第125話 雪解けの改宗

「魔力が……私の魔力が……」


 目を虚ろにして、壊れたようにぶつぶつとそれだけを繰り返す。

 ガタガタと震える姿は、まるで何かに怯えるようで見る影もない。

 なんだか気の毒に……いや、ルチアさんや仲間のエルフたちにしたことを考えると、命があるだけましだろう。


「ところで、アリシアはなんでジルドの魔力を奪えたの?」


「アリシアソードの隠された機能で……」


「それはもういいから」


「そのエルフが魔力を奪うところを見たので、真似してみたらできました」


 魔力の知識とか技術とかって、そんな簡単にどうにかなるものなの?

 ジルドが正気だったら、卒倒しそうな発言に思える。


「それじゃあ、魔法が使えるまで何年もかかるってこと?」


「そうですね。このエルフが他のエルフたちにしたみたいに、枯渇した魔力は数年かけて戻さないといけません」


 ジルドのせいで何人ものエルフが老衰して死んでいる。

 それに、俺が助けにいったエルフたちだって、この森の中で魔力を失って死を覚悟していた。現に俺が助けたら神様みたいに扱われた。

 なによりも、過去にルチアさんたちにもひどいことをしていたようだし……

 たかだか数年程度、力を失うだけですむのなら、やっぱり全然ましなほうだよな。


「これ、返しておくね」


「ひっ! く、くるなっ!」


 魔剣だったものをジルドに渡そうとする。

 しかし、俺が近づいただけで怯えた様子で後ずさる。

 あれだけ自信に満ちていたのに、魔力がなくなったらここまで変わるのか。


「アキト様。私があずかっておきます」


 その声に振り返ると、ジルドと共にきたエルフたちが土下座していた。

 だから、そういうのやめてくれって。


「えっと……じゃあ、ジルドに返しておいて」


「ええ、必ず」


 うやうやしく俺から剣を受け取るエルフの女性。

 頭はまだ上げてくれない。


「とりあえず、その土下座やめない?」


「私たちは、愚かにもアキト様に害をなそうとし、アキト様に命を救われた身……あなた様にあわせる顔がありません」


 助けて女神様。

 また、俺への信仰を肩代わりしてください。


 結局、エルフたちは俺への信仰をやめようとしなかった。

 頼みの綱の女神様へ押しつける手法も、俺と女神様を信仰すると言われてしまった。


「エルフの国は、この後どうなるんだろう……」


 国に帰ることになったのはいいが、森のみんなどころか自分の部下たちにさえ怯えて逃げようとするジルド。

 そんなジルドを引きずるようにして連れ帰っていったエルフたち。

 王様と部下の関係はすでに崩壊しているように見えた。そもそも、王様があの様子だと国はどうなってしまうのか非常に心配だ。


「おそらく、国王の代理が立てられるのでしょうね」


 あまり興味がなさそうに、ルチアさんがそう言った。


「ルチアさんは国に帰らなくてよかったの? 今なら、ジルドに支配されずにすむんじゃない?」


「あ、あの! 私たちがこの森にいるのは迷惑でしょうか!?」


「いや、ルチアさんたちがこの森にいてくれるのなら、俺も嬉しいけど……」


 すごい剣幕だった。

 この森で生活していた期間のほうが長いし、愛着がわいているのかもしれない。


「ありがとうございます。それでしたら、私たちは未来永劫アキトさんとともに、この森で生きていきます」


 いや、俺いつか帰るからね?

