第129話 動物園のベテラン飼育員
「面白いじゃないか」
笑っていた。
自国の一部の者たちが、最近躍起になっている出来事。
禁域の森へ侵入したという話を聞くと、女は面白いと笑っていた。
「逃げ帰った者たちは、いかがいたしましょう?」
「何もしなくていい」
その返事を聞いて不満そうな表情を見せる部下に、生真面目なものだと苦笑する。
だが、これでいい。獣人が勝手な行動をすることなど想定できている。
獣人など、力のままに思いのままに、好きに生きればいいのだ。
「そもそも、禁域の森に立ち入るなという法律はない。あの場所が危険だからと、先代が忠告したにすぎない」
だから嬉しかった。
そんな危険を顧みずに、禁域の森に尻込みすることなく挑む国民たちが。
「それに、あの森には女の妄想を体現したような男が住み着いたと、噂されているんだろう? その噂のせいで、もはやどの国でもあの森を目指す者が出てきているそうじゃないか」
それなのに、自分たち獣人だけがお行儀よく、お預けを食らうつもりはない。
むしろ、もっと早くにあの森に挑む者が出ることを期待したほどだ。
「先代たちが忠告したのには理由があるはずです……それほど危険だというのに、半端な気持ちで挑んでは逃げ帰る。それも加減をされているんですよ? このままでは、獣人の沽券にかかわります」
「ふむ……それはたしかに情けないな」
どうせ相手は手加減をしてくれる。だから、失敗前提でなんて考えは、先代にも禁域の森にも失礼だ。
ならばどうするか?
いっそのこと、自分も挑みたい。そう思い、案外いい考えじゃないかと笑う。
「よし、この国で正式な調査隊を組むことにしよう」
「あの……これまでどおり、森へ不干渉というだけでいいのでは?」
相も変わらず、獣人の本能が薄いやつだと思った。
だが、そんなやつだからこそ、こうして側近にしているともいえる。
そんな側近である彼女は、長年仕えた経験からこれから自身が大いに苦労するであろうことを嘆いた。
「なにを言っているんだ。私たちよりも強いやつらがうじゃうじゃいるんだぞ。そしてそいつらに勝つことができたら、戦利品として極上の男までいる。挑まない理由がどこにある?」
「シャノ様……まさか、また自ら先陣を切って戦うおつもりでは」
「そんなこと当然じゃないか。さっきからなにを言っているんだ? フェリス」
自由奔放すぎるうえ、戦いが好きで、面白そうなことには首を突っ込む。
とかく、女王に向いていないのだ。このシャノという女は。
縞模様の尻尾が、そわそわと動いているのを見るに、もはや説得は困難だろう。
仕方がない。これまで大人しくしていたのに、つけ入る隙を与えてしまった自分が悪いのだ。まったく……禁域の森から逃げ帰った者の報告など、これだからしたくはなかったのだ。
フェリスは、それならばせめて国内の戦力をかき集めてでも、早々にこの馬鹿な思い付きを終わらせようと画策するのだった。
◇
「あ~……」
「なによ、そんなにだらけちゃって」
獣王国のとある町では、いや、どこの町でも緊張感のない者たちで溢れていた。
「だって、和平成立しちゃったんだもん~……あ~、戦いたい」
「まさか、あのルダルとねえ……」
つい先日まで、隣国である竜王国ルダルとは本格的な争いこそしないものの、隙あらば攻め込まれそうな小競り合いを続ける間柄だった。
ほどよい緊張感に、竜という強者たちとのちょっとした戦い。
それらは、獣人である彼女たちにとっては日常であり、失うことになるとは思ってもいないものだった。
「戦いた~い。仲間同士の試合じゃなくて、知らない相手と命のやり取りした~い」
「でも、実際のところ暇になっちゃったのよねえ。ルダルがなにかの間違いで攻めてこないかしら?」
「そんな血気盛んなあなたたちに、いい話があるわよ。フェリス様が、禁域の森の調査隊のメンバーを募集しているみたい」
