第126話 きびだんごを前にすれば、犬と猿も争わない

「やりやがったな、お前!」


「な、なんですか!? あ、ソラをなでる時間なんで、もう少しだけ待っててもらえますか?」


「お、おう。邪魔して悪い」


 至福の時だ。この毛並みのためにがんばっている。

 そして、今日という日をがんばれるというものだ。


「うわぁ……お、おいそんなところまで?」


「ノーラさん。あれがふつうです」


「で、でも……」


「あれがふつうじゃ」


「わ、私がおかしいのか……?」


 少々騒がしくても俺たちは揺るがない。

 腹を撫でるときは特に集中するのだ。力加減によってはくすぐったいだろうからな。

 せっかく俺に懐いて無防備な姿を晒してくれているのだから、その期待を裏切るわけにはいかない。


 堪能する。俺もソラも互いに楽しむ。

 だけど、残念だったな。

 ソラよ。ここから先はお前へのお仕置きだ。


「ソラ。お前、俺のこと森の王様にしようとしただろ」


 耳がピクッと動く。

 ああもう、かわいいな。だけどここは心を鬼にするんだ。


「反省するまでは、ここから先はお預けだ」


 ソラの葛藤が伝わってくる。

 おかしい……もう王様にしませんって反省して終わるところだろ。ここは。

 困ったようにその場でぐるぐると歩き回るソラが、だんだんとかわいそうになってくる。

 それは、俺だけじゃないみたいだった。


「アキト様、ひどいです! ソラ様がかわいそうです!」


「のう主様。神狼様のことを許してはくれんかのう……」


「人間さん。いじわるはだめですよ?」


 おかしい……なんか俺が悪者みたいになっている。

 結局、みんなの圧に負けて、俺はソラをいつも以上になで回した。

 なるほど……これが、森の侵入者たちが感じていたプレッシャーなのか。


    ◇


「すみません。お待たせしました」


「いや、いいんだけど……えっ、あんなことを毎日……?」


 少しどころではすまなかったので、先生に謝る。すると、とても微妙な表情をされた。

 先生の顔が赤い。怒らせてしまったのかもしれない。


「あの、なにか用事があったんじゃないですか?」


「あ、ああ……えっと、ああ、そうだ。エルフの国の使者がうちの国にきたらしい」


 若干混乱した様子だったが、先生は調子を取り戻しつつ教えてくれた。

 えっ、ジルドのやつもう回復したのか? それとも代理の王様の方針?

 もしかして、うちの森は後回しにして、ドワーフの国に喧嘩を売ろうとしているんじゃないだろうな。


「大丈夫だったんですか? なんか、危ないことはありませんでした?」


「私たちも最初は警戒していたが、拍子抜けするほど平和に終わったぞ。なんでも、これまでのことは水に流して、同じ男性を信仰する者同士仲よくしようだとよ。――これ、お前のことだろ」


 これは絶対ジルドじゃなくて、代理の人が決めたことだ。

 まあ、仲良くしてほしいってのはそのとおりだし、あながち悪い話じゃないから、なんとも困った話だ。


「この前、一部のエルフたちに信仰されました」


「お前……ついに人間やめたのか」


 そんな馬鹿な。俺ほど人間らしい人間はいないというのに。


「というか、一部じゃないだろ。エルフの国の総意と言っていたし、本当に国民一人残らずお前の信者になってたぞ」


「う……知らないところで、信者が増えている」


 いや、全員ではない。少なくとも一人は絶対に、俺の信者になんかならないじゃないか。


「でもジルドは違うから、国民一人残らずってわけでは……」


「死んだらしいぞ。そいつ」


「えっ……?」


 死んだって……あの後すぐにってことだよな。

 なんとも言い難い感情にもやもやする。

 死んで当然なんて言葉は使いたくないけど、それほどの恨みを買っていそうなのも事実だし……

 せめてこれを機に、エルフの国が良い方向に発展することを願おう。


「すみません……話をそらしてしまって」


「……まあ、なんだ。お前が気に病んだり、責任を感じることはないからな。変なもんを背負おうとするなよ?」


「はい。ありがとうございます」


 お見通しだった。さすがは先生だ。


「それで話は戻るが、うちの連中がうるさい」


「うちの連中って、先生の家の人たちがですか?」


「いや、国中の全員がうるさい。お前に会わせろって、女王すらうるさい」


 なんで?


「ドワーフのみんなに会いたいと思われるようなこと、しましたっけ?」


「エルフどもが、お前のすばらしさを口々に語っているのを聞いて、男に興味がないうちの馬鹿どもも、お前に興味がわいたみたいだな」


 俺のすばらしさ……変に誇張されていないか、非常に心配なところではある。


「えっと……ここにきてくれるなら会いますけど?」


「だめだ! あいつらには渡さん」


「渡す?」


「い、いや……違う。その、そう! お前は私の弟子だ! だから、あいつらに口出しされると、お前の成長を妨げる恐れがある」


 さすが先生だ。頼りになる。

 ちゃんと俺の成長を考えてくれてのことだった。


「そう……それだけだ。別に、私以外を先生と呼ばれたらムカつくとか、私よりいい先生を見つけられて捨てられたくないとか、かわいい弟子を一人占めしたいとか、そんなことは考えていない! 悪いか!?」


「あ、はい……」


 なんか、すごいまくし立てられた。

 小声だったし、早口で途中の大声以外はよくわからなかったけど、とりあえずは、俺の鍛冶のことを考えてのことみたいだ。


「ありがとうございます。これからもがんばります」


「よしよし。お前はそれでいいんだ」


 頭をなでられた。

 ふむ……珍しい。普段ソラをさんざんなでているが、俺自身がなでられるだなんて初めてだ。

 見た目はちっちゃい女の子だから、なんか大人ぶって背伸びしているみたいで微笑ましい。


「お前に会うのは難しいと言ったら、これを渡された」


 先生が大きなリュックから取り出したのは、数々の紙や本。

 図面? 武器や防具、装飾品類の製造法?


「せめて、お前に自分たちの秘伝の製造法を教えたいんだとよ。ちゃんとすべて目を通して、お前の成長の邪魔になるような物がないことは確認してある。だから、適当に好きな物を作っていいぞ」


 秘伝? それって、俺みたいな素人に教えちゃだめだろ。

 思った以上に貴重品じゃないか……


「あの……さすがにこれはだめじゃないですか?」


「言ったろ。馬鹿なんだ、全員。まあ、気負う必要はないが、暇なときに適当に作ってやれ。そうすればあいつらも満足するだろうし、そうしたらうちでもお前のことを信仰するかもな」


 冗談のつもりで言ったのだろうけど、エルフたちの件を思うと笑えない……

 いや、前向きに考えろ。

 俺だけじゃなくて、女神様も信仰してくださいねって伝えておけば、俺が元の世界に帰るのも一歩前進する。

 先生には、絶対に女神様も信仰するよう伝えてもらわなきゃな。


 ……とりあえず、色々と作ってみよう。

 第二のアリシアソードにだけはしないよう、俺は細心の注意を払いながら、もらった資料を読み始めるのだった。

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