第123話 舞台に上がらず最前列で見物する魔法合戦

「防いだ……? いや、間違いなく魔法を受けたはず……」


「当然です! なぜなら、私のアキト様への愛は無限に溢れていますから! 消されてもすぐに元通りです。いえ、そもそも消されるほどやわじゃないのです!」


 自信満々にそう言うアリシアさんは、どう見てもいつもと変わらないアリシアさんでした。

 ですが、ちょっと言いたいことがわかりません……


「えぇ……あいかわらずめちゃくちゃね。あいつ」


 しかし、リティアさんにはそれだけで理解できたようです。

 洗脳魔法の元々の使い手だからか、あるいはアリシアさんと長い付き合いだからでしょうか。


「あの……どういうことでしょうか?」


「えっとね。洗脳魔法ってまず最初に思想を消しちゃうの。それで、空っぽになった状態の相手を、自分の都合の良い思想で書き換えてしまう」


 そのような手順だったのですね。

 つまりアリシアさんのさっきの発言は……


「思想を書き換える前に、アキトさんのことを思い出せるってことですか? それと、アキトさんへの想いが強すぎて、そもそも最初の工程からして効いていないと……」


 わりとこの森の大多数の方が、同じことをできるような気がしてきました。

 リティアさんもそう思ったのか、自分の魔法への自信が揺らいできているようです。


「大丈夫。あいつはおかしいから、おかしいのはあいつだけだから……」


 ああ、リティアさんが大変なことになってしまっています……


「ふざけるな……そんなくだらない理由で私に勝ったつもりか!」


 アリシアさんに傷一つつけられず、洗脳さえ通用しない。

 その事実はジルドを苛立たせたらしく、ジルドはさらに魔力を解放しました。

 配下の者たちは皆倒れてしまったというのに、いったいどうやってあれほどの魔力を……


「ただいま~。なんか騒がしいね……うわっ、ジルド来てるじゃん」


 そんな折、突然聞こえてきた場違いともいえる声に、私はとても安心したのでした。


    ◇


 会ったことはないけど、まあ見ればわかる。

 エルフだし、男だし、あのエルフがジルドってやつなんだろう。

 村に戻ったら遭遇してしまったけど、まさか、ルチアさんたちにちょっかいをかけにきたんじゃないだろうな……


「やはりくだらない存在だな。こんな男のどこが王にふさわしいというのだ」


 なんか、開口一番に罵倒された。

 俺が王にふさわしくないってのは納得できる。だけど、自分の仲間のエルフを使い捨てにするこいつがふさわしいかと言うと……

 まあ、俺たちはどっちも王様なんて器じゃないってことだろう。


「ふふん。アキト様は王様にふさわしい人です。見てください。あなたが見捨てたエルフたちも救っているじゃないですか」


 ジルドは、アリシアに言われてようやく気がついたとばかりに、俺の後ろにいるエルフたちを見た。

 一度興味を失ったものには、とことん興味がないんだな。


「なにを言っている。無駄なく魔力をすべて利用してやっただろう。使い終わった道具を捨てることに、とやかく言われる必要は……ん? どうなっている。なぜ、そいつらの魔力が回復しているのだ」


「あのままじゃ死にそうだったから、なんとかの実を食べさせて助けたんだよ」


「ポーナの実です」


 アリシアが補足してくれた。そうそう、そんな名前だ。

 魔力が回復したことでこちらへ興味をもったジルドだったが、その名前を聞いた途端にまた不快そうに眉をひそめた。


「まさか、神の果実のことを言っているのか。それをこんな死にぞこないどもを助けるために消費しただと? やはり貴様ではだめだ。この森も神の果実も私が支配し、効率よく使ってやる」