一人の女性が、仲間たちに耳よりの情報を届ける。
それを聞いてためらう者はここにはいない。
それどころか、その手があったかという思いが心を占める者ばかりだった。
「でも、期待できるのかな?」
「なに、怖気づいたの?」
からかうような反応に気を悪くすることもなく、彼女は心配事を伝える。
「だって、臆病者たちですら五体満足で帰ってきたじゃない」
「あ~、そうねえ。そうなると、私たちが望むような戦いはできないのかしら」
獣人たちの国は広く、国民の数も非常に多い。
当然ながら、全員が全員戦いが好きで強いなんてことはなく、弱い者も戦いを好まない者も何人もいる。
先日禁域の森からこの国に戻ってきた者たちは、あんな森、大したことないと言いまわっていた。
それが、口先だけなのか、真実なのか、恐らくいつもの口先だけの言葉だろうが、万が一真実だったら徒労に終わってしまう。
「あいつら嘘ついていなかったら、ただじゃおかないから」
「普通、逆じゃない? まあ、この件に関してはそっちが正しいか」
期待と不安が入り混じった状態で、彼女たちは話を切り上げると王都へと向かった。
せめて、満足できる戦いができることを望んで、獣王国の強者たちは次々と集結しつつあった。
◇
「よし、集まったな。お前ら禁域の森と戦だぞ!」
集まった獣人たちから歓声があがる。
満足そうにその様子を見るシャノだったが、慌ててフェリスが割って入った。
「違います! 調査! 調査ですから、決して先走った行動しないように!」
集まった獣人たちから批判があがる。
その筆頭であるのがシャノだから、実にたちが悪い。
「黙りなさい。ルダルとだって友好を結んだばかりで、いつまた敵対するかわかりません。そんな不確かな状況で他所に喧嘩を売るなんて馬鹿じゃないですか?」
さすがに女王の側近だけあって、フェリスに睨まれてしまうと、誰も文句を言えなくなる。
彼女の上の立場の者以外は。
「そのルダルとの友好関係が温いから、他所に喧嘩を売るんじゃないか!」
一番聞き分けがないのは女王だった。
本気だ。本気で禁域の森に喧嘩をしに行こうとしている。
長い付き合いだからこそわかる、シャノの言葉にフェリスはついに切り札を切ることにした。
「お? 私と戦う気か? 面白い。それで白黒つけようじゃないか」
「いいえ。戦いません」
拍子抜けだ。それならば、自分の意見を飲んでもらう。
それが獣王国のしきたりなのだから、反対したければ力で抗え。
シャノの態度に、集結した面々は禁域の森への戦の準備を考える。
「そうですか。それならば、私は一月ほど休みをいただきます」
「えっ」
シャノは、脳筋な獣人だ。
この場に集まった者たちも、書類仕事なんてできはしない。
というより、フェリスくらいなのだ。
巨大な獣王国を運営するために、部下を使って仕事ができる者など。
「お前が一月も休んでしまったら、私たちまで面倒な仕事をすることに……」
フェリスは、シャノのことも、この場に集まった戦馬鹿たちのことも、嫌ってはいない。
むしろ、優秀な人材であるため、可能な限り彼女たちには好きにやらせているし、できない仕事を任せもしない。
そんなフェリスが、その信条を曲げてまで抗議をしようとしている。
「よし、集まったな。お前ら禁域の森の調査だぞ!」
集まった獣人たちから歓声があがる。
やり直しをするお馬鹿な主君とその仲間たち。
フェリスは切り札を切ることで、なんとか、むなしい戦いに勝利したのだった。
「でも、いざ森まで行ったら結局戦うんでしょうね……」
いかに彼女たちを満足させて、恨みをできるだけ買わずに、双方の被害をできるだけ抑えて帰還する。
そんな無理難題を押しつけられることを確信したフェリスは、人知れずため息をつくのだった。
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