第124話 盆に返せるものなら返したい覆水

「精霊といえど魔力に限界はあるだろう。そのときが貴様らの最期だ」


 ひっきりなしに、ジルドが魔法を使って攻撃してくる。

 相変わらず精霊たちはそれを仲良く処理してくれているため、俺に危険はないが、ジルドの魔力って精霊四人よりも上なの?


 いや、なんか途中で回復しているってルチアさんが言っていたな。

 仲間たちから吸収する以外にも、回復手段があったということか。

 魔力回復薬とか持っているのかもしれない。


「貴様も、あの女も、森の王さえも、この膨大な魔力量の前では敵ではない!」


 ジルドがなんか真っ黒な剣を取り出して、高らかに宣言した。

 すごいな。めちゃくちゃ自信たっぷりだ。


 それにしてもよかった。

 俺じゃなくて、ちゃんとソラの方が森の王だと認識してくれている。

 アリシアの出まかせに騙されていないみたいだ。


「ん? エルフって剣で戦うんだ?」


 それもそうか。たしかエルフの村では剣とか槍とかの訓練していたからな。

 なんか魔法が得意って印象から、魔法だけで戦う気がしてしまったと一人納得する。


「ちっ、いつまでもそんな余裕でいられると思うなよ」


 やることないんだよ。こっちは。

 がんばってるのジルドと精霊だけじゃん。

 ただの足手まといを守ってくれている精霊たちを見ると、肩身が狭い。


 だから、こうして目の前で色々と観察するくらいしかできないんだ。

 そういえば、ああいう黒い剣見たことあるな。

 先生が持ってきた魔剣も、色こそ違うけどあんな感じでぶっちゃけキモかった。


「魔剣って、魔力溜まりすぎて暴発しそうなんだっけ。危なくない?」


「ほう、その程度の知識はあったか。だがやはり愚かだな。この私が暴発などさせるはずがないだろう」


 まあ、自爆するようなやつじゃないしな。

 腐っても優秀な頭脳と技術の持ち主みたいだし。


「臨界寸前の魔剣だろうと、魔力を吸収し続ければ暴発することもない。そして、遥か昔より蓄え続けた魔力は私が有効活用してやっている。使えないガラクタの存在価値を見出してやったのだ。そこの愚図どものようにな」


 臨界寸前って字面からして絶対やばいだろ。離せよそんな危険な物。

 もうこの時点で、俺はあの危険物を処理することしか考えていなかった。


「貴様らがいくら強かろうが関係ない。力尽きるまでつきあってやろう!」


「フウカ。ちょっとあの剣掴みたいんだけど、できる?」


「ワカッタ~」


 背中を押すように風が吹く。

 人間一人を軽々と運ぶその風は、一瞬で俺をジルドの目の前へと移動させてくれる。

 さっきまで距離を置いての魔法合戦をしていたからか、ジルドもまさかそんな行動に出るとは思っていなかったらしい。

 とっさの反応ができないジルドから、俺は魔剣を奪った。


「貴様、聞いていなかったのか!? それは臨界寸前の魔剣だぞ! よもや暴発させて相打ちとでも言うつもりか!!」


 珍しく焦っているな。

 思えば、ジルドって怒っているか、偉そうにしているか、そのどちらかだったな。


「うわっ……すごい気持ち悪い。今までで一番気持ち悪いかも」


 魔力が多すぎるからか、臨界寸前とやらだからか、俺の体内に流される魔力は非常に不快なものだった。

 でも、問題なさそうだな。先生とアルドルのときに試せてよかった。


「馬鹿な……私以外に、他者の魔力を体内に取り入れられる者がいるはずは……いや、そもそもそれほどの量を扱えるだと……私に勝るというのか」


 そういえば、いろいろな人たちの魔力を吸収しても無事だったよな。ジルドのやつ。

 それなら、俺みたいに魔力の暴走を治せる可能性だってあったのに、なんでこんなやつになっちゃったんだか……

 もったいないやつだ、本当に。


「勝負はつきましたね。これでアキト様こそ、この森の王様で私たちの旦那様です」


「待てって、なんかもう全部違うから」


 私たちって言っていたけど一夫多妻制なの? この世界。

 いや、男少ないからその制度は普通にありそうだな。

 下手に聞いたらやぶへびだろうし、そこは聞かないでおこう。


「認めるか……私こそが王だ。貴様ら下等種族程度が、私に勝っているなどと認めるものか!」


 またも魔法で攻撃される。

 アリシアが防ぎ、精霊たちが消し去る。

 さっきよりも安全な状況になり、いよいよ戦いというていを成していない。


 というか、そんなばかすかと魔力を使ったら……

 あ、魔法が発動しなくなっている。

 やっぱり、魔力がなくなりかけているみたいだな。


「まだだ……魔力を……魔力をよこせ」


 ぶつぶつと小声でつぶやくジルドは、明らかに様子がおかしい。

 そんなジルドの目線の先にいるのは、ジルドの仲間たち。

 俺が魔力を回復してここに連れてきたエルフたちだ。


「どうせ回復手段があるのだろう!? ならば、消耗品どもよ! 貴様らの魔力を私によこせ!」


 もう魔力がないせいか、ジルドは走ってエルフたちに近づく。

 さすがに止めに入ろうとしたが、俺より先に動く人が見えた。

 ――ルチアさんだ。


「見苦しいですよ! あなたはこの者たちを見捨てたはず。私もこの者たちも、もはやあなたの物ではありません!」


「うるさいぞ消耗品風情が! 貴様らのすべては王である私の物のはずだ!」


「私の王はアキトさんです! あなたではありません!」


 ルチアさん。あなたもか……

 否定したい気持ちでいっぱいなんだが、さすがにこの状況で否定するのはよろしくないよなあ……

 決めた。何も言わないでおこう。


 それにしても、ルチアさんって強い人だな。

 ジルドが襲いかかっても、アリシアみたいに魔力で壁を作って防いでいる。

 ジルドにひどいことをされたはずなのに、あんなに堂々と対峙できているなんて、心が強い人だ。


 それにしても、しばしば指輪を見ているけれど、精霊たちの魔力でも使っているんだろうか?


「ほら、勇気が湧いてきますよね?」


 そんなルチアさんを守るように、アリシアが二人の間に割って入る。

 あいつ……アリシアソードを持っているぞ。

 嫌な予感しかしない。そんな俺の直感は正解だった。


「ふっ、今宵のアリシアソードは血に飢えています」


 何に影響されたの。ほんとに。


「アリシア。アリシア?」


「アキト様。今の私は残念ながら聖女アリシアではありません」


 お前が聖女だったことなんて、ハーピーの巣とラミアの洞窟くらいだよ。


「今の私は勇者アリシアなのです」


 まじで早計だった。

 アリシアソードなんて作るもんじゃない。

 アリシアとかいうやばいやつが止まらない。


「に、人間ごときがエルフの王である私を殺すというのか……」


「命までは奪いません。ですが、アリシアソードはあなたの魔力を所望しています」


 知らない。そんな機能俺は知らない。


「ちょっとチクッとしますからね~」


「ぐうっ!!」


 チクッなんてもんじゃない。ザクッとしたぞ。

 もしかして、アリシアもわりとジルドに対して怒っているのか?

 ……なんか剣光ってない? なにそれ、本当に魔力を吸い取ってるってこと?


「ま、まて! 私の魔力をどうするつもりだ!!」


「この魔力はいずれ森の草木を癒し、大地を豊かにし、再びこの森をなんかこう、いい感じにします」


 まあ、たしかにジルドの魔法で森の一部が荒れちゃってるけどさあ。

 適当なこと言ってない?

 アリシアが本心から森を元に戻そうとしているのか、それともいつもの奇行なのか、もはや俺にはわからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る