 まあ、それまでの間は今後ともよろしくということで……


「これからもよろしくね。ルチアさん」


「はい。私たちエルフは、あなたのものですアキト様……」


 それはやめて。


    ◇


 たしかに、王としての差を見せつけられた。

 あの森に向かう前に言われていたとおりだった。

 でも……その結果は真逆。


 王としてふさわしいのはこれじゃない。

 たしかに知識は認める。技術も私たちでは足元にも及ばない。

 確固たる自信を裏付けるだけの力もあった。

 エルフの地位を向上するという言葉も嘘ではなかっただろう。


 だけど、私たちは道具じゃない。

 馬鹿な話だ。国を出るまで、そんな簡単なことにも気づけなくなっていた。

 長い間エルフの国にこもっていた結果、私たちは思想を書き換えられていたらしい。

 なにが洗脳魔法だか……そんなもの使えなくても、洗脳がずいぶんと得意じゃない。


「ジルド様……城につきましたよ」


 玉座に運ばれる姿は、まるで介護されているかのよう。

 私だけでなくみんな正気を取り戻したみたいで、そんなジルドに興味もなさそうに去っていく。


 無様なものね……魔力に依存してしまっている。

 だから、魔力を失った瞬間にすべてが怖くなったんでしょう。


「ジルド様。アキト様より剣をあずかっております」


 反応はない。

 もはや、怯えることさえできなくなっているみたいだ。

 私は強引に剣を押しつけるも、人形のようになってしまい反応はなく、ただぶつぶつとつぶやくだけだった。

 しかたない……一応約束は果たしたことだし、私もこの部屋から立ち去ろう。


 いいなあ……あの森に住んでいるエルフ。うらやましいなあ。

 いつか、私たちもあの森のエルフのようになれるだろうか。

 アキト様……もう一度会いたい。

 そうだ。まだがんばれる。あの人に胸を張って会えるように、崩れかけているこの国をなんとか立て直そう。

 そう思った最中、背後から大声が聞こえてきた。


「あ、あんたが悪いんだから!」


 逃げていく顔には見覚えがある。

 彼女はたしか……あの森で死んだ仲間の妹……

 何が起こっているのかわからず、彼女が走ってきた方向を振り返る。


 そこには心臓を剣で貫かれて、もう二度と動かなくなったジルドがいた。

 私たちは、誰も彼女を責めることができなかった。


    ◇


「あったまきたわ! 逃げ足ばっかり早いんだから!」


「せっかく面白そうな獲物だったのに残念です」


「しまった……そんな面白そうなエルフがいるのなら、私たちも見に行けばよかったわ」


「それ、絶対見るだけじゃないわよね……」


 もうさすがに慣れてきた種族代表同士のお茶会。

 やけに楽しそうな様子で彼女たちが語るのは、森に侵入したので戦ってみたら意外と強かったエルフの話。


 すごいですね……

 この面々相手に撃退というか、逃げきれたんですか。ジルド。

 やっぱり、やったことと性格は最低ですけど、実力はたしかなものだったんですよね。

 ほんの少しだけ、見直して……見直し……

 あれです。私がアキト様をお慕いしていると、認めるきっかけになったことは感謝しましょう。


「あら、なんか嬉しそうね。もしかして、あのエルフあんたのいい人だった?」


「やめてください! 私はアキトさん一筋です!」


 あ、これはその……違うんですよ?

 アカネさんは私に大声で反論されたというのに、機嫌を損ねた様子はありません。

 それどころか、さっきよりも楽しそうにニヤニヤしています。


「な~に? ついに素直になれたの? よかったわねえ」


「わ、悪いですか!? 私の王様はアキトさんだけですから!」


 ああ、もう。自分でも何を言ってるのかわからないです。

 なんで、こんなに……これじゃあまるで200歳程度の小娘みたいじゃないですか。もっと落ち着いて話さないといけませんね……


 そうだ、指輪を見つめましょう。

 アリシアさんも言っていたじゃないですか。

 この指輪さえ見れば、勇気と……欲望が……?


 欲望。

 ええっと……だ、抱いてもらうとかでしょうか!?

 そんな、アキトさん。あなたには神狼様やアリシアさんが……


「えっと、なんかごめんね?」


「もう、からかいすぎよアカネ。真っ赤になって固まっちゃったじゃない」


「まあ、本人が幸せそうだし、いいんじゃないかしら?」


 ええ、私はいまとっても幸せです。

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