第140話 外付けされたスーパーエゴ

「神狼様……あなたはその男にたぶらかされています! 昔のあなたはもっと孤高であり、力の象徴でした! 獣王国の女王程度即座に始末し、神の遺物なんて使う暇も与えず、獣人を殲滅できる方でした!」


 エリーは、シャノさんでもフェリスさんでもなく、ソラにむかって懇願する。


「あなたのためを思ってのことなのです! 力の象徴であるあなたは、私たち脆弱な兎獣人たちの希望! どうか、昔のあなた様に戻ってください!」


 話を聞いていたソラは、途中から興味がなさそうに俺の腕の中に収まると、シャノさんに向けて吠えた。


「そんな! 神狼様! 私たちはあなたのために!!」


「気持ち悪いとさ、お前ら。それにもう、お前らという存在を認識するつもりもないみたいだ」


 シャノさんの言うとおり、ソラの興味はなくなっている。

 というか、そこにいない者のように、ソラはエリーさんを完全に無視していた。


「お、お前が! お前さえいなければ!!」


 こちらに叫ぶエリーだったが、シャノさんが取り押さえる。


「見てのとおり、あの二人の仲にはお前程度では割り込めないみたいだ。それよりも、落とし前はつけないといけないな」


「えっ、そんなことしなくても」


 俺が止めようとする前に、シャノさんはエリーとフェリスさんの耳を斬り裂いた。


「い、痛い!! なんで私が! 私のおかげで男を手に入れられたんじゃないか! そこの裏切者の糞猫さえ邪魔しなければ!」


 シャノさんが続けてエリーの腹を殴ると、彼女は倒れて痙攣した。

 フェリスさんはフェリスさんで、耳が千切れたのにまったく動揺していない。というかよく見たら眼帯から血が滲んでるじゃん……怖っ、もしかして片目がなくなっているんじゃ……なんだこの人たち……


「本当に悪かった。必要だったら、私の命も、この二人の命も、他の兎どもの命も、すべて差し出す」


「い、いらない! そんなもの、いらないから!」


 文化の違いというか、獣人と人間の違いをまざまざと見せつけられた気分だ。

 とにかく、そんな血なまぐさい話はもうやめてくれ。


「そうか……それと私の場合、こいつらみたいに耳を千切ってもすぐ再生してしまう。だから、再生する前に殺すようにしてくれ」


 さあ、と近くの獣人が持っていた剣を、自分の心臓に当てて俺に渡した。


「だから、そういう血なまぐさいのやめろって!」


「……本気で言っているな。だけど、やはりわずかにお前以外の意思も感じる」


 いや、本気で見たくない。そんなもの。

 というか、一般人にあんたの命なんて重いもの背負わせんな。


「シャノ、それ以上アキトに変なものを見せるな」


「アルドルか。しかし、その人をうちのものが危険にさらした。その責任はすべて私にある」


「かもしれんが、アキトに貴様の命など背負わせるな。死にたければ、アキトがいない場所で勝手に死ね」


 いやぁ……ジルドの件もあるし、知らない場所で死なれるのもできれば勘弁してくれ。

 だめだ、この話し合いはよくない。俺はソラをなで回したり、散歩するような平穏に戻れたらそれでいいんだ。


「アルドルの言うとおり、俺はもうこの件でなにかしてもらう気はないから。フウカ、アルドル、ありがとう助かった。ソラ、帰ろう」


 日常に戻るべく、俺はソラと一緒に家に帰ることにした。


「あなたが何と言おうと、この命はあなたの物だ。これから獣王国は、あなたの物として好きに使ってくれ」


「……それじゃあ、女神様に毎日祈ってくれたらそれでいいよ」


 納得していない様子のシャノさん。

 だけど、元の世界に帰りたい俺としては、それが一番ありがたいことだ。

 国をもらうとか言われても、話が大きすぎてついていけない。


    ◇


「はええ……そんなことがあったんですね」


 獣人たちと入れ替わるようにして、アリシアが車のような速さで走ってきた。

 ルピナスから事情を聞いて、こちらへと帰ってきてくれたらしい。


「なんかもう疲れたよ……なんでみんな、あんなに血が好きなんだろう」


「まったく……アキト様に変な物を見せるなんて、私が叱ってきましょうか?」


 よかった。この子はいつもと変わらない。

 やっぱり、ソラとアリシアとシルビアとルピナスという、安心できる面々と一緒に暮らせているのは、俺にとって非常に幸運だったみたいだ。


「むむ……なんとなく、アキト様からの好感度がアップした気がします。あと何ポイントでお嫁さんになれますか?」


「……1万くらい」


「がんばって溜めますね! でも、ソラ様が先ですからね!」


 相手は俺のことを好いていて、俺も相手のことを好いているか……

 シャノさんの言葉を思い返してしまう。

 俺はいつまで、この大切な子たちの好意を無視するのかな……?

 答えを出さないとと思ったが、その途端に頭の中にもやがかかる。

 考えがまとまらない……まるで、彼女たちの好意に答えてはいけないかのように……


「すまん、主様! 妾ともあろうものが!」


 考えは、世にも珍しい千鳥足の巨大な竜という衝撃で霧散した。

 シルビア……酔いながらも急いでかけつけてくれたんだな。

 背中にはルピナスも乗っている。


 ああ、これで元通りだ。

 やっぱり俺にはこの四人が必要みたいだ。


    ◇


「違和感、ですか?」


「ああ。アキト様の言葉はほとんどあの方の本心だろう。だけど、一部は本人以外の意思によるもののようだった」


 手の中の目玉をもてあそぶ。

 帰国してから、自身への罰として両目を抉ったのだが、案の定すでに再生してしまった。

 アキト様に抉った目を送ろうとも思ったが、フィオにこっぴどく叱られたのでやめることにする。

 誠意のつもりなのだがな……嫌がらせにしかなっていないらしいので、余計なことはしないでおこう。


「私には、女性にやさしく、大切にしてくれる素晴らしい方に見えましたが?」


「だから、それはあの方の本質だから嘘ではないさ。だけどおかしいだろ? 自分をさらったうえ、攻撃してきたエリーでさえ、罰することなく許そうとしていたぞ?」


 思えば、それが異常なのだ。

 私たちと違って、戦いや血を見るのが苦手というのはまだわかる。

 だけど、自分を誘拐した相手だぞ? 少しくらい負の感情をもってもいいはずだ。


「それに、どんな相手にもやさしいのに、どんな相手の好意にも応えようとしていないじゃないか。まるで、世界中の女性に都合の良い存在であり続けるためのようにな」


 ……きな臭いな。あくまでも勘でしかないが、アキト様が何者かに利用されているというのであれば、そのときこそプリズイコスは、あの方にかけた迷惑の詫びとして全てを犠牲にしてでも動こうじゃないか。


「しかし、それ抜きにしてもいい男だったなあ……フェリスを献上すればよかったか」


「そんなことしたら、この国はアキト様のお役に立つ前に滅びますよ」


 満更でもなさそうじゃないか。

 尻尾は感情を隠しきれていないぞ。

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