


 神の遺物って……いいの? そんな大事なもの壊されて。

 それはそうとして、ソラの体をすみずみまで眺める。

 ……よし、鎖の跡とかはないな。よかった。


「……ああ、そのなんだ? 敗者だし、なにも言うべきではないんだろうけどな。そういうことは、二人きりのときにやったほうがいいと思うぞ」


「えっ? なんかおかしかった?」


 さっきまでは、戦いの邪魔をされたせいか怒り心頭だったのだけど、なんか気まずそうにする獣王。

 そして、なぜか上機嫌になるソラ。


「おい、狐。こいつがすべての原因なんだろう?」


 アルドルはエリーを地面に投げ捨てた。

 胸を打ったためか、空気が抜けるような音が口から出ていく。


「その男性を捕らえることを考えたのは、私とエリーです」


「理由は?」


「最初は、獣王国繁栄のために国内で所持するために……そして、神獣様の強さを理解してからは、シャノ様を生かしてもらうための交渉のためにです」


 途中で目的が変わってたのか。

 前者はまあわかる。国で所有する男にしたいというのは、ルメイのときと同じような感じだろう。

 そして後者もまあわかる。シャノさんはソラと殺し合いをしたかったみたいだけど、ソラのほうが圧倒的に強かった。

 ソラにその気はなかったけど、万が一殺して決着をつけようとしたときに、俺と交換してシャノさんを助けたかったってところだろう。

 エリーにはそれが伝わっていなかった? あいつ、俺に獣王国のものになれって言ってきたし。


「つまり、どちらにしてもアキトを害するつもりはなかったと? おかしいな。そこの兎はアキトをいたぶろうとしていたぞ?」


「……それは本当ですか? アルドル」


 全員の視線が、ボロボロになったエリーへと向いた。

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