第122話 戴冠条件:わんこに懐かれる

「くだらない話は終わったか?」


「大事な話なら終わりましたけど、くだらない話は始まってもいませんよ?」


 アリシアさんの飄々とした様子に、ジルドはやはり無表情で魔力を練り始めました。

 風の力。それも先ほどよりも明らかに規模の大きな力。

 さすがのジルドもアリシアさんの強さを評価しているようで、先ほど以上の力を見せるようです。


「吹き飛べ」


「アリシアバリア!」


 暴風による破壊は免れました。

 アリシアさんの堅牢な障壁はジルドの魔法を一切通さず、私たちを守り切ってくれたのです。


「ならば燃えろ」


 アリシアさんの障壁が、私たちだけでなく森の木々さえも守るように展開されます。

 その間にもジルドがかざした手のひらには、何もかもを燃やし尽くすほどの猛火が踊っていました。

 そんな暴虐の化身のような炎の魔法が、何一つ破壊することもなく消えていく……


 一点に集中させた水の槍でも貫けず、巨大な土塊による圧倒的な質量さえも耐えきる。

 アリシアさんの障壁とは、これほどすごいものだったのですね……


「バリアだか知らんが、そこの人間といい、よほどその魔法が好きとみえる」


 ジルドはアリシアさんと敵対してなお、自らの優位を疑っていません。

 まさか、本当にそれほどの力を得たのでは……

 思考が悪い方へと転がりかけるところを、私は指輪を見て踏みとどまります。

 きっと、アリシアさんとシルビアさんなら大丈夫ですから。


「いい加減それには飽きた」


 うんざりした様子で、手まさぐるように魔力を操作する。


「……綻びはすでに見つけてある。これを操作するだけで、貴様の障壁などたやすく破壊できる」


 それだけで、いとも簡単に障壁は解除される。

 きっと、ジルドにとってはそれだけのことだったのです。

 あのアリシアさんの守りさえも通用しない。

 私たちが、実験に協力なんかしたせいで……


「ジルド様? 障壁を破壊しないのでしょうか?」


 しかし、いつまでたっても障壁は健在でした。

 不審に思った配下の一人が尋ねるも、ジルドの反応は返ってきません。目の前の障壁に集中しているようです。


「……なぜ、最も脆い場所の魔力が、ここまで」


 ジルドの魔力はどんどんと高まっていきます。

 リティアさんとの戦いでさえ、彼は終始本気を出すことはありませんでした。

 そんなジルドが本気で魔力を練り上げて、アリシアさんの障壁を破壊しようと必死になっていました。


「貴様の魔力をよこせ」


 運悪く近くにいたエルフが首を掴まれた。そう思った瞬間には、魔力のすべてがジルドに吸収されていました。

 ただでさえ膨れ上がっていた魔力が、さらに大きくなっていきます。

 そして、それはついにアリシアさんの障壁を解除するに足る魔力量となってしまったようです。


「存外、手こずらせてくれたな」


 魔力が砕けるように四散すると、障壁は完全に破壊されました。

 やはり、これだけの恐ろしい存在になってしまっていた。

 あのアリシアさんを脅かすほどの存在に……


「アリシアバリア2号!」


「くだらん。またすぐに……」


 すかさず次の障壁を展開するも、ジルドは再び破壊を試みます。

 しかし、どれだけ目をこらしても、それを見つけられない様子でした。


「……脆い場所が存在しない。馬鹿な……人間風情がこのような完全な障壁魔法を行使するだと?」


「2号は前の欠点を克服しているものなのです。力任せじゃなくてちゃんとしなさいと、女神様に怒られて作ったアリシアバリア2号は固いですよ」


 その言葉についにジルドは怒りを覚えたのか、アリシアさんを睨みつけました。


「図に乗るなよ……人間風情が!」


 障壁破壊のために練り上げた強大な魔力。

 今度はそれらを精霊たちの力へと変換したのか、火が、風が、水が、大地が、一斉にアリシアさんへと襲いかかりました。


「ろくに魔力を扱う技術もない愚者の分際で!」


 配下と精霊の力を吸収したことで、エルフとは思えない強力な魔力を得たジルドが、他種族に唯一勝っている魔力の操作技術を惜しむことなく披露し、強大な魔法を次々と発動させていきます。

 ですが、やはりアリシアさんの障壁は健在でした。


「私は魔力を得た。技術は貴様らのような低レベルなものとは比べ物にならん。ゆえに、私こそがこの森の王にふさわしい」


 アリシアさんを忌々しいといった様子で睨みつけるジルドでしたが、アリシアさんはきょとんとした様子でジルドの独白に返答しました。


「なに言ってるんですか? この森の王様はアキト様ですよ。ソラ様もなんとかして認めさせられないものかと言っていましたから」


「……ここにくるまでに何度も聞いたぞ。何の力もない人間の男だろうが、そいつは」


「力ならありますよ? 私たち全員がアキト様の力です。つまりあなたは今、アキト様に負けているんです」


 私たちがアキトさんの力……そんな考えもあるんですね。

 ジルドは理解ができない様子でしたが、私はその考えが好きです。


「王にふさわしいのは私だ。守られるしか能がない人間ごときが王などと、笑わせるな!」


 ジルドは精霊たちの力と自身の魔力を最大限に発揮して、アリシアさんに挑みます。

 周囲一帯が、まるで天災を彷彿させるような大規模な破壊の力に襲われますが、そうまでしてもアリシアさんの守りを抜くことはできずに、攻めあぐねているようでした。


 消耗品として次々と魔力を奪われていく、かつての同胞たち。

 ついには最後の配下さえも倒れ伏し、アリシアさんの勝利を確信したそのとき、ジルドからは先ほどよりも、さらに大きく禍々しい魔力が放たれました。


「なぜ……もう、魔力を補充することなどできないはずなのに……」


 あのおぞましい魔力を行使して精霊の力を使われたら、アリシアさんでさえ危ないかもしれない。

 そんな私の予想でしたが、外れていました。

 それも、より最悪な方向で……


「人間の男の力と言ったな。ならば、その力を奪うまでだ」


【私に従え】


「まさか! 私の洗脳魔法!?」


 それにいち早く気がついたのは、やはりリティアさんでした。

 自身の得意とする魔法だからか、彼女はジルドの構築した魔力から、すぐにその魔法の本質を理解したようです。

 たしかに、ジルドならリティアさんの魔法を解析し、模倣することができるのかもしれません。


「で、ですが……その魔法は嫌っている相手にしか通用しないと」


 あのアリシアさんが、他者を嫌うことなどあるのでしょうか。

 きっと彼女なら、ジルドにさえそんな感情を抱くことはないはず……

 ですが、そんな一縷の望みさえも次のジルドの言葉に砕かれました。


「貴様の魔法だと? 私がそのような不完全な魔法を使うと思ったか。すでに欠点は改良している。私の洗脳魔法に余計な条件などは必要ない」


 勝負は決した。

 ジルドはそう判断したのか、アリシアさんへゆっくりと歩み寄り問いかけました。

 このままでは、アリシアさんが敵になってしまう……


「さあ、言ってみろ。王にふさわしいのは誰だ?」


「え、アキト様ですけど?」


 ……アリシアさんは、いつものアリシアさんでした。

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