第127話 非売品のデコレーション
「お前も大変だな、ノーラ。ここんところ、この国と禁域の森を往復し続けているんだろ?」
「いや、私は別にそれでもよかったんだが、アキトのやつが気を遣って移動手段を用意した」
「馬車でも用意してくれたのか?」
「いや……」
二人のドワーフが会話をしていると、二人を隠すように影が落ちる。
なにごとかと上空を見上げたドワーフは、その原因を目の当たりにして固まった。
――竜だ。それも古竜。
岩のような身体をした巨大な竜が、こちらへと降りてきている。
撃退するだけの装備は手元にはない。
すぐにこの場から離れて仲間たちを集めなければと思うが、気づくのが遅すぎた。
先ほどまで話していたもう一人のドワーフを見ると、彼女も困ったような顔をしていた。
「まだ早えよ。昼になってからって言っただろうが」
「いえ、今すぐに向かえば、その分アキト様とお会いできる時間が増えるのではないですか?」
「そりゃあ、増えるだろうが……向こうの都合も考えろよ。嫌われるぞ」
「すみませんでした。昼にまたきます」
……なんか、思ってたのと違うな。
というか、ノーラのやつのほうが力関係が上にさえ見えた。
ドワーフが竜を撃退するには、専用の装備で全身を固め必要があるのだが、武器一つもっていないドワーフがああも簡単に竜を追い返せるものなのか。
「……知り合いか?」
「私の移動手段のラピスだ」
なるほど、どうやら友人は知らないうちにとんでもない状況になっていたらしい。
移動手段を用意したと言っていたが、それが古竜だとは誰が想像できよう。
用意するやつも用意するやつだ。
アキトとやらは、とんでもない権力を有しているようだな。
「そうだ。ちょうどよかった。あいつからの預かりものだ」
そう言って手渡されたのは、円形の小型の盾。いわゆるバックラーと呼ばれるものだった。
ノーラが作ったにしてはあまりにも不完全なそれは、よくよく見ると自分だけが知る製造法により、特別な力を秘めている。
……これは、まさか例のあれか?
「ほら、これも受け取れ」
盾とは別に手紙を渡され、その場で中身をあらためる。
やっぱりそうだ。
この盾はノーラの弟子の人間が作ったものだ。
無論、一人で作り上げることは困難なので、ノーラに見てもらいながらではあるらしいが、精霊と五人だけで作ったらしい。
丁寧にも、製造工程における感想と、私の盾への感想、そして感謝の言葉がつらつらと綴られていた。
……男のくせに随分と変わったやつだな。なるほど、他の男とは違う。
「おい、ノーラ」
「なんだ?」
「私もこいつに会いたい」
「だめだ」
取り付く島もないとはこのことだ。
ドワーフたちの間で、ノーラの弟子好きはすでに有名だ。
あの堅物が男にのめり込んだなんて、笑い話にもされていたのだが、なるほどこれはノーラのことを笑えない。
「なんでだよ。私だってアキトに直接会って色々教えてえよ」
「だからだめなんだ。あいつは私の弟子だ」
仕方がない。出遅れた自分が悪い。
そう切り替えて、直接会うことを諦めると、立ち去るノーラを引き留める。
「ちょっと待ってろ。いや、ちょっとじゃないから、うちで茶でも飲んで待ってろ」
「……はあ、わかったよ」
ノーラはそれを拒否しない。引き留めた理由すら聞きはしない。
もう慣れたから、いちいち確認するつもりはない。
アキトは律義にも手紙を送る。それを受け取ったドワーフたちは、全員が全員返事をノーラに託すのだ。
それがわかっているため、ノーラはアキトを独り占めしている負い目もあり、彼女たちの頼みを断ることはしなかった。
そんなノーラの手に手紙が渡るのは、実に一時間後のことだった。
「まあ、気持ちはわかるけどな……毎回この量の手紙を運ぶのか」
まるで、郵便配達だとノーラは笑う。
ラピスがノーラを訪問する昼の時間まで、彼女はドワーフたちからの手紙を回収し続けるのだった。
◇
「なんか、最近この国おかしくない?」
「おかしいってなにが?」
道を歩く二人の獣人はそんな会話を交わしていた。
使い込まれた装備とその風貌から、ベテランの冒険者であることがうかがい知れる。
装備の新調か、あるいは掘り出し物でも探そうかと、二人は朝から店を回っていた。
そこで、一つだけ気になることがあったのだ。
「なんか、どの店にも品位を下げるような、質の劣った品物が置いてなかった?」
「あ~、あの売り物じゃないって言われたやつね。あれ、なんだったのかしら?」
思い出すのは、店で一番目立つように飾られた品々。
店ごとに飾っているものは異なるが、そのどれにも共通することがあった。
まず、二人が話したように、明らかに店に置いてある品よりも品質が低い。
なぜ店のレベルを下げるような、低品質なものをわざわざ大事そうに飾るのか。
「魔導具だったとか? 聞いても教えてくれなかったのよね。どの店も」
「でも、大切そうにしていたし、下手に口出ししないほうがいいわね」
彼女たちはベテランの冒険者。
不用意な発言でトラブルを招くような真似は、可能な限り避けるようにしている。
そのおかげで、あれがなんだったのか謎は残るものの、彼女たちはドワーフの国で無事買い物を終えるのだった。
「店長。これ精霊の力が込められているわね?」
一方で、目ざとくその品に込められた力を見抜く者もいる。
「なんだ、わかるのか。だが売り物じゃねえからな」
「……どうしても?」
それでも、その人間は食い下がる。
ドワーフの店主はなかなか見る目があると喜ぶ半面、決して手放す気はない品を欲する客に、どうしたものかと頭を悩ませていた。
「これ、初めて見るけど噂の男が作った品でしょう? どうやったら、私も手に入れることができるのかしら?」
「そこまでわかっているのかよ。だが、残念ながら私にもどうにもならねえよ。それこそ、禁域の森に行って直接依頼でもしないかぎりな」
例の男は剣だけでなく、様々な武器や防具まで作れるようになったらしい。
ドワーフの国から広まった噂は、剣を扱えないからと諦めていた者たちを再起させる。
しかし、剣以外は売り物として取引されていないため、世の女性たちは再度禁域の森へと押し寄せては、妙に強いオーガやハーピーたちに敗北し、逃げ帰るのだった。
◇
「はあ、どおりで急に信仰する子が増えたわけね」
「エルフはもうどうしようもないにしても、ドワーフまでこうなるとは思いませんでした」
「いや、そりゃなるじゃろ。ドワーフどもの製造法を試して、出来上がった物を贈って、丁寧に手紙でやり取りとか、ドワーフどもに崇拝もされるわ」
「アキト様が自分の渡した製法を選んでくれるか、ちょっとしたくじのようになっているみたいですよ? 当選したら、周囲から羨まれるそうです」
思ったよりやばい信仰だね。それ。
アイドルじゃないんだから、ドワーフたちにはいま一度正気に戻ってもらいたい。
「ドワーフだけじゃないわ。いろんな種族たちからの信仰も増えてきているみたい」
「なにもしていないのに変ですねえ」
不思議そうに首をかしげるアリシアだが、俺も同じ気持ちだ。
たしかに、ドワーフたちはまだわからなくもない。
でも、それ以外の種族から急に信仰される覚えはないな。
女神様自身やリティアが、なにかしらの活動をした結果じゃないだろうか。
「そういえば、最近ここに侵入する人たちが増えたんでしたっけ?」
アリシアは便宜上、人たちと言ったけど、種族は様々らしい。
人間に獣人に水棲種、エルフやドワーフに、果ては竜までと千客万来だ。
「気骨あふれる者はおらんようじゃがな。あの程度で諦めるようでは、主様に会うことはできぬ」
「もしかして、またアキト様の噂が流れて、世の女性たちの話題になっているんじゃないですか?」
「なにもしていないのに?」
「それだけアキト様の偉大さが、みなさんに伝わってきたということです!」
その言い方だと、いよいよ怪しい宗教みたいだからやめてもらいたい。
「まあ、もらえるものはもらっておきましょう。おかげで目標に近づけているわけだしね」
釈然としないが、女神様が力を取り戻しているのも事実なので、俺は現状を受け入れることとした。
しかし、それだけ色んな人たちからの祈りをもってしても、まだ女神様は力を取り戻せないのか。
思ってた以上に困難な道のりだな……
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