第128話 踵を穿つレジデュアル

「ナンデスノ? ソレ」


「鏡ジャナイノカ? ホラ、ヨク見タラオレノ顔ガ映ッテル」


「ボケボケダカラ、使イニクソウダヨ~?」


 散歩をしていると、四人の精霊がなにかを見ていた。


「どうしたんだみんな?」


「アラ、アキトジャナイ。相変ワラズ、ボケットシタ顔デスワネ。モットシャッキトナサイ」


 ミズキはなんというか、自分を頼ってもらいたがる性格のようだ。

 ことあるごとに俺の世話を焼こうとしてくるが、見た目は小さな女の子なので複雑な気分だ。


「ワ~イ。アキトダ~」


「ア、オレモオレモ~」


「……」


 そうしているうちに、フウカが俺の顔に飛びつき、ヒナタがそれに続いて胸に収まり、最後にチサトが足にしがみつく。

 一瞬のうちに、精霊三人を装備することになるのもいつものことだ。


「マッタク、シカタアリマセンワネ……」


 それに呆れるミズキも、これまたいつものことだ。

 触れることのできない精霊たちとひとしきり戯れてから、ようやく本題へと入る。


「ところで、さっきなんか見てなかった?」


「……ウン。土ノ中カラナンカ出テキタ」


 そう言ってチサトが俺に渡してきたのは、古ぼけた鏡だった。

 鏡といっても、真っ黒に汚れていてほとんど映すことができないので、かなり年季が入っている。


「アキトニアゲル」


 じろじろと見ていたからか、チサトは俺に鏡を譲ってくれた。

 いいのかなと思ったけど、四人は特に必要としていないようだし、ありがたくもらっておこう。

 しかし、俺としても使い道がないんだよなあ……

 年代物っぽいし、今度先生がきたときにでも見てもらおうかな。


「ネエネエ、ソレヨリモ遊ボウヨ~」


 鏡ばかり見ていた俺に、フウカが催促する。

 俺は一旦鏡のことを忘れて、精霊たちとかくれんぼをするのだった。


    ◇


「なんとすばしっこいやつじゃ! アリシア、そっちに行ったぞ!」


「はい! きゃあ! そんなところに入ったらだめです! そこはアキト様に触ってもらうための場所です!」


「たぶん聖女さんが変なこと言ってるって、ルピナスにもわかってきたです!」


 翌朝、目が覚めると、珍しく俺の目覚めが一番遅かったようだ。

 しかし、なんだか大騒ぎしているな。もしかしてゴキブリでも出たのだろうか。

 着替えてから急いで部屋を出て行く。

 途中で昨日拾った鏡が倒れているような気がしたが、今はみんなのところに行くのが先だ。


「どうしたの、みんな……って、アリシアなんてかっこうしているんだ!」


「今回は、私のせいじゃないと思うんですけど!?」


 俺の目に飛び込んできたのは、いつもの服を着崩して色々な場所が見えそうになっているアリシアだった。

 というか、いつも以上にボディラインが協調されていて非常に目によろしくない。

 というのも、アリシアの体には水色の巨大な蛇が巻きついているのだ。

 胸やら太ももやらに巻きついた蛇のせいで、彼女の豊満な肉体がこれでもかと強調されている。


「だいたい、アキト様は私の裸見たじゃないですか!? そのときよりも今は健全なかっこうです!」


「アリシア、混乱しているのかすごいこと言っておるぞ。お主」


「聖女さん。恥ずかしいんですね」


 アリシアに恥という概念があったのはいいのだが、まずは落ち着いてもらわなくては。


「ずいぶんと大きい蛇だな。森の中に住んでいたのかな?」


 前にシルビアが狩っていた蛇よりは小さいけど、それでも大蛇と呼べるほどの大きさはある。

 ふつうならば怖くて近づくこともできないのだが、その蛇は俺に気がつくとアリシアから離れてこちらへと近づいてきた。

 蛇は恐る恐るといったふうに、俺に頭を近づけてくるのだが、不思議と恐怖は感じない。

 というか、この感じどこかで……


 シロ? いや、ソラ?

 なんだろう。なぜか、シロとソラが脳裏に思い浮かんだ。

 ああそうか。彼女たちが頭をなでてもらうときの動作に似ているんだ。


「えっと、なでてもいいんだよね?」


 ためしに蛇の頭をなでると、蛇は目を細めて嬉しそうにしている気がした。


「シロ?」


 反応はない。


「ソラ?」


 蛇と目が合った。そして、蛇は俺の問いかけに頷いたように見えた。


「お前、ソラか?」


 念のためもう一度確認すると、やはり蛇は頷く。


「なにがあったの……」


 といっても俺にはソラの言葉はわからない。

 ならばとシルビアたちを見るも、今の状態のソラの声はシルビアたちでさえわからないようだ。


「はぁはぁ……なるほど、ソラ様だったんですね。ソラ様は縛るのがお好きと、痛いっ!」


 乱れた服を戻したアリシアがそう呟くと、ソラはアリシアに噛みついた。

 蛇になっても、その牙の鋭さは健在のようだ。

 アリシアの手の甲に小さな穴が二つできてしまった。


「まいったなあ。原因も言葉すらわからないとなると、どうやって解決すればいいんだろう」


「こうなったら、女神様の知恵をかりましょう!」


 手の甲をさすったり、ふーふーと息を吹きかけていたアリシアが、名案を思い付いたとばかりにこちらに提案してきた。

 そうだな。女神様なら色々なことを知っているだろうし、なにか解決策を教えてくれるかもしれない。


「女神様~! めがみさまー!」


 なんか、途中から呼び方雑になったな。それでいいのか聖女。

 しかし、女神様はそんなアリシアのいい加減な呼びかけにも応じてくれた。


「なによ。また変なことしたんじゃないでしょう……ね……」


 現れて最初の言葉がそれなあたり、アリシアとの関係がうかがい知れる。

 そんな女神様も予想外だったのか、蛇になったソラを見ると目をぱちくりとさせていた。

 驚いているんだろうけど、それってつまり一目でこの蛇がソラだとわかったということだよな。

 さすがは女神様だ。


「ああ……大体わかったわ。まだあんなもの残っていたのね……」


 思った以上に話が早い。というか、すごいな女神様。

 よくわからないけど、この様子だとソラがこうなった原因もわかっていそうだ。


「この蛇って、ソラなんですよね?」


「そうね、安心なさい。今日の夜には戻るでしょうから」


 それは助かるんだけど、結局なんでこんなことになったんだろうか?


「どうして、ソラ様は蛇になっちゃったんですか?」


「秋人のせいよ」


 えっ、俺のせいなの!?

 だとしたら、ソラにもアリシアにも申し訳ないことをしてしまった。

 あとでなでておこう。


「秋人。あんた昨日、古い鏡みたいなもの拾ったわね?」


 ずばりそのものを言い当てられた。

 なんで、そんなことまでわかるんだろうか。


「えっ、見ていたんですか?」


「見ていないけど、神獣にこんな影響を及ぼすなんて、あの鏡しか考えられないのよ」


 そんなすごいものだったのか、あの鏡。

 軽率に持って帰ってしまって、本当に悪いことをしてしまった。


「あれ、なんなんですか?」


「多分、あんたが持って帰ったのは、神の遺物の一つね」


「神の遺物?」


 なんかすごそうな名前が出てきた。


「昔いた神たちが作った道具よ。さすがにこの狼にもある程度の効果はあるようね」


 女神様が作ったのかと思ったけど、この言い方からすると他の神様なんだろうか?

 もしかして、昔はもっとたくさんの神様がいたのかもしれないな。


「まあ、大方あんたが気づかないうちに、神の遺物が起動したのを、この狼が身を挺してかばったとかでしょうね」


「そうだったのか……ごめんなソラ。俺のせいで」


 ソラは俺の顔を蛇特有の長い舌で舐めてくれた。

 こんなことになっても怒っていないとは、本当に良い子だ。


「でも、もう神気は感じないし、どうやらこれが最後だったみたいね。もう起動はしないだろうから、適当に処分しちゃっていいわよ」


 それなら、部屋に飾っておくとするか。

 チサトたちがくれたものなので、安易に処分してしまうのも気が引ける。


「それにしても、ソラにも通用するとか神様たちってすごいんですね」


「一応、神だからね。私だって力を失っていなければ、そこの狼にも負けないわよ」


 思っていたよりも、かなりすごかった。

 いや、むしろ神様と互角っぽいソラがすごいのか?


「まあ、今の私はそこの狼の相手はできないけど、神なんて神格がない相手からの攻撃では死なないからね。互いに有効的な攻撃もできない泥仕合になると思うわ」


「ソラって神獣って言ってませんでしたっけ? それなら、その神格っていうのあるんじゃないですか?」


 なんか知らず知らずのうちに、女神様とソラが戦う話みたいになってしまった。

 でも、また知らない言葉が出てきたので、なんとなく聞いてみる。


「神獣は厳密には神というか、神候補みたいなものなのよ。だから、そいつもさっさと神に昇華しちゃえばいいのに、いつまでたっても拒み続けているからねえ……」


 うちの愛犬が思ったよりすごい存在だった。


「そうか、お前すごいやつだったんだな。ソラ」


 頭をなでると、その長い体が俺に巻きついてきた。

 中身がソラってわかっているからいいけど、これ知らない蛇にやられてたら本気で怖かったな。

 捕食寸前の状況じゃん。


「あんたたちは、それでいいのかもね」


 そんな俺たちの様子を見て、女神様は困ったように微笑むのだった。

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