 ジルドがこちらに手をかざす。

 俺にはわからないけど、きっと魔法を使う準備をしているんだろうな。

 徐々にその姿が見えてくる。

 風と火と土と水。俺がふだんからお世話になっている四つの力が、俺に向けられる。


「精霊の力を得た私こそが王にふさわしい。貴様程度これで終わりだ」


 四属性か。アルドルの二属性もいいけど、やっぱり精霊たちの魔法って綺麗だな。

 迫りくる魔法を見ても、俺はそんな感想しか出てこない。

 本当だったら自分の身に迫る危険な力ということで、ものすごく怖いものなんだろうけど、どうにも精霊の力が俺を害するとは思えなかった。


「アノエルフ、私ノ魔力勝手ニ使ッテル~!」


「オレノ魔力ハドワーフドモト、アキトノモノダゾ!」


「……私タチノコト、ツケ回シテイタノ? 不気味……」


「ソレッポチノ魔力デ精霊ノ力ナンテ言ワレタラ、精霊ガ誤解サレテシマイマスワ!」


 なんか、いっぱい出てきたぞ。

 いつも鍛冶をするときは、もう少し離れた場所から出現していたけど、今回は一斉に手の甲の模様から出てきた。

 そのせいで、ものすごく密集した状態だ。

 まあ、そのおかげでジルドの攻撃はこっちに届かなかったわけだし、今は感謝しよう。


「ありがとうな。みんなのおかげで助かったよ」


 ジルドの魔法もすごかったんだろうけど、さすがに精霊本人のほうが力は上のようだ。

 ジルドにものすごい目つきで睨まれる。恨まれてるなあ……俺。


「神の果実だけでは飽き足らず、精霊の力までも無駄に浪費するか……貴様だけはここで殺してやる」


「ほら、どうですか! 魔力をせこせことかき集めたあなたと違って、アキト様は力を貸していただけるほど、精霊の皆さんとも仲良しなんです。これはもうアキト様が王様になるしかありませんね!」


 興奮して煽らないでくれる?

 なにがなんでも俺を王様にしようと思っているな。アリシア。

 ソラ、お前も同意しているってわかるぞ。喋らなくてもお前の考えわかってきているんだからな。

 森の王様であるお前が同意したらだめでしょ。あとでお仕置きしよう……


「私のどこがこんな人間に劣っているというのだ!」


 炎の竜巻がこちらに迫る。


「ナンダ。ソノ程度ノ火ジャ剣モ作レナイゾ」


「私ナラモット大キイ竜巻作レルヨ」


 ヒナタとフウカが、それをあっさりと消してしまう。


「私よりも魔力を扱うことに長けた者など、この世に存在しないはずだ!」


 足元が沼地に変わり、そこから生えてきたヘドロのような腕が、俺を引きずり込もうとする。


「下品ナ魔法デスワネ。アナタトハ趣味ガ合イマセンワ」


「モウ……土ガカワイソウ」


 ミズキが腕を霧に変え、チサトが沼地を元の地面へと戻す。


「すべての愚者どもは私に従えばいいのだ! 私が効率よく利用してやる!」


 巨大な隕石が降ってきたと思うと目の前で大爆発が起こる。

 あれ、さすがにまずくない?


「オッ、ナカナカヤルジャナイカ」


「デモ私タチノホウガスゴイヨ?」


「大キケレバ良イトイウモノジャアリマセンワ」


「森ノミンナニ迷惑カケナイデ……」


 だけど、爆破の衝撃はフウカが、熱はヒナタが、飛んでくる岩はチサトが、轟音はミズキが防いでくれた。

 すごいな精霊。あんな魔法すらなんの被害もなく対処できるのか。


「なぜ、貴様ごときに……」


 今の隕石が渾身の魔法だったらしく、ジルドは肩で息をするように疲れ切った姿を見せる。

 俺にはわからないけど、あれだけの魔法を使ったのだから魔力ももう残っていないんじゃないだろうか?


「ふっ、ふふっ……ははははははっ! いいだろう! それならば貴様らが力尽きるまで、いくらでもつきあってやる!」


 なんか元気になった。

 いや、実際疲れもとれている? アリシアが回復魔法を使ったときみたいだな。


「アキトさん! ジルドの魔力が回復しています!」


 えっ、なにそれ。

 まだまだやる気に満ちているジルドを、俺はもう帰りたいと思いながら眺めるのだった。


    ◇


「神狼様」


『なんです?』


「主様のことを守らんでいいのか?」


『別にこんなエルフ程度、ご主人様の脅威ですらありません。あの子たちもあれでなかなか頼りになりますからね』


「まあ、たしかに暴走したフウカのほうが危険じゃったな」


『それに……』


「それに?」


『ご主人様のほうが王にふさわしいと示すいい機会じゃないですか。私はご主人様の勇姿を目に焼きつけないといけないのです』


「多分、主様はこの森の王にはなってくれんと思うぞ……」